解放された研究所
この事件は政府にとっても、早く解決したかったらしい。
官房長官ともあろう者が、次の日には研究所までやって来ると田中に連絡があった。
俺たちはその時を待った。俺たちの戦いに、決着をつける時を。
岡崎官房長官はSPと思われるスーツ姿のいかつい男二人と高木一佐を従えて、研究所の敷地の中を進んできた。
出迎える俺たち。
研究所の正門から、管理棟に続く道の途中で向かい合った。
「君の要求通り、やって来た。
君は約束を果たしてくれるんだろうな」
TVの前では、どちらかと言うとにこやかな表情が多いイメージを俺は持っていたが、今もにこやかな表情である。
自分が置かれている立場を考えれば、この笑顔は怪しすぎる。俺たちを油断させるため。そう思えて仕方がない。
「もちろん。そちらも、約束を守ってくれるのなら」
「クローンたちをこの国の人間にすると言う事だったね」
頷いてみせる。
「約束しよう」
そう言って、右手を差し出しながら、俺に近づいてきた。
俺も笑顔を浮かべ、近寄って見せる。
官房長官の手を取れる距離で、立ち止まったが、俺はまだ右手を差し出していない。
「クローンたちを使って、ヒューマノイド開発のための人体実験をしていましたね」
「何の事だ?」
うん? と言う訝しむ表情だが、その奥に冷や汗まみれの顔が俺の脳裏に浮かぶ。
「しらを切られると、困るんですよねぇ。
やっぱ、ここはその事に関して、クローン達に一度謝ってもらうないと」
一瞬の沈黙。
「あ、こんな場所では言いにくいですよね。ここでなくてもいいですよ。
これも、約束してくれれば」
「分かった。約束しよう」
少し迷ったようだが、官房長官はそう言って、右手を強く差し出してきた。
俺がその右手に、自分の右手を重ねた。
「交渉成立だ」
俺たちはお互い頷き合った。
それを見た田中が走り寄って来て、官房長官の背後に回った。
「では、ヒューマノイドの返還だが」
「神南、ヒューマノイドたちを全員集合させてくれ」
官房長官の言葉が終わらない内に、神南に言った。
「ヒューマノイドは全員、ここに集合してください」
神南が大声で叫んだ。ヒューマノイドの聴覚は人間なんか比べ物にならないらしい。今の言葉で、この敷地にいるであろうヒューマノイドたちは全て、ここに集合してくるはずだ。
「全てのヒューマノイドがここに集まってきます」
田中が官房長官に耳打ちした。
続々と集まってくるヒューマノイドたち。
「ヒューマノイドたちのマスターを再登録するには、松岡のおじさまにお願いすればいいはずです」
神南が俺の横に並んだ。
「松岡くんを始め、残っているここの職員の解放と、クローンたちも一か所に集めてくれないか」
官房長官が田中に言うと、田中が手で合図し、正門からどっと兵士たちがなだれ込んできた。
俺はその光景を神南と共に眺めていた。
解放された松岡の父親に、幹部職員たち。
松岡の息子は父親に寄り添っている。
田中が松岡の父親と一言二言会話していた。
やつれた感じの松岡は首を数回横にふるような仕草をした。
そして、他の幹部職員たちと、そのまま研究所の正門を抜けて行った。病院かどこかに行くのだろう。
松岡の息子は父親と共に、出て行く前に田中に神南を連れて行きたいと言う主旨の話をしていたが断られ、父親たちと共に研究所を去って行った。
一方、クローンたちは敷地の片隅に集められていく。
ヒューマノイドたちは整然と整列させられ、田中たちの要請に基づき、神南から最後の命令が出された。
「あなたたちは何があっても、ここから動いてはいけません」
田中がにやりとするのを俺は見逃してはいない。
本当なら、神南にこの言葉を言わせ、松岡たちと共に、ここを去らせる。
神南が裏切る可能性を避けるにはそれが一番いいはずだ。なのに、それをしなかった。
俺はその事の理由を推測していた。
神南の裏切りは起こらない。いや、裏切ったりする前に、ここから松岡たちとは別の場所に連れ出すと決めている。
その場所は松岡たちとは別の場所。それは政府にとって必要な人間たちとは別の場所。
その意味はおそらく神南を助ける気が無い。そう言う事だ。
そして、ここに残された俺も。




