人間だよ と神南は言った
研究所の建物の中は深夜に似合う静けさが訪れた。
だが、クローンたちも含めた中の人々の多くは眠りについてはいなかった。
静かな理由。それは語り合うと言う状況が無くなっただけ。そう言う事だ。
ホールの片隅にある椅子に腰かけて座る俺。その横には、俺の肩を枕に眠りこけた美佳。美佳の友達と言われる二人の少女は俺たちの近くで立っている。
神南は少し離れた位置の椅子に腰かけ、何事か考えているようだ。
そして、田中と松岡も神南の位置の近くに置かれた椅子に腰かけているが、その二人のお互いの距離は数mほど離れている。
俺はまだ眠気に襲われていなかったので、顔は振り向けずに、視線だけでちらりちらりと田中を時折、観察していた。
じっと見つめていると監視しているのが丸わかりだからだ。
そんな時、田中の視線が松岡に向かっているのを感じた。
表情、顔の秒な動き。何かを松岡に悟らそうとしている。
田中を見ていた松岡に、その意図が通じたらしい。松岡が動き始めた。
「佑梨ちゃん」
松岡が立ち上がると、神南の近くに歩み寄った。
何? と言う風に顔を上げて、神南が松岡を見た。
「これは君の本心なのか?
こんな事しても、何も解決しないと思うんだ」
神南の説得に動き出したらしい。
ヒューマノイドを指揮下に置いているのは神南であり、全てを握っているのは俺ではなく、神南と言ってもいい。そして、神南の方が俺より説得させやすいと言う事なんだろう。
「俺のお父さんを助けてくれないのか?
それが、君にはできるじゃないか」
それは非常にデリケートな部分だ。
神南は松岡の父親に恩義を感じている。だが、この封鎖を突破する時にも、神南はその言葉に折れなかった。
期待しつつ、俺はじっと神南を見守る。
もちろん、危うくなったら、駆けつけるつもりだが、今の俺は眠りこけた美佳に肩を貸していて、動けやしない。
田中も二人に関与していないかのように、視線を向けてはいない。自分が関与しているとなると、神南が受けるイメージが悪くなると考えているに違いない。
「おじさまは助けたいです」
「だろ。だったら、もうこんな事はやめようよ」
「おじ様には、申し訳ない事をしている事は理解しています。
絶対におじ様には怪我もなく、ここから出られるようにします。
ですから、今しばらく、もう少しだけ、我慢してもらいたいんです」
よっしゃぁ。と、神南の言葉に俺は心の中で、ガッツポーズした。
「でも、それは間違っている。こんな事は犯罪だよ」
その松岡の言葉に、カチンときた俺が口をはさむ。
「いや。クローン達を殺している方が犯罪だと思うんだが」
今度は田中がむっとした口調で、口を挟んできた。
「ふん。君は何も分かっていないな」
俺が田中に目を向けた。
田中が言葉を続けた。
「残念だが、クローンと言う生物は法的には何も該当しない。
まあ、ペットとすれば、器物損壊だなぁ」
その田中の口調は俺を馬鹿にしたかのようだ。
「人間だよ」
神南がしっかりしとした口調で、田中に返した。
俺は安心した。神南は揺らいだりしない。
俺は一人頷いた。
「何?」
美佳が目を覚ましたようで、俺の肩から顔を離して、寝ぼけ眼で俺を見た。
ほっぺには、くっきりと俺の服の跡がついている。
「何でもない。安心して眠っていていいよ」
「うん」
にこりとして、美佳はまぶたを閉じた。それと同時に、俺の肩に再び頬を乗せた。
美佳に向けていた視線を神南に戻した。
神南と目があった。
ちょっと、目つきが鋭い気がした。
神南はすぐに視線を逸らして、田中に戻した。
田中たちへの憤りが浮かんでいるのか、それとも俺に向けられたものなのか?
美佳を説得した時に予感してはいたが、俺はこのクローンたちの事件よりも、厄介な事態を招いているのかも知れない。




