頷き返した美佳
俺は再び譲らないと言うオーラを全開して、田中を見つめた。
一度折れると、後はずるずるだ。
折れた事が無駄になるのと、突っ張る理由を失ってしまっているからだ。
「いいだろう」
俺の予想通りの答えが田中の口から出てきた。
「高木一佐。
兵士たちとここの職員たちを連れて、一度撤退し、状況を官邸に報告して、対応を相談してくれないか。
あ、それと、少女の遺体は回収してくれ」
指揮官は高木と言うらしい。
田中の言葉に裏が無いのか確かめるかのように、しばらくじっと田中を見つめていたが、田中の言葉を額面どおり受け取ったようだ。
「承知しました」
「おっと、待った。ここの職員たちですけど、幹部職員はだめですからね」
「何を言っている」
田中と松岡の声が重なった。
田中は無視して、松岡に目を向けた。
「あんたもさあ。神南の味方をしたいんだろ?
だったら、もうしばらく、お父さんにも協力してもらってくんないかなぁ?」
俺は譲らないよ。そんな強い意志を目で送る。
いつものふふふんと言った表情を見せる事もなく、俺から目を逸らして、神南に目を向けた。
「佑梨ちゃん」
「ごめんなさい。おじさまには悪いんだけど」
神南はそこで言葉を止めた。神南にとってはつらい状況なんだろう。
「さ、早く。ここに要らない人たちは出て行って」
俺は深刻になりかけた空気を追い払おうと、おどけ気味に言ってみた。
「高木一佐」
田中が高木に促した。
高木は全兵士たちに命令を出して、少女の遺体と一階に降りてきていたここの職員たちと共に、引き上げて行った。
少女の遺体は布がかけられ、その中は見れないようになっていたが、遺体を乗せた担架が運ばれて行く時、クローンたちからすすり泣きが起きた。
それだけ少女を想う仲間がいたのか、あるいは自分たちの未来を重ね合わせたのか分からないが。
とにかく、再び研究所はクローンたちの手に戻った。
銃器を構えた兵士たちがいなくなると、クローンたちの動揺が研究所を包みこんだ。
ヒューマノイドを指揮し、クローンたちの仲間でもあり、ある意味ではリーダー的な役割も果たしていたあの少女が亡くなったのだ。
すすり泣きの中から、怒りの感情が顔を出しはじめた。
「おい。神南さんが亡くなったとはどう言う事だ」
クローンたちの中のリーダー格と思しき男たちが、俺の周りに集まってきた。
クローンたちの動揺は激しい。
田中がいると言うのに、へたをすると俺たちの作戦を口に出しかねない。
真実は語れない。
だが、嘘を言うと、クローンたちの興奮が今以上に興奮してしまいかねない。
今、俺の口からは何も言えない。
「神南」
俺の言葉に神南が駆け寄ってきた。クローンたちの壁を抜け。
「何?」
俺は黙って、神南を見つめた。
頭のいい神南は、今の状況と俺の表情から、俺の意図をくみ取ってくれた。
「この人を守って。でも、他の人を傷つけてもだめよ」
神南がヒューマノイドに指示を出した。
クローン達にとってみれば、それは敵対行為に映ったようだ。
早速、一人のクローンが俺に向かって拳を振り上げた。
怒りの形相。握りしめた拳。
だが、その拳は振り下ろせなかった。
手首をがっしりと掴んでいるのはヒューマノイド。
そのクローンが振り返って、自分の腕を掴んでいる者の正体を確認し、顔に無念さをにじませた。
「とにかくだ。あの子はこの人たちが言ったように、爆破の事故か、自らかは分からないが、絶命してしまった」
クローンたちの怒りはなぜか俺に向かっている。
その光景に田中がほくそえんでいる。
「それは残念な事だけど、一緒に戦い、この国の人間になると言う目標を達成しなければならない。でなければ、あの子の死が無駄になってしまう」
俺は淡々とクローンたちを見渡しながら言った。
「お前たち人間は」
クローンの一人が言った言葉は、俺の胸に突き刺さった。そうなんだ。俺もそう言う考えを持っていたのは事実だ。
俺たちとクローンたちの間に溝ができてしまった。
元々クローンたちはこの作戦にはその他大勢でしかなかった訳だし、後の仕上げは、俺と俺を信じてくれている者たちとだけでやる。それで十分だ。
俺は一人頷いて、美佳を見つめた。
俺が軽く頷いてみせると、美佳も頷いた。




