人質みたいなもんですよ と俺は言った
はらりとほどけた縄が床に落ちた。
田中たちもこれから何が起きるのか分からず、ただその光景を眺めているだけだ。
見せてやろうじゃないか。
俺たちの勝利を。そして、お前たちの敗北を。
田中を見つめる俺の口元が、にたりと歪んだ。
美佳を解放した後、ヒューマノイドは俺の縄をほどきに来た。
俺は立ち上がると、神南の横に立った。
美佳も負けじとか、離れる事への不安からか、俺のすぐ横にやって来て並んだ。
「我々の要求はクローンたちを法律的にも、この国の人間にしてもらう事だ」
俺は譲らない。
そんなオーラを放つため、きつい顔つきと、きつい口調で言った。
「それでは振りだしではないか」
田中は子供が駄々をこねているのに、うんざりしている親のような視線を向けてきた。
「いや。振りだしじゃない。
あなたたちが、クローン達をこの国の人間にしてくれると約束してくれれば、我々はヒューマノイドをあなたたちに返し、この場を立ち去ってもいい。
クローン達には俺たちから、そう話をつける」
田中は少し思案気な顔で、黙り込んだ。
「君も同じ意見なのか?」
田中が神南に視線を向けた。神南が強く頷き返した。
田中はそれを確かめると、再び俺に視線を戻した。
「いいだろう。約束すれば、ヒューマノイドは返してくれるんだな」
ポーカーフェイスを装うとしているのに、どこか笑みを抑えきれていない感じで、口元が引きつっているかのようだ。
「ああ。だが、約束するのはあんたの上の者で、俺達でも知っているような大物政治家だ」
「何?」
うまくいけると思っていたところに、邪魔が入った。そんな感じの怒りが、声音に含まれている。
「悪いが、あんたではこの国を代表しての発言とは受け取れない」
「そんな事を言えば、官房長官か首相になってしまうが」
「そうだよ。
俺が言っているのはその二人のどちらかだ。
ここに連れてきて、俺たちとその約束をしてくれればいい」
「そんな簡単に行く訳ないだろ」
怒り爆発。そんな口調と怒りの形相だ。
「あちゃー。折角のチャンスを潰しちゃうんだぁ」
俺は少し大げさに、おどけ気味の表情と仕草で余裕を見せてみた。
俺と田中。二人の交渉の成り行きを、神南も、松岡も、美佳も、兵士たちも見つめている。
解放されたここの職員たちに続いて、ぞくぞくと地下からクローン達が連行されてきた。
クローンたちも、クローンたちを連行している兵士たちも、ホールで向かい合う俺と田中の異様な雰囲気に足を止め、ホールの人口密度は上がる一方である。
しばらく、俺と田中は目で語り合った。二人を包みこむ沈黙。
今がチャンスなんだけどなぁ。マジで断るの?
俺は絶対譲らないからね。
俺は視線と表情で、そう田中に教える。
何をガキが生意気な事を言っていやがる。
田中は視線と表情で、その怒りを俺に伝えてくる。
だが、所詮は俺の方が立場的には強い。そして、俺は”約束”などと言う後でなんとでもできるような、ぬるい条件を出して、受け入れやすくしている。
受け入れやすい条件。
つまり、交渉相手としては詰めが甘く、御しやすい。そう思われることで、この話が進む事の確率を高めると共に、油断させる。
思わず、ふふふと俺の口元に笑みが浮かび上がってしまった。
とは言え、そんな俺の腹の内など、田中に分かる訳もない。ただ、余裕の笑みと思う程度だろう。
「分かった。そうすることにするよ。
だが、時間をくれ。スケジュールの調整とか、かなりの手間がかかる」
「いいですよ。その間、田中さんはここにいてくださいね。窓口として」
「なんだと」
「まあ、人質みたいなもんですよ」
田中の顔は怒りで埋めつくされている。




