鏡の前で笑うその姿は悪魔か?
それから、俺が連れて行かれたのは地下2階のフロアだった。
エレベーターを降りた先に広がる少し広めのフロア。
その先にいくつかのドアが見て取れるが、どれもこじ開けられたのか、無残に歪んだ鋼鉄のドアが力無く開いたままになっている。
少女は黙って、俺の前を歩いて行く。
少女は一つのドアの前に立った。
「どうして、壊れているか、分かる?」
「お前たちが壊して入ったからだろ?」
「そんな当たり前の事なんか、聞いちゃあいないわよ」
少女はため息交じりの表情だ。まるっきり、馬鹿と言いたげじゃないか。
「私たちクローンに、人間たちがどんなひどい事をしてきたのか。その証拠を探した跡よ。
私も戻ってきて、初めて知ったのよ。
あなたも、よく見ておきなさい」
振り返った少女の顔は今までに見たことがないような表情だった。
怒り?
悲しみ?
悔しさ?
何か人間の全ての負の感情が凝縮されているとしか言いようのない表情だ。
少女に次いで、ヒューマノイドの少女が、続いて俺が。最後は俺を捕まえているヒューマノイドがそこに入って行った。
照明が消されていて、そこに何があるのか分からない。分かったのは入ってすぐの空間は細い廊下になっていそうだと言う事くらいだ。
「いい。その目に焼き付けておきなさい。
あなたたち人間の惨さを」
少女の声と共に、照明が灯された。
そのまぶしさに、軽く目をつぶってから、目を開いてその空間に目を向けた。
細い廊下。
左右にはガラス張りの部屋。
見学通路か何かのようでもある。
そこに見えるもの。
何かの装置がずらりと並んでいる。
そして、歯医者の診察台? のようなものが、何台も並んでいて、そこには何かどす黒い感じの人形のようなものが置かれている。
なんだ?
「これは?」
「分からない?
仲間のクローンたちよ」
マジかよ?
血の気が引く思いがした。
これがクローンだとすると、それはもはや生きてはいない。
いや、そんな生易しいものではない。これは人体実験の跡だ。
うなだれたクローンたちの頭がい骨はほぼ眉のあたりから上が取り外されていて、今やほぼ空洞状態の頭蓋骨の中に澱んだ何かが溜まっているように見えるのは、腐敗し原型を留める事も出来ず崩れさった脳の残滓?
クローンたちの両手、両足には枷がはめられ、その椅子のような台から動けないようにしている。
思わず襲ってくる吐き気に、俺は両手で口を押えた。
「トイレに連れて行ってやりな」
少女の声が耳に届くと同時に、俺はヒューマノイドに体を抱えられ、その部屋を後にした。
トイレの洗面台の前で、落ち着きを取り戻した俺は洗面台に両手を付いて、息を切らせながら、正面に目を向けた。
鏡に映し出されている俺の顔。
どこか疲れているようでもあり、悪人の笑みが浮かんでいるようにも見えた。
そう。あれをやったのは人間。鏡に映っている俺と同じ人間。
悪魔の所業だ。それを人間はやってのける事ができる。
俺だって、心のどこかでこの作戦があの少女を死に至らしめる可能性がある事を考えていた。
だと言うのに、俺は全くその事には触れていない。
そして、今この光景を見て、俺は確信したと言ってもいい。
やつらなら、俺の最悪の想定通りの行動に出て、あの少女を殺すに違いない。
その後、俺たちも殺そうとするだろうが、そこは手を打っている。
俺も奴らも同じと言う事か。
そう思うと、なぜだか笑いが込み上げてきた。
鏡の前で、不気味に笑う俺。
その姿はやはり悪魔だ。




