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何も分かっちゃいないのよ とクローン少女は言った

 エレベーター前に立ちどまったクローン少女の横に、別の少女が寄り添った。

 その少女のそばにまで近寄り、横顔を見た。

 予想していた事だが、いつもこのクローン少女の横にいたヒューマノイドだ。きっと、クローン少女の警護がこのヒューマノイドの役目で、片時も少女のそばを離れないのに違いない。


 俺を捕まえている男の顔も、警官たちに見せられたクローンたちの顔写真の中には無かった。きっと、ヒューマノイドに違いない。


 少女がエレベーターで連れて行った場所は5階だった。

 5階の廊下の照明は白く冷たい蛍光灯の光ではなく、明るさを抑えた黄色っぽい白熱灯、いや実際はLED電球だった。

 床に敷かれた赤い絨毯。

 一面木目の壁。

 全てがこの階を使う人の地位の高さを示している。


 黙って、少女はその廊下を進んで行く。

 俺も黙って、後をついて行く。

 少女は廊下の突き当たりのドアの前に立った。


 「所長室」


 ドアに取り付けられた札が、この部屋の主を示している。あの松岡の父親の部屋らしい。

 美佳もここに閉じ込められていると言うのか。

 少女は無言のままドアを開いた。


 閉じられたブラインドを背に、立派な木の机が置かれていて、両サイドの壁には棚が設置されていた。

 ドアを入って、すぐには応接セット。革張りのソファがやはり高級感を醸し出している。

 いや、棚の中にある調度品などにも、高級感が感じられる。


 机の横に一人の男が立っていた。この顔は見覚えがある。クローンである。

 気付かなかったが、その足元に後ろ手に縛られた50代と思われる男が転がっていた。

 疲れた顔つき。

 これがきっと、松岡の父親なんだろう。


 自分が開発したヒューマノイドに、監禁されてしまうとはちょっとおまぬけな気がしてしまう。


 「美佳は?」


 そう言おうと思ったが、部屋の中に入ると応接セットの陰に、これまた後ろ手に縛られた三人の女の子が転がっているのが目に入った。


 「美佳!」

 「翔琉ぅ。助けてぇ」


 その言葉に駆け出そうとしたが、俺を捕まえている男は微動だにせず、俺の上半身だけが空しく前のめりになるだけだった。


 「私の邪魔をするからよ。大体、生意気なのよね」


 少女は美佳を睨み付けた。

 美佳の横にいる二人が、美佳と一緒にさらわれたと言う少女たちなんだろう。


 「平沢くん。分かった。あなたの大事な寺下さんは無事よ。

 でもね、あなたが変な真似をしたら、寺下さんの無事も保証できないんだからね」


 俺に冷たい視線を向けた後、にこりと微笑んで見せた。

 全く不気味としか言いようがない。


 「美佳は関係ないじゃないか。

 憎むのなら、俺を憎めばいい。美佳を美佳を解放してやってくれ」

 「そんな都合のいい話、どうしてきけるのかしら」


 にこりとした表情で、首を傾げてみせた。


 「こんな事して、勝算があると思うのか?

 絶対、君たちは失敗する」

 「平沢くん」


 少女はそう言うと同時に、俺の背後の男に目くばせをして、差し出した人差し指を下に振った。何かの合図らしい。

 と思った瞬間、俺は肩を押さえつけられ、跪く姿勢を強制された。


 少女は俺の前に進み出たかと思うと、跪いた姿勢の俺の顎の下に人差し指を当てがい、くいっ俺の顔を上に向けさせた。

 勝者が戦いに敗れた者にしているシーンが脳裏に浮かぶ。全くと言っていいほど、俺は敗者で、少女が勝者。そんな感じだ。


 「分かってないわね。勝算も無しに、こんな事すると思う?

 こっちにはね。二つの武器があるのよ。

 一つはそこに転がっている男が開発したヒューマノイド。圧倒的な戦闘能力はここを取り巻いている戦車ですら、勝てやしないのよ」

 「知っていたのか?」

 「当り前じゃない。相手を知らずして、どうやって勝つと言うのよ。

 それにね。もう一つはこいつら自身よ。

 ヒューマノイドの技術は全てがこの施設の中にあるだけなの。

 施設が破壊されても、こいつらが殺されてもこの国は困るのよ」


 俺はそんな作戦成功する訳がない。そんな視線を少女に向けた。


 「今から降伏した方がいいんじゃないのか?

 あの人たちの無事と交換なら、それなりに扱ってくれると思うが」

 「平沢くんが、どうしてここに来ちゃったのかは知らないけど、何も考えていないって言うか、事の重大さを理解できていないって言うか、あなたは何も分かっちゃいないのよ。

 私たちはね。降伏した瞬間、処分される運命なのよ。

 いい? 殺されるじゃないのよ。処分なのよ」

 「そんな事はない。クローンだって、人間となんら変わらない」

 「あなたはそんな事を言うけど、こいつらは私たちを人間だなんて思っちゃいないのよ」


 少女は松岡の父親を指さしながら絶叫した。俺も美佳も、その激しさに一瞬、びくりとした。


 「来なさい」


 絶叫に力を込め過ぎたのか、少し息切れ気味の声だ。

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