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厄介な者を送り込んできたわね とクローン少女は言った

 一歩、一歩、ゆっくりと、そして警戒しながら、研究所の敷地の中に入り込んでいく。

 ヒューマノイドと思われる者たちに動きはない。

 何の動きもなく、ただ風が流れる音だけの研究所。

 俺たちが正門から10mほど進んだ時、背後で正門が閉じられる音がした。


 「偽物の佑梨ちゃんがいるのは、一番手前の管理棟の中らしい。

 この前に来た時と同じで、この棟の五階にある所長室に、お父さんは閉じ込められたままとの事だ」


 松岡がそう言いながら、管理棟をめざし始めた。

 管理棟の入り口は左右にドアが開く構造で、ドア自身は濃いグレーのガラスだ。

 ガラス越しに見て取れる研究所の中の光景はかなり限定的だ。

 何人もの人影がうごめいていそう。その程度でしかない。

 そして、それは、きっとクローン達とヒューマノイド達。


 俺たちが近づいて行くと、自動ドアが静かに開いた。

 その先にももう一枚ガラスのドアがあった。

 二重に構成された自動ドア。その真ん中で、少し立ち止まった。


 一枚のドアの中に入った事で、さっきよりも中の様子がよく見て取れる。

 多くの者たちが、中に入って来ようとしている俺たちに顔を向けているようだ。

 ただそれだけで、俺たちに敵対するような行動は見られない。

 さらに足を進めて行くと、もう一枚の自動ドアも開いた。


 研究所 管理棟 1階の様子がクリアに俺の目に入って来た。

 大理石と思われる壁と床。来客用のホールらしく、広い空間でドアを抜けたすぐ横に受付らしいカウンターがあった。

 もちろん、そこに普段座っているのであろうかわいい女性の姿はない。


 ホール全体には何十人もの人がいた。

 その多くは写真でみたことのあるクローン達だ。

 そんな先頭に立っていたのは制服姿のあの少女だった。


 「あらあら、厄介な者を送り込んできたわね」


 神南に睨み付けるような視線を向けている。


 「あなたたち、あの三人捕まえちゃいなさい」


 少女は近くにいた男たちに目くばせをした。

 男たちは俺たちを取り囲んだかと思うと、素早く後ろ手に縛りあげた。

 満足そうに少女は頷くと共に、俺たちに勝ち誇ったかのように、にやりと笑って見せた。


 「悪いわね。いくら、あなたがここに来たとしても、私がいるかぎり、彼らは私とあなたの区別くらいつけられるのよ」


 少女は神南に向けて、薄ら笑いを浮かべた。


 「ふん。そんな事、想定内さ」


 言い返している松岡が子供に見えてくる。それが本当だとして、手の内を明かしてどうするのか?

 想定が外れた! そう焦って見せるべきだろう。

 俺の眉間にしわが寄らずにいられない。


 「そう。まあ、どっちでもいいんだけどね。

 そのへんに転がしておいて」


 少女は冷たい視線を松岡に向けた後で、ホールの片隅を指さした。


 「待て。美佳はどうした。美佳はどこにいる!」


 俺は大声で叫んだ。

 少女は俺に、にこりと不気味な笑みを浮かべてみせた。


 「気になるの? やっぱ、あの子邪魔なんだよねぇ。あの子がいる限り、平沢くん、私に振り向いてくれないんだもん」


 俺が睨み付ける。


 「まあ。あの神南佑梨と入れ替われない今となってはどうでもいい事なんだけどね」


 「無事なんだろうな」

 「今はね。見せてあげようか?」


 少女はそう言って、俺の背後で縛り上げた俺の腕をがしっと掴んでいる男に目くばせした。

 俺を捕まえている男に押し出されるように、俺は少女の下に向かって歩き始めた。


 「平沢くん」


 背後から神南の声がした。俺の事を心配してくれているんだろう。


 「大丈夫。寺下の様子を見てくる」


 俺と神南のやりとりに、前を歩いていた少女は鬱陶しそうな表情で、振り返った。

 少女が歩いてくと、その先にいた者たちは両横に分かれて、進路を開けて行く。

 まるで、切っ先の尖った刃物が何かを真っ二つに切り裂いていくかのようじゃないか。


 少女はホールの片隅にあるエレベーターの前に立った。

 美佳はこの階にはいないらしい。

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