私たちに攻撃はしないでください と神南は言った
松岡の父親がヒューマノイドの権威だと言うのは事実だろうから、その関係を知っているとすれば、ここでヒューマノイドの研究をしていると言うことくらいまで、俺に知られてしまう事は想定内かも知れない。
だが、超兵器と言ってもいいほどのヒューマノイドが完成していて、それがクローン達の手にあるなんて事は知られていい訳がない。
だが、このふふふんの自慢ボーイなら、何を言いだすか分からない。
さすが政府の中枢の人間である。そのあたりは見抜いていて、止めたんだろう。
「あれから、ちょっとだけ中に入る事を許されてね」
田中は松岡に代わって、神南に顔を向けて話した。
それだけしか言わなかったが、それで十分意味は分かる。
あの少女から遺体を片づける許可が下りた。あるいは、命令されたと言うパターンのどちらかだろう。
一歩を踏み出す度に、どんどんと近づく研究所。
やがて、研究所の正門の全容が見えてきた。
警察の話では美佳を拉致したクローン少女たちは、研究所に戻ってきたと言う事だった。
この研究所の周囲は軍や警察やらで封鎖されていて、そう容易には戻れなかったはずだ。
そこに入ったと言う事は強硬突破。
それが必要であり、その痕跡があるのかと思っていたが、全く何ともなっていない。
代わって、周囲の包囲の厳重さが以前の何倍もの物々しさになっていた。
きっと、クローン少女たちにやすやすと突破されたに違いない。
それは、あの少女の姿をしたヒューマノイドの力によるものだろう。
そして、研究所内にいるヒューマノイドたちを指揮下に置いたクローン達への警戒と合わせて、戦車と言うとんでもないものを持ち出す羽目になったに違いない。
「神南さん。君にはやってもらいたい事がある。こっちで、松岡君から、その話を聞いてもらいたい」
田中が神南の背中に手をあてがい、研究所正門近くに止められていた濃緑色の大きな車に誘った。
この前来た時にも見た車だ。
きっと、この現場の司令車かなんかなんだろう。
その前には松岡がいて、また俺にふふふんと得意げな顔をして見せた。
俺たちに操られているとも知らず。そう思うと、ふふふんと返してやろうかと考えたが、それではまるで子供だと思い、無視することにした。
神南と松岡が田中と共に、車の中に消えてから、俺は一人だった。
正門をはさんで、左右それぞれに5両ほどの戦車が配置されていて、正門のすぐ横にも銃を構えた兵士たちがいた。
それだけではない。道路にも多くの兵士たちが展開している。
俺はあたりの様子を暇に任せてうかがっていた。
やがて、神南たちの乗った車のドアが開いて、田中が降りてきた。続いて、松岡と神南が降りてきた。
「では、松岡君。頼んだよ」
「任せておいてください」
松岡は田中から神南に視線を移した。
「大丈夫。僕は君を守るから」
神南はそれに頷いてみせた。それも真剣なまなざしで。
俺が神南の立場だったら、笑い出さずいられないところだ。
松岡が考えた事になっている作戦の元は神南が、松岡に話した案であり、しかも、大丈夫だとまで言い切った。
何が大丈夫なのか? 根拠もなしに、よく言えるものだ。
二人のところに近寄って行く。
閉ざされた正門から、敷地の中に目を向けた。
各建物の前にそれぞれ数名の人影が見て取れる。ヒューマノイド。そう考えるのが妥当だ。
横で神南が大きく息を吸い込むのを感じた。
「私たちに攻撃はしないでください」
神南の大きな声が、研究所の敷地に響いた。
正門の横にいる兵士たちが、鉄製の正門をスライドさせた。
軋むような、重い鉄の音が俺の耳を刺激する。
この先は俺たちの戦場だ。
ごくりと生唾を飲んで、敷地の中に足を踏み入れた。
神南のためにも、俺はこの戦いに負ける訳にはいかない。
そして、無事に神南だけでなく、美佳も連れて帰る。
俺の心の中に、固い決意が生まれた。
そのためなら、最悪、あのクローン少女が犠牲になる可能性があっても、見て見ぬふりを。
俺の心は天秤にかけてはならない物をかけ始めていた。
全員を助ける。
それがベストだがそれができないなら、犠牲を最少に。
そして、より疎遠な者を犠牲に。と言う、人の心に巣くう闇が広がり始めていた。
もちろん。それでは、あの少女にかわいそうと思う気持ちが無い訳ではないが。




