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再び研究所へ

 いつか来た道。あの研究所に続く道。

 あの日、研究所の直前で、その道路は封鎖されていた。

 きっと、今も封鎖されている。そう思いながら、研究所に続く道を神南と歩いている。

 神南は紺のスクールコートに身を包んでいる。その裾からのぞくチェック柄のスカートは制服だ。


 緊張気味に歩いている二人の足が止まった。

 道路の先の光景は、鈍い銀色とも灰色とも言えそうな金属製と思われる壁で遮断されていた。

 以前なんかと比べ物にならないくらい、研究所よりも離れたところで道路が封鎖されている。

 その壁の下部は地面に打ち込まれ、完全に固定されている感じだ。

 壁の左端にはドアらしきものが見て取れる。

 その大きさは人一人がかがめば、なんとかくぐれるほどの小ささだ。そのドアを守るかのように、左右に立っているのは明らかに兵士だ。


 神南から数歩先の場所で立ち止まった俺は神南に向きを変えて、歩み寄った。

 神南の表情は硬いと言うより、緊張で強張っている感じだ。

 不安からか神南の方から、俺の手に自分の手を伸ばしてきた。

 とてもじゃないが、いちゃつく雰囲気ではない。これは俺が頼りにされている証拠だ。

 大丈夫。

 俺はそう伝えたくて、その手を取り、ぎゅっと強く握り返しながら、頷いて見せた。

 神南は頷き返すと、ゆっくりと一歩を踏み出した。


 二人、手をつないで目指す研究所。


 近づく俺たちを見て、兵士の一人が無線で何かを話しはじめた。

 きっと、俺たちが近づいている事を上官か誰かに告げているのだろう。


 一歩、一歩近づいて行く。

 俺の心臓は張り裂けそうなほどの鼓動を打っている。

 もちろん、クローン達も助けてやりたい気が無い訳ではないが、それは自分を犠牲にしてまでしたい訳ではない。


 だが、俺はどんな事になってもいいから、神南を助けたい。

 その一心とは言え、とんでもない状況を作り出してしまっている。

 それどころか、そんな俺の行動に美佳を巻き込んでしまっている。

 俺の頭の中のシミュレーションでは、美佳は怪我一つする事は無いはずだが、もしもと言う事があったなら、俺は自分の命を賭してでも美佳を守る。その気持ちも本物だ。


 近づいて行く俺の耳に、車のエンジン音が聞こえてきた。

 壁に隠された向こうの世界の音だ。

 エンジン音が止まってしばらくすると、ドアが開いた。


 一人の男がかがむような体勢で、ドアをくぐってこちらの世界に戻ってきた。

 姿勢を戻した時、俺たちの位置からもある程度、顔が見て取れた。あの田中だ。その後に松岡が続いた。


 二人は敬礼している兵士たちの間を抜けて、俺たちのところに近づいてくる。

 俺は神南とつないだ手に再び力を込めて、立ち止まった。

 俺と神南が手をつないでいる事に気づいた松岡の顔に、むっとした表情が浮かんだ。

 一方の田中は、にこやかな笑みを浮かべた。

 その笑みは正確には俺たちに向けられたものではなく、神南だけにだ。

 田中は俺に視線を向けようともしていない。


 「やあ、神南さん。

 待っていましたよ」

 「これからの事は松岡君に聞いてもらいたい。

 彼が自分のお父さんを助け出すためにどうするか、色々考えてくれていてね。

 それはなかなかのものなんだ。きっとこの作戦は成功するよ。

 いや、させなければならない。

 松岡君のお父さんは君にとっても大切な人のはずだしね」


 神南の肩に手を回して、田中は神南を自分が出てきたドアの方向に誘った。

 神南とつないでいた手を離した。

 田中と神南。それに続く松岡の後ろ姿を見つめながら、にやりとしそうになる頬の筋肉をぐっと引締め、顔をこわばらせた。


 松岡が語った作戦。これまた俺の予想通りだ。

 神南を使って松岡に話させた作戦。それを自分が考えたと吹聴してくれている。

 これこそが、重要なんだ。俺や神南ではなく、完全に自分たちの側であるはずの松岡が自分で考えた作戦。

 だから、こいつらも大した警戒を抱くことなく、作戦に乗ってきた。

 今の所、順調のようだ。幸先がいいじゃないか。


 三人の後を追って、ドアの所に向かって行く。

 俺たちが近づくと、兵士たちが俺たちに進路を譲った。

 田中が神南の背中を押して、先に小さなドアをくぐらせた。

 次に松岡がそのドアを抜けて、向こう側の世界に姿を消すと、田中が兵士たちに首を振ってから、身をかがめた。


 あの仕草は何だ?

 まるで、やれ!

 と言っているかのようじゃないか。


 そう直感したのは正しかった。

 田中がドアをくぐり抜けると、兵士たちはドアを閉めてその前に立ちふさがった。


 俺を騙した。そう言う事だ。

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