死体がころがってるからですか? と俺は言った
その場から、美佳は問題なく逃れたらしい。
だが、その少女は美佳を執拗に狙ったらしく、家に帰る途中、友達らしき二人と一緒に電車から降りて駅を出たところを襲って、三人とも拉致したとの事だった。
美佳以外の二人は私服だったため、誰なのかはもちろん、年齢も未だ確認できていないらしい。
ただ、楽しげに美佳と話をしていたところから、友達と考えられると言う事だ。
この事は駅に設置されていた監視カメラにも映っていたし、目撃者からの証言からも確認されているとの事だった。
「マジですか?
そこにあの少女も映っていたんですか?」
「神南佑梨さんではなく、少女だね?」
田中がにやりとした。
俺はしまったと言う表情で、視線をそらした。
ふぅー。と、大きく息を一度吐き出してから、俺は田中を見つめた。
勝ち誇った表情で、俺が負けを認めるのを待っている。
横では松岡がふふふん顔で、俺を見下している。
「そうですよ。知ってましたよ。あの子が神南でない事は」
「君はなぜ、それを黙っていた?」
「それは当たり前でしょう。神南はいつも狙われていたんですよ。
神南は僕がかくまった。
あの少女がどうして現れたのか、何者なのかは僕は知らないけど、その存在は僕にとって、都合のいい存在なんです」
「つまり、君はあの子はどうなってもいいから、神南佑梨さんを守りたかった。
そう言うことだね?」
田中は笑い始めた。
何が可笑しいのか?
自分と同じにおいを俺に感じ取った。そう言う事かも知れない。
「僕が守りたいのは神南佑梨の姿をした女の子じゃなくて、神南佑梨なんだ。
それだけだ」
田中を睨み付けた。
「君は神南佑梨さんを守りたい。
でも、寺下美佳さんの事も大切なんだろ?」
「そりゃあ。もちろんですよ」
俺はテーブルの上に両手をついて、身を乗り出した。
「だったら、神南佑梨さんの居所を教えてくれないか?」
「どうして、話がそこに行くんですか?
美佳を助ける事と、神南はどう関係するって言うんですか?」
「今、寺下美佳さんは、クローン達が占拠している研究所にいる。
君も来ただろう? あそこだ。
寺下美佳さんを救うには、あの中に入れる神南佑梨さんの力が必要なんだよ」
「どう言う事ですか?」
「それを君に言う必要はないな」
ヒューマノイド。
その話を俺にする気はないらしい。それだけ、重要な秘密と言う事でもあり、俺を信用していないとも言えるだろう。
「とにかくだ。神南佑梨さんの居所を今すぐ教えてほしい」
「うーん。神南を危険な目に遭わすわけにはいかないんですよね」
「僕がいるじゃないか」
松岡は不機嫌そうな表情だ。
あの日、凄惨な状況の研究所に入る事を躊躇した男の言葉に、俺はちょっとぷっと吹き出してしまった。
「何がおかしい」
「あ、失礼。
じゃあ。僕も行きますよ。
神南だけに危ない目を遭わせる訳にはいきませんし、美佳を助けないといけませんから」
「君は不要だ。入る事はならない」
「死体がころがってるからですか?」
田中の顔が一瞬、強張った。
神南がその事は黙っていて、俺がそこまで知っているとは思っていなかったのか?
テロリストたちが、クローンである事。
研究所の中に死体が転がっている事。
ここまで知ってしまった俺。
いや、それ以上にヒューマノイドの事も知っているが、それはここでは止めておこう。
もはや、俺を部外者扱いする理由は無いはずだ。
なにしろ、今すぐにでも神南の協力が欲しいのだ。
俺に駄々をこねさせている余裕などあるはずがない。
「分かった。いいだろう」
田中は一度目を閉じて、天を仰ぐような仕草をしたかと思うと、鋭い目つきを俺に向けた。
あの研究所に入り、全てを知った者をどうするのか?
最悪、こいつらは証拠を表に出さないためにも、そう言った者たちを殺害しかねない気がする。
中に入る事が許された俺も、ついにその仲間入りしてしまった訳だ。
「では、神南佑梨さんの居所を教えてもらおうか」
「いえ。研究所に俺が連れて行きます」
「本当だろうな」
「当り前ですよ」
俺は譲らない。
そう言う気迫を全身から放て! と思いながら、きつい目を向けた。
何しろ、こちらが優位だ。ここで、あえて譲る必要はない。
「こちらは急いでいる。今すぐにでも、来てもらいたいのだが」
「学校に話をつけてくれれば、今すぐにでも行きますよ」
「分かった。話はこちらからつけよう」
田中はそう言うと、すぐに校長に話をつけた。
俺は教室に一度戻ると、鞄を持って学校を出た。




