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拉致された美佳

 一昨日の事だ。


 「神南、今日もあれは来ているのか?」


 授業が終わり、机の上で教科書を片づけていた神南のところに、俺は近づいて行った。


 「たぶんね。もちろん、朝はいたわよ」


 にやりとした笑顔で頷く俺のところに、美佳がやって来た。


 「何度も言わせないでよね。翔琉は私んなんだからね」


 美佳が俺の左腕に自分の右腕を回してきた。

 ちょっとその顔は得意げでもあり、威圧気味でもある。


 「平沢くんって、私の事好いてくれている?」


 神南の言葉に教室が凍りついた気がした。みんなの視線が俺たちのところに集中し、俺が何と答えるのかをじっと待っている。

 美佳は俺を睨み付けるような視線だ。


 「あ、悪いが、まじ、俺、あんたの事好きじゃないから」


 教室の中が一瞬、どよめいた。


 「えーっ。そうなんだぁ。残念。

 この子が邪魔なのかな」


 一度美佳に睨み付けるような視線を向けた後、神南は鞄を手に取った。

 教室のドアを目指す進路を美佳が塞いでいたと言う訳でもないのに、右手で美佳の左肩をドンと叩いた。


 「どいてよね。この邪魔者」


 その勢いで、体勢を崩した美佳。

 俺も、美佳も、そして教室にいたクラスメートたち全員が、今までの神南から想像もできない行動に驚きの表情で、固まってしまった。

 声も上げられず、静まり返った教室を神南は一人出て行った。


 神南の姿が消えると、かけられていた魔法が解けたかのように、教室の中は騒然となった。


 「まじ? 神南って、あんなキャラだったんだ」

 「て言うか、平沢くんは美佳ちゃんを選んだって事なのかな?」

 「夫婦の離婚の危機は去ったって事なんじゃね?」


 神南のいなくなった教室に乱れ飛ぶ私語。興味本位で向けられた視線の中、それらを無視して、廊下を目指しはじめた。

 美佳は俺の後に続いて教室から出てくるのかと思っていたが、美佳の友達たちに取り囲まれている。


 俺は一人、そのまま校舎を出て、校門を目指した。

 校門をくぐり抜けた時、校門を出たところで、壁にもたれて立っている神南と目が合った。

 鞄を両手で下げて、俺ににこりと微笑んでみせた。


 「今なら、平沢くんを口説き放題かな?」

 「他の生徒がいるだろ」

 「寺下さんにさえ聞かれなければいいんだと思うんだけどなぁ」

 「あのなあ」


 俺の言葉になんか、まるで興味が無いかのように無視して、校庭の中を再び覗き込んだ。


 「じゃあ、またね」


 神南は軽くそう言って、片手を上げた。


 「じゃあ」


 俺もとりあえず微笑みと共に、右手を軽く上げた。

 校門から離れて歩き始めた俺の視線の先、校門から100m以上離れたところに、一台の国産高級車。警察だろう。

 俺は一人駅を目指して歩いて行った。

 それが、俺の見た二人の最後だ。



 目の前の田中は少し身を乗り出してきた。

 特別な話を君だけに教えよう。そんな雰囲気だ。


 「実はだね。君の大切な友人である寺下美佳さんは、拉致されてしまったようなんだ」

 「マジっすか?」


 思わず素の言葉で、立ち上がってしまった。

 一昨日、夜になっても美佳が帰って来ていないとかで、美佳のお母さんから、俺の家に美佳が来ているのではないかと言う電話があったが、来ていないと答えて、それで終わっている。


 「昨日から学校に来ていないのは、病気とかじゃなくて、拉致されたからなんですか?」


 俺の言葉に、田中はしっかりと頷いて見せた。


 「誰に? どこにいるか分かっているんですか?」


 早口で一気にまくしたてた。


 「実は一昨日の事なんだが」


 そう言って、田中は後ろの警察官に一昨日の事を語らせ始めた。

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