二人のいない教室
「では、この問題、誰にやってもらおうか」
朝の日差しが差し込む教室の中、田中先生の声が教室の中に響いた。
何気に教室の中を見渡してみた。
いつもならきりりとした表情で正面を向いた神南が座っている机に、その主の姿は無い。
問題に自信なさげなクラスメートたちは、机の上に置いた教科書に視線を向け、当てられるのを避けている。
視線を正面に戻そうとした時、教壇の上に立っている田中先生と目が合った。
「やっぱり、ここは学年トップの平沢か?」
ご指名とあらば、致し方ない。
「はい」
そう言って、黒板を目指して歩き始めた。
美佳の机の横を通り過ぎる。
「学年トップ。いいんだぁ」
いつもなら、聞こえてくる美佳の声も聞こえない。
美佳がそう言って横を向くはずの机にも、美佳の姿はない。
学年トップと言う冠は不要だが、美佳の声が聞こえないのは何だか寂しいじゃないか。
美佳のいない机を横目で追いながら、黒板を目指す。
そんな俺の耳に、慌ただしげな人の気配を感じた。
せわしなく、重く鈍い感じの足音が近づいてくる。
廊下に目を向けた時、教室のドアが開いた。
「田中先生。授業中、すまない。
平沢翔琉はいるかね?」
小柄で頭が少しバーコードに近くなっている教頭だ。
「あ、はい」
俺の言葉に教頭が、俺に視線を向けて、手招きした。
「悪いがすぐに校長室に来てくれ」
田中先生が俺にちらりと視線を向けた。
「何かあったのですか?」
「何ですか?」
田中先生と俺の言葉が重なった。
「田中先生には後で話をする。とにかく、すぐに来てくれ」
田中先生が俺に頷いてみせた。行けと言う事だろう。
「分かりました」
そう言うと、俺は教頭の所に向かって行った。
校長室の中にある応接テーブルの所で待っていたのは4人の男たちだった。
椅子に二人の男。その背後に二人の男が立っていた。
椅子の二人は見覚えがあった。
いや、正確には一人は名前も知っている。松岡誠也だ。
どうして、こいつがいるのか?
その理由は横の男を見ればおおよその推測がつく。
研究所に行った時、そこで見たスーツ姿の男である。
俺が二人とテーブルをはさんだ向かい側に立つと、スーツ姿の男が立ち上がった。
それに引きずられるかのように、松岡も立ち上がった。
松岡は相変わらず、ふふふんと得意げな顔だ。
「平沢翔琉君だね。
私は内閣官房副長官補の田中信雄で、横にいるのは知っているね」
「はい」
俺が二人の背後に目を向けたのを感じ取ったのか、田中が続けた。
「後ろの二人は警察官だ。
まあ、座ってくれたまえ」
着席する俺の横を校長が通り過ぎて、この部屋のドアに向かって行った。
そこには俺をここに連れて来た教頭が立っていて、校長のためにドアを開いた。
「では、我々はこれで」
その言葉に田中が頷くのを確認すると、二人は部屋を出て行った。
「さて。余計な者がいなくなったところで、話を始めようではないか。
君のクラスの寺下美佳さんと神南佑梨さんが、昨日から学校に来ていないのは知っているね」
「はい」
そうなのだ。
俺はこの二人を一昨日、学校で見たのが最後で、それっきり見ていない。




