俺の心は闇に落ちて行きそうだ
俺は道路の真ん中で、立ち尽くした。
このまま美佳を見つけられないままだと、美佳との関係は決定的なものとなるかも知れない。
そうなると、俺の計画は練り直しか、美佳の代わりとなりうる人物を考え直さなければならない。
だが、そんな人物がいたなら、俺は最初から美佳を選んだりはしなかった。
どこだ?
美佳が行くとしたら?
俺の頭の中は、その事をフルスロットルで計算し始めた。
遠くまで走って行ったとは考えられない。
どこかで一人立ち止まっている? それとも、さまよい歩いている?
きっとどこかで一人になれる場所にいるはずだ。
ここからそう遠く離れてはいない人気の無い場所。
俺の頭の中に、美佳と俺の二人の姿が甦ってきた。
近くにあるこんもりとした杜。
神社の境内。幼い頃から、よく遊んだ場所。
本当は座ってはいけいなのかも知れないが、大きくなってからも、神社の社の階段に座って、よく二人で話したものだ。
他に心当たりがない以上、俺はそこに賭けることにした。
空は闇の接近を知らせる朱色の輝きを放っている。
俺は全速力で、神社を目指した。
道路につながる細い石段。
石段を登り切ったところに神社の境内がある。
かなりの傾斜で段数がある。
息を切らしながら駆け上がった神社の境内は、木々に取り囲込まれている事もあって、一層闇が近づいていた。
薄暗くなりかけている空間にとけ込むかのように、神社の社の輪郭は空間と区別がつけれないが、黄色いカーディガンは薄暗い空間にとけ込まれずにいた。
いた。美佳だ。
「美佳」
再び逃げられてはならない。
美佳の動きに注意しながら、走り寄った。
美佳が立ち上がった。
だが、逃げる気配はない。
「翔琉」
美佳が立ち上がった。俺は賽銭箱の前で立ち止まった。
一歩一歩ゆっくりと社の階段を美佳が降りてきた。
一気に来ないのは、薄暗くて足元が見えないからなんかじゃないはずだ。
俺の気持ちが見えず、確かめたくて時間をかけているのかも知れない。
「美佳」
俺の方から美佳に歩み寄った。
美佳の手を握りしめて、じっと見つめた。
美佳との顔が接近した。
美佳の手に力がこもって、俺の手をぎゅっと握り返して来た。
「お願いだ。美佳」
俺は怪しい雰囲気になるのを避けようとした。
「いやよ。そんな話聞きたくなんかない」
美佳が思いっきり、俺の手を振りほどこうとした。
だが、ここで離す訳にはいかない。
きつく握りしめ、俺の方に目いっぱい引っ張った。
少しよろめいた美佳は、俺の目の前で、ほっぺを膨らませ口先を尖らせて、ぷいと横を向いている。
「誰でもいい訳じゃないんだ。
美佳でなきゃだめなんだ」
「いやよ。翔琉はクローンたちを助けたいんじゃないでしょ。
助けたいのは神南さんなんでしょ」
俺に視線を向けた美佳の瞳には、怒りと悲しみが入り混じっている気がした。
「ああ。そうだ。俺は神南を助けたい。それは本当だ」
「だったら、他の人に頼みなさいよ。
神南さんのために、翔琉に言われて、何かするなんて嫌なの。
それが危険な事だったら、なおさらじゃない。
私はどんな目に遭ってもいいから、神南さんを助けたいって事じゃない。
なんで、私がそんな役しなきゃいけないって言うのよ」
俺を涙を浮かべた目で睨みつけた。
「いいか。よく聞いてくれ」
感情的になっている美佳を落ち着けさせようと、ゆっくりとした口調で言った。
そして、視線を合わせようと、美佳の両腕を掴んで体を俺の正面に向けさせたが、相変わらず顔は横を向いている。
それでも話を続けるしかない。
「美佳は全然危なくない。それは俺が保証する。
でなきゃあ、大事な美佳にこんな事を頼む訳ないだろ」
「大事な?」
横を向いて、俺と視線を合わせようとしなかった美佳が俺に視線を向けた。
大事な美佳。それは本当だ。
もちろん、安全。それも本当だ。
俺の頭の中のストーリーでは、ほぼ100%。のはずだ。
「ああ。当り前だ。そして、こんな事を頼めるのは俺にとって一番の美佳だけだ」
ちょっと、俺の心がちくりと痛んだ。
一番信用できる美佳。
信用と言う言葉を、俺の脳は言語に変換する段階で、躊躇し消し去ってしまった。
とんでもない力を持っているヒューマノイド。そんなものを手に入れれば、心を闇に落とす人間なんて、少なくないはずだ。
少なくとも美佳はそんな事はない。
美佳と俺との付き合いは長い。
俺は美佳を最も信用している。それは確かだ。
「私の事は一番なの?」
ゆっくりと頷いた。
誤解を与えている可能性がある。いや、そんな言い方をしたのは俺自身である。
本当に頷いていいのか?
頷くのは卑怯な行いじゃないのか?
そんな思いに、俺の心の奥が少し戸惑ったために、緩慢な動作となってしまったが、美佳は別な意味に受け取ったようで、嬉しそうな顔をした。
俺は心の奥を痛めながらも、引くに引けないところまで来てしまった。
だったら、このまま突っ走る以外ない。
「クラスメートを助けるのは当たり前だろ。
とくに、最悪、命にだってかかわっているんだ」
クローンたちは人として扱われず、その命が軽んじられていて、神南にだってその危険性があると言う事を感じているのは事実だ。
だが、クラスメートと言う言葉が、ここでは反則である事くらい、俺にだって分かっている。
もしも、地獄と言うものが本当にあるなら、俺は間違いなく地獄行きかもしれない。
「分かったわ。翔琉」
美佳はそう言って、俺にぎゅっと抱き着いてきた。
美佳の背中に両手を回し抱きしめながら、天を仰いだ。
空の闇は一層深くなってきていた。
俺の心も闇に落ちて行きそうだった。
あーあ、翔琉くん。これから、どうしちゃうんでしょうか?
的な展開になってしまいました。
修羅場にならずにすめばいいんですけど。




