翔琉がさっさとしないからと、美佳は言った
あの後、俺の家を占拠していたクローンたちは俺と神南を残して、忽然と姿を消した。
警察に事情を聴取されたが、俺たちは暗い部屋に閉じ込められていて、クローンたちがどうやって消えたのか、神南を残して消えた理由などは知らないと言った。
もちろん、神南そっくりのクローン少女がいて、俺の家に潜んでいたなんて事は、話していないし、クローンと言う言葉はあえて使わなかった。
あくまでも、テロリストたちだ。
納得したのかしなかったのかは知らないが、とりあえず警察は引き揚げて行った。
クローンたちとの作戦。
俺がまず最初にしなければいけない事、それは美佳を味方に引き込む事だ。そして、それは完全に俺の仕事だ。
道路に面した門扉の横に付けられたインターホンを押した。
家の中に鳴ったチャイムの音が漏れ聞こえてきた。
「はい」
インターホンから聞こえてきたのは、美佳のお母さんの声だ。
「翔琉です。美佳ちゃんいます?」
「翔琉君。美佳ならいるわよ。どうぞ、上がって」
「では、お邪魔します」
そう言って、俺が美佳の家の玄関に向かって行くと、家の中で美佳のお母さんが美佳を呼ぶ声が聞こえてきた。
ドアの取っ手に手をかけた時、階段を駆け下りてくる足音が聞こえた。
ドアを開けるとほぼ同時に階段から黄色いカーディガンを着た美佳が姿を現した。
「翔琉ぅ。いらっしゃい」
「おう」
「今日はどうしたの?
もしかして、私の顔が見たくなったとか?」
「ちょっと、話したい事があって」
そう言いながら、靴を脱いで美佳の家に上がった。美佳は自分の部屋に向かうため、階段を昇りはじめた。
数段遅れて、美佳に続いて行く。
美佳の細すぎず、太すぎもしないすらりとした足が目の前で輝いている。
この前、美佳の部屋に上がる時は少しいやらしい気分を抱いたものだが、今日は微塵もない。
それはこれから美佳を説得しなければならないと言う気分からなのか、美佳にそんな気持ちをいだけなくなっているからなのかは分からない。
美佳の後に続いて、美佳の部屋に入った。
「座って」
美佳は自分のベッドに座り、その横をぽんぽんと叩いた。
美佳の横に俺は座った。
「話があるんだって?」
「ああ。美佳にだけの大事な話だ」
俺は真剣なまなざしで美佳を見つめた。
「あ、その話、何か分かった。
言わなくてもいいよ。私も翔琉と同じ気持ちに決まってるじゃない」
そう言って、美佳は俺に顔を向けたまま目を閉じた。
何なんだ? この美佳の反応は?
意味が分からず固まっていると、美佳が片目を開けた。
「何、照れてんのよ。私だって、翔琉の事が好きなんだから。ぐずぐずしないでよね」
そう言って、もう一度目を閉じた。
これって、あれか? 美佳は完全に誤解しているじゃないか。
どうしたら、いいんだ?
ここで、キスをしないと言う事は、女の子に恥をかかせたと言う事になるんじゃないのか?
そうなると、美佳との関係が崩れかねない?
だからと言って、キスすれば、もっとややこしい事になってしまう。
俺はどうしたらいいんだ?
そんな俺を救ってくれたのは階段を上って来る足音だった。
それに気付いた美佳が目を開けて、俺との間に少し距離をとった。
「翔琉がさっさとしないから、お母さんが来ちゃったじゃない」
美佳がほっぺを膨らませ、口先を尖らせている。
「美佳、開けるわよ」
「はぁい」
美佳のお母さんが飲み物とおやつを持ってやって来た。
「机の上に置いておくね。
翔琉くんも、ごゆっくり」
美佳のお母さんは机の上に持ってきた飲み物とおやつを置くと、俺ににこりとしてから美佳の部屋を出て行った。
美佳がさっと俺の横に移り、二人の腕と腕が触れ合った。
俺との距離が再び縮まった。このままでは、さっきの続きになってしまう。




