神南のワンルーム
初めて見た神南が暮らすワンルーム。
5階建てのマンションの2階の一室が神南の部屋だった。
神南の部屋のドアポストからは一枚の紙切れがのぞいていて、神南がドアを開ける前に、それを引き抜いた。
それはこの部屋の大家さんからのものらしい。そこには、こう書かれていた。
「警察の許可が下りたので、部屋を修復するから、都合のいい日を連絡してください」
神南がドアを開けると、玄関ドアのチェーンロックが完全に破壊されているのが、目に入った。
神南を救出するため、部屋の中に乗り込む時に警察が切断したんだろう。
神南に続いて中に入ると、キッチンのフロアには土汚れが付いていた。
そして、その奥の部屋は警察とテロリストたち、いやクローンたちの戦いの形跡を残すほど、ぐちゃぐちゃと言っていいほど、物が散らばっていた。
神南がその部屋の照明をつけると、窓際の床にきらきら光るものが散らばっているのが目に入った。
窓ガラスが割れている。
荒れている部屋は片づければいいが、割れた窓ガラスは早急に修復しなければならない。
そんな事を考えている内に、神南は片づけ始めた。
「俺も手伝っていいかな?」
そう言ってから、俺は少し反省した。
ドアポストの紙と、破壊されたチェーンロックで俺は冷静さを失っていたと言ってもいいだろう。
女の子の部屋にそのまま入って来てしまっているじゃないか。
ここに俺がいる事自体、拒絶されるかも知れない。そんな思いで身構えている俺に、神南が振り向いた。
「ありがとう。だったら、掃除機、お願いしていいかな」
「もちろんだよ」
出て行って欲しい。と言う最悪の答えさえ覚悟していただけに、その答えは絶頂気分に俺をさせた。
部屋の中の隅々に視線を向けて、掃除機を探す。
キッチンと奥の部屋の間にあるドアの横に掃除機は置かれていた。
電源コードを引っ張り出すと、コンセントに差し込み、掃除機をかけ始めた。
物理的に神南の役に立っている。それが、俺に充実感を与える。
悲惨な状況の部屋だと言うのに、俺の心の奥には少しだけうきうき気分が生まれていた。
神南と二人で、部屋を片付け始めて数時間、ようやく部屋の中はきれいに片付いた。
かわいい花柄のカーテンに、棚に並んだぬいぐるみたち。
ちょっと学校の神南のイメージから離れている気がする。
これこそが、本当の神南なんだろう。そう感じると、なんだか意味も無く、うれしくなるじゃないか。
「平沢君、ありがとう。おかげで、早く片付いたわ」
「いや。どうって事ないよ。
でも、今日はここで寝るのは危なくない?」
「窓ガラス、割れたままだもんね。
仕方ないか。じゃあ、私」
俺の頭の中に浮かんだ神南の続きの言葉を言わせないため、俺は大きめの声で神南の言葉を遮った。
「俺、泊まるのにいい場所知ってるんだ」
「えっ? そうなの?」
「ああ。純和風旅館っぽいところなんだけど」
「純和風かぁ。畳の間があって、庭園が見えるとか?」
「ああ。池があって、ちょっとした小さな人口の滝もあるんだ」
「でも、それって、高くない?」
「大丈夫。俺の知ってるところだから。
今から、準備して行こうよ。俺が連れて行くから」
「うーん。おじさまの家に戻ろうかと思ってんだけど」
「そこにも、クローン達が押しかけてきたら困るんじゃね?」
「そっかぁ。じゃあ、平沢君が言ってるところにしよっかなぁ」
「決まりだね」
神南は学校に通う準備も合わせて、用意を始めた。俺はそんな神南を横目に、タクシーを手配した。
二人を乗せたタクシーは俺の指示通りに街の中を走り抜けて行った。やがて、白壁が続く場所に出た。白壁を越えてのぞく緑の木々。
「もしかして、これ?」
神南がタクシーの窓から覗き込むような姿勢を取りながら、辺りを確認している。
「ああ。そうだよ」
そう言ってから、俺はタクシーの運転手さんに停車する場所を告げた。
タクシーが俺が言った場所に停車した。
後部座席の窓から、背後に視線を向けると、はるか後ろに、一台国産高級車が停車した。
神南のワンルームを出た時から、ずっとつけてきていた。
きっと、警察なんだろう。
鬱陶しいとも言えるが、ある意味頼もしい。
タクシーを降りると、目の前には、木でできた大きな扉がある日本の邸宅の門があった。
神南がもの珍しげに辺りを見渡した後、怪訝な表情を俺に向けた。
「ねぇ。ここって、旅館じゃないよね?」
門の横には旅館の看板などなく、個人名の表札が掲げられているのを見たからだろう。




