戻って来た神南
ほんの束の間の静けさの後、興奮気味の声が漏れ聞こえてきた。
「お疲れさま。中の様子はどうだった?」
どうやら、神南たちは無事に研究所から戻ってきたんだろう。
二人が姿を現す前に飛び出して来たと言う事は、車の中の二人は何等かの方法で研究所の内部を知る事が出来るという事だろう。
見張り役からの無線連絡なのか、監視カメラか何かの映像をモニターしているのか?
そんなところだろう。
ともかく、あの車は周囲の状況から隔離された世界ではないようだ。
「研究所の職員たちは一か所に集められ、軟禁状態でした」
松岡の声が聞こえてきた。
「お父様のご様子は?」
「ちょっと、疲れた様子でした」
そう言いながら、ブルーシートから松岡が姿を現した。
その表情は真面目そうでもなく、お得意のふふふん状態でもなく、父親どころか本人自身が疲れているように見えた。
続いてスーツ姿の男、軍服姿の男二人、神南が姿を現した。
「神南!」
俺の言葉に視線を向けた。神南の表情はどこか青ざめている気さえする。
やはり、神南が研究所の中に入って行くのを止めるべきだったんだ。
などと言ってみても、仕方ない。
人生を一日でも戻せるスイッチでもあれば、押してリセットしてしまえばいいのだが、そんな便利な物、あるはずもない。
神南は俺に視線を向け、にこりと微笑んで見せたが、どこか作った感じだ。
ブルーシートを出た辺りで、5人は一度立ち止まったあと、松岡にスーツ姿の男が言った。
「ちょっと、詳しく話を聞かせて欲しいので、車の中に入ってもらっていいかな?」
「あ、はい」
松岡がそう答えると、スーツ姿の男は歩き始めた。きっと、さっき飛び出してきた車か何かを目指しているんだろう。
その後を神南が続こうとしたのを、軍服姿の男が制止した。
「お疲れだったね。君はもう帰っていい」
そう言って、近くに立っている兵士に言った。
「警察に連絡して、彼女を送って行ってもらえ」
その言葉に松岡が反応した。
「佑梨ちゃんは一緒じゃないの?」
「ああ。君のお父さんのこともあるし、君とだけ話をしたいんだ」
「そ、そ、そうですか」
未練がましく、振り返って神南に視線を向けている松岡の背中に、スーツ姿の男は手を回して、松岡を誘った。
「そいつも離してやれ」
松岡とスーツ姿の男の後姿から視線を俺の方に向けた軍服姿の男が言った。
「はっ」
俺を両脇から抱え込んでいた兵士たちは、俺を離して持ち場に戻って行った。
解放された俺は神南の所に駆け出して行きたかったが、またどこで拘束されていまうか分からない。
とあえず、様子をうかがいながら、ゆっくりと神南を目指して歩む俺のところに、逆に神南が駆け寄ってきた。
「大丈夫?」
「ああ。それより、神南の事の方が心配だ。大丈夫なのか?」
「うん。今はちょっと、あれだけど、すぐに元気になれると思う」
「そっか。俺もずっとそばにいるよ」
「ありがとう」
神南の手に右手を伸ばして、ぎゅっと握りしめた。
警察も周囲に待機しているのか、すぐにやってきた。
そして、その警察車両に乗って、俺と神南は神南が暮らしているワンルームまで、送り届けてもらった。
その間、あの中で何があったのか、何を見たのか聞きたかったが、神南に嫌な思いをさせそうで、聞けなかった。




