研究所の中に消えて行った二人
スーツ姿の男が松岡に寄り添った。
「松岡君。
前にも言ったとおり、今から研究所の中に入って、君のお父さんや研究所の職員たちの様子、それと内部の状況を分かる範囲でいいから、確認してきてくれ。
それと、この中でこれから見る事は、外で絶対言ってはならない」
「分かっています」
何だか大そうなミッションを与えられたのは、自分がそれなりの人間だからだ。と言う事を俺に見せたいのか、一度振り返り、視線を俺に向けて、ふふふんと言う表情をした。
残念だが、今のこの場では俺は確かに不要な人間だ。
「神南さん。まず、研究所の敷地の中に入る前に、大声で中のものたちに聞こえるよう、こう言ってくれ。
私たちは呼ばれたので、ここに来た。今から中に入るが、私たちに危害を加えるな。と。
それと、念のため、建物の中に入る時にも言っておいてもらいたい」
「分かりました」
「では、頼みます」
そう言うと男たち三人は神南たちを先導するかのように、研究所に向かって歩み始めた。
研究所を覆い尽くすブルーシートの壁。その切れ目に男たちが近づいて行くと、切れ目の両サイドで銃を構えていた兵士が、ブルーシートの切れ目を開いた。
その先に自然と俺の視線が向かった。
ブルーシートの向こう。そこには研究所があるのかと思っていたが、その先にもブルーシートが張られていた。
二重。そこまでして、その向こうの光景を隠したい。
だとしたら、その先に広がる光景は?
そう思った時、一瞬、地獄のような光景が脳裏に浮かんだが、すぐに打ち消した。
漂う異様な臭い。
それを隠そうとしているかのように混じりあう甘い芳香。
その向こうに遺体が放置されたままなんてありえるはずがない。
ブルーシートの向こうに神南たちが消えて行った。
俺は閉ざされたブルーシートを、ただする事もなく、眺めていた。
「佑梨ちゃん。無理だ」
俺の耳にかすかだが、松岡の声が届いた。俺は全意識をブルーシートの向こうから聞こえてくる音に集中させた。
「大丈夫だ。君たちの安全は保障されているが、何なら、私もお供して君たちを警護しよう」
話の内容から言って、きっと、さっきの軍服姿の男の内の一人の声だろう。
しかし、その内容はちょっと違うんじゃないかと言うものだ。神南たち二人だけだったんじゃないのか?
そんな思いを抱いているほどの余裕は無さげな声が続いた。
「だったら、これは何なんですか?」
「今、ここに入る許可を得ている。安心してもらいたい」
「そんな事、信用できる訳ないでしょう。
僕たちは帰らせていただきます」
「待って、誠也さん」
今度は神南の声だ。動揺を感じさせる松岡の声。神南の声も少しいつもと違う。
神南たちが目にしている光景は?
俺がさっき一瞬思い浮かべた地獄の惨状が、正しいのか?
もし、そうだとしたら、そんな場所に神南を行かせる訳にはいかない。
俺は神南たちが入って行ったブルーシートの切れ目の部分に向かって走り出した。
そんな俺を止めようと、周囲を警護していた兵士たちが駆け寄ってきた。
捕えられるのは時間の問題だ。
その前に神南に戻るよう伝えたい。
そう思っていた俺の耳に、意外な言葉が聞こえてきた。
「私は一人でも行きます。おじさまの無事を確認しなければ」
「神南、行くな!」そう言おうとしていた言葉を飲み込んだ。
俺は何人もの兵士に取り押さえられた。
だが、神南の決意を聞いた俺は、先へ進む理由を失っていた。
「私たちは呼ばれたので、ここに来ました。
今から中に入りますけど、私たちに危害を加えないでください」
神南の大きな声が響いた。
「佑梨ちゃん。待って、俺も行く」
続いて、松岡の声が聞こえてきた。神南が行くので、行く事にした。そんな感じだ。その先に広がる光景がどんなものなのか、俺には分からないが、女の子が覚悟を決めれるのに、さっきまで覚悟を決められなかった松岡は格好悪いではないか。
しかも、その先には自分の父親が監禁されていると言うのにだ。




