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異様な雰囲気に包まれた研究所前

 神南の恩人である松岡英俊が監禁されていると言う研究所は、すでに視界にとらえていて、もうすぐそこである。

 俺の視界に入っている光景が、事態の異常さを示している。


 研究所全ての外周を囲い込み、その内部を見せないように大きなブルーシートが壁のように張り巡らされている。

 そして、その前には多くの装甲車が並び、大勢の銃器を構えた人たちが並んでいる。それも、警察ではなく、軍だ。


 その数百mほど手前で、道路は封鎖されていて、そこから先には入れないようになっている。それだけ、一般人に研究所の中の様子を知られたくない。そう言うことだろう。


 それはそうだ。

 中にいるのはクローンたち。きっと、同じ顔をしたクローン達が何人もいるはずだ。

 そんな異様な光景を見れば、誰もがクローンの存在を信じる事だろう。


 テロリストたち。そう言って、覆い隠そうとしているクローン製造の事実。それが表ざたになったら、この国は大変なことになるに違いない。


 俺はその強固なまでの警備体制に緊張感を抱かずにいられない。

 横を歩く神南に目を向けた。

 あの事件でさえ、あまり表情を変えなかった神南の顔色が青ざめている気がする。

 それは目の前から伝わってくる異様な様子に、松岡英俊の身を案じているからかも知れない。


 さらにその横にいる松岡の息子 誠也の顔は引きつり気味だ。

 どうやら、こいつも今この瞬間まで、この研究所の状態を知らなかったようだ。


 研究所を取り巻く者たちだけでなく、そこに通じる道路を封鎖しているのも軍のようだ。

 一般市民を威嚇するのを避けるためか、銃器を手にかまえてはいないが、迷彩服に身を包み、腰には拳銃らしきものが見て取れる。


 そこに俺たちが近づいて行った。


 「ま、ま、松岡誠也です。研究所の中に入って、父の松岡英俊と面会するために、呼ばれました」


 声が震えている。お得意のふふふんと言う余裕もなさげだ。


 「そこの女の子は神南佑梨さんですか?」


 兵士と思しき一人が神南に視線を向けながら、松岡に聞いた。


 「はい。そうです」


 神南が自ら答えた。


 「では、君は何だ?」


 俺に向かってたずねてきた。松岡誠也は研究所を占拠している者達から、指名されたと聞いている。その松岡が神南を誘った。つまり、二人がここに来るのは分かっていた訳だが、俺はそこに飛び入り組だ。

 名前を知られていないのも当然である。


 「平沢翔琉。神南の友達です。僕なしで、神南を危ない場所に行かせる訳にはいきません」


 俺の言葉に兵士たちは顔を見合わせた後、俺たちに進路を開けた。

 一歩、一歩、俺たちはとんでもない場所に進んで行く。


 鼻に何かの匂いが絡みつき始めた。

 甘い香りと錆のようなにおいと腐臭が混じったような複雑な臭いで、三人の顔は少し歪み気味だ。


 研究所の前に貼られているブルーシートが壁のように思えるほど、近づいた時、研究所前に止められている多くの装甲車の一台から、スーツ姿の中年の男が降りてきた。

 俺たちが視線を向けた時、もう二人、軍服姿の男が降りてきて、三人で俺たちのところに向かい始めてきた。


 ブルーシートの壁に沿って歩く俺たちの前に、その三人がやって来た。


 「よく来てくれたね。松岡誠也君。それに、神南佑梨さん」


 スーツ姿の男は松岡の顔を知っているらしく、俺に一瞥もくれることなく、松岡と神南を見ながら、そう言った。


 「ところで、彼は?」


 スーツ姿の男は続けざまに、松岡にそう言った。


 「彼はですね、佑梨ちゃんの友達だとかで、付いてきちゃったんですよ」


 少し余裕が出て来たのか、そう言い終えた松岡の顔はふふふんの表情だ。まったく、余計な奴がついて来てしまったと言いたげだ。


 「私は平沢翔琉。神南さんの友達です」

 「君はここまでだ」


 そう言って、会釈しようかとしていた俺の耳に、スーツ姿の男の言葉が届いた。

 視線を向けると、厳しい表情で、睨み付けるかのような視線を俺に向けていた。


 「いえ。私も行きます。私無しで、神南さん一人を生かせる訳にはいきません」

 「君は知らんだろうが、中に入る許可を得ているのはこの二人だけだ。君が中に入った場合、君の命の保証だけでなく、人質の命の保証も危うくなる」


 俺のために、他人の命が危なくなると言われてしまえば、抵抗する術が無くなってしまった。

 俺が黙り込んでいると、神南が俺に声をかけた。


 「ありがとう。平沢君。松岡のおじさまや、他の人質の皆さんを危険にさらす訳にはいかないの。ここで、待っていて」


 そう言って、神南は力強く頷いた。

 神南の言葉を待っていたかのように、俺の前にスーツ姿の男が立ちはだかった。

 すでに事は決した。そう現実を突き付けられた気分だ。


 「そう言う事だ」


 スーツ姿の男はそう言うと、俺に背を向けた。

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