騒然としている体育館
美佳と二人、教室のドアを目指す。
俺たちは最後の方で、教室内にはあと数人の男子生徒がいる程度だ。
「急いで。
でも、慌てたり、走ったりするなよ」
俺たちが廊下に出ようとした時、田中先生が言った。
難しい注文だ。
そう思いながら、廊下に出た。
俺たちの学校の校舎はコの字型になっていて、南側に位置する正門との間に広がる校庭を囲んでいる。
と言っても、コの字ほど、両翼に位置する校舎は長くはない。
そして、北側に裏門があって、その間にプールと体育館、音楽室や図書室が設けられた第2校舎があった。
廊下側の窓から、外に目を向けると、体育館に向かう多くの生徒たちの列ができていた。
俺たちを取り囲む生徒たちの列は、ずっとあそこまで続いているに違いない。
もはやその列は詰まり気味で、急ごうにも急げやしない。
俺と美佳は列の流れに身を任せながら、体育館を目指した。
俺と美佳が体育館にたどり着いた時、体育館の中はすでに多くの生徒たちで溢れていた。
「怖かったよぅ」
「銃撃戦を見るとはな」
そんな声に交じって、女生徒のすすり泣く声も聞こえてきていて、体育館の中は教室以上に騒然とした雰囲気に満ちていた。
学年別、クラス別、そして男女別に交互に並んだ列の後姿を見ながら、俺は自分のクラスの最後尾を探した。
左側から1/3程度のいつものところに、自分のクラスの列を見つけ、進んで行く。
美佳が右手の親指と人差し指で俺の背中のあたりのシャツをつまんでいる。
俺が少しでも歩調を速めると、シャツの背中のすそがズボンから少しずつはみ出して行くじゃないか。
とは言え、今の美佳に離せとは言えない。
クラスの列の真ん中あたりを過ぎたところで、美佳は立ち止まり、しかもシャツを掴んでいる手に力を込めた。
俺のシャツはズボンから見事にはみ出して、ぴんと伸びきった。
俺は立ち止まって、振り返った。
背の順に並ぶ列の美佳の場所。
そこで立ち止まりながらも、俺と離れられない。そんな感じだ。
「大丈夫」
俺はそう言って、美佳の頭を撫でてやった。
美佳は硬い表情のまま、俺のシャツを離した。
俺は美佳に頷いてから、はみ出してしまったシャツを手でズボンの中に入れ直し、先頭を目指して歩き始めた。
女子の列の先頭にはすでに神南が立っていて、ちらりと俺に視線を向けて、言った。
「遅かったわね。女子はもう全員そろっているのを確認ずみよ」
クラス委員が遅くれてどうする! そう思っているのか、神南の口調はちょっときつかった。
心の奥底までは分からないが、神南はたった今校庭で起こった事件の衝撃を乗り越えているかのようだ。
いや、もしかすると、最初からさほどの衝撃を受けていなかったのかも知れない。
同じ女子でも、美佳とはえらく違う。
「すまない。ここに来るまでに確認してきたが、男子はまだ全員そろっていない」
俺はそう言うと、まだ来ていない男子が現れるのを確認しようと首を伸ばして、列の最後尾あたりまで視線を向けた。