私ね、クローンだったみたい
神南が何かを否定するかのように、首を何度か激しく横に振った。
「私なんかのために、そんな事させられない。
私なんて、この世に必要ないのよ」
「どうして、そうなるんだ?
何で、そんな事を言うんだよ。少なくとも俺には神南が必要なんだ」
無意識のうちに口に出してしまったその言葉に、俺自身も驚いたが、神南も大きく目を見開いて、驚きの表情を浮かべている。
しばらく、二人は見つめあったままだったが、神南は再び悲しげな表情を浮かべた。
「ありがとう。そう言ってくれて。
じゃあ、クローンたちの事なんだけど、どう思う?」
「どうって?」
突然クローンの話に戻した神南の質問の意味が分からない。それが正直なところだ。
少し首を傾け、悩む素振りをした。そんな俺に神南が言葉を付けたした。
「クローンって、存在がよ」
「技術的に可能な事は分かるけど、正直なところ、そんなものが本当に存在すると言うのは、まだ信じきれていない」
「クローンの存在を許せる? クローンは人間だと思う?」
神南は俺をじっと見つめている。
その瞳の奥に、何かあると俺は感じた。つまり、俺がさっき答えたクローンに対する考えは神南が意図していた答えではなく、今再び神南が聞いてきた事が、神南の知りたい事なんだ。
クローンの存在を許せるか?
クローンは人間か?
この質問の答えは神南にとって、重大なもののように感じた。
神南が求めている答えは何なんだ?
松岡の父親を監禁しているクローンに対する憎しみ?
神南はクローンを否定しようとしている?
だが、クローンが人間と同じだと言う事だけは、俺の確固たる理解の一つだ。
たとえ、クローンを神南が否定しようとしていたとしても。
「まずクローンは人間だ」
その言葉に続いて、次の言葉を続けようとした時、神南の瞳から涙があふれ始めた。
どうしたと言うんだ?
神南の期待する言葉でなかったので、泣き出したのか?
そんな事で、神南が泣くなんて事があり得るのだろうか?
それとも、もっと別の何かがあるのか?
神南の涙の理由が分からず、俺が言葉を失っていると、神南が言った。
「ありがとう」
どう言う意味なんだ? 話しのつながりから行くとそんなはずはないのだが、神南はクローンたちの味方なのか?
「あ、ああ」
「私ね、私、私」
何か言おうとしているが、言いにくいのか俯いたまま、神南は両手の拳を握りしめ、小さく震えはじめた。
そんな神南を見てられなかった俺は、突然ベッドの上の神南を抱きしめてしまった。
神南が一瞬、びくっとしたのを感じたが、俺は神南から離れず、逆にきつく抱きしめた。
今まで接近した事がないほど、神南の顔と俺の顔は接近した。
神南の頭を撫でながら、神南の耳元で囁いた。
「さっきも言ったけど、言いにくい事なんか言わなくていい。
どんなことがあっても、俺は神南の味方だ。俺は神南の事が好きなんだ」
俺の腕の中で、神南が嗚咽を始めた。
俺の事が好きでなくて、こんな風に抱きしめられているので、泣き出したのか?
そんな事も考えたが、それなら俺の事を押しのけるはずだ。
だが、神南の腕は抱きしめている俺の背中に回され、ぎゅっと力がこもった。
俺がさらに神南を抱きしめ、胸の中から込み上げる言葉を吐き出した。
「好きだ。好きだ。俺は神南の事が好きなんだ。どんな事をしても、俺は君を守る」
俺の言葉が終わるか、終わらない内に神南は俺の背中に回していた腕を外して、俺の胸のあたりに掌をあて、ゆっくりと、だが力強く、俺を押しのけた。
触れ合っていた二人の頬が離れて行き、俺の視界に神南が映った。
涙を浮かべた神南の瞳が俺をじっと見つめている。
「ありがとう。私なんかを好きって言ってくれて」
そこまで言って、神南は一度天井に視線を向け、大きく息を吐き出しながら、再び俺に視線を向けた。
「だったら、なおさら言わなくちゃいけないのよ」
何をだ?
俺がそんな思いで、少しきょとんとした顔つきで、神南を見ていると、神南は話を続けた。
「私ね、人間じゃなくて、クローンだったみたい」
俺の頭の中で、神南の言葉の意味を巡って、思考回路が迷走を始めた。




