ヒューマノイド? それにクローン?
そして、三回目に病室を訪れた時、神南は俺を病室に招き入れた。
今日はあの松岡はおらず、警察ではと俺が推測した男二人だけがいた。
「すみません。みなさん、席を外していただけませんか?」
「しかし」
「あの話を二人だけで、相談させてください」
何の事だか分からないが、神南の言葉に二人の男は顔を見合わせた後、椅子から立ち上り、病室を出て行った。
二人の男と入れ違いに、俺は神南のベッドに近寄って行った。
ベッドの上で上半身を起こした神南の顔は頬が少しやつれ気味に感じた。
最後に元気な神南を見た日から、たった三日しか過ぎていないと言うのに、そう思うと拉致されたショックが大きかったんだと思わざるを得ない。
こんなやつれた自分を俺に見せたくなくて、俺を病室に入れなかったのかも知れない。
そう思い、神南を守りきれなかった自分の不甲斐なさを心の中で、嘆いた。
「これ、ありがとう」
神南は昨日俺が渡したノートを取り出して、胸に抱きながら言った。
授業を写したノート。確かにただのノートだが、その最後のページには神南へのメッセージを書いていた。
「どんな時も、俺は神南さんの味方だ。どんな事でも、俺を頼ってくれ」と。
「ああ。何でも言ってくれ。力になるから」
俺の言葉に神南は天井を見上げるような仕草をして、しばらく目を閉じていた。その目じりから光るものが、頬を伝うのを俺は見た。
どうしたと言うのか。俺には分からない。
どうしていいのかも分からない。
きっと、恋人同士なら、優しく抱きしめてあげればいいのだろうが。
「神南」
俺にできるのは、優しく、その名を呼ぶことくらいだ。
「あのね」
神南はそう言って、頬の涙を拭ってから、俺に視線を向けた。
「話さないといけない事が多すぎて」
そこで、言葉が途切れて、神南は黙り込んだ。
「言いたい事だけ、言ってくれたらいいよ。言いにくい事や、言いたくない事は言わなくていいし」
「そうね。じゃあ、言いやすいところから」
その言葉に俺は頷いて、神南を見つめた。
「ヒューマノイドの話を誠也さんがしたの覚えている?
実は人間と見わけがつかないほどのヒューマノイドが、もうできているの」
「は?」
そんな話は聞いたことがない。
さすがにTVもあまり見ず、勉強一筋の俺でも、新聞には目を通している。そんな話があれば、大騒ぎになっているはずだ。
「信じていないかも知れないけど、本当なの。
まだ、公表されていないだけ。
それを造ったのは松岡のおじさま、つまり平沢君も知っている誠也さんのお父さんの研究所なんだけど、今、クローンたちとヒューマノイドたちに占拠されているの。
人質を解放しようにも、ヒューマノイドが強すぎて、警察も入り込めないらしいの」
「はい?」
ヒューマノイドにクローン?
神南は大丈夫なのか?
実は頭を打ったとか言うオチじゃねぇよな?
それが正直な気持ちだ。
「今、テロリストと呼ばれて、警察に追われているのはそのクローンたちだったの」
俺の脳裏に美佳の言葉が甦ってきた。
「テロリストと言われている人たちは、実はクローンだって話」
あれはマジだったのか?
そして、神南が言っている事もマジなのか?
「松岡のおじさまは研究所の中で監禁されているんだけど、おじさまの様子を見に研究所の中に入る許可が出たらしくて、誠也さんから一緒に行ってくれないかって、言われているの」
その話が本当なのかどうか分からないが、本当だとしたら危険極まりない話じゃないか。
「待てよ。そんな危ない事して、どうするんだよ」
俺の言葉に神南は首を横に振った。
「ううん。さっき、相談があるって言ったけど、行く事はもう決めていたの。
私は松岡のおじさまにはお世話になっているから」
「それはそうかも知れないけど、自分の身の危険も考えろよ」
「ありがとう。そう言ってくれて。
でも、本当、行く事は決めてるから」
神南の瞳に、俺は固い決意が宿っているのを感じた。
「なら、俺も行く」
俺が行くと言う事に理由がつけられない事は、理性的には分かっていたが、そんな言葉が口から出てしまった。
神南一人を危ない目に合わせられない。いや、正確には一人ではなく、あの松岡もいるようだが、ならなおさらだ。
「ありがとう。でも、それこそ平沢君をそんな場所に連れて行けないわ。
だって、理由が無いもの」
「理由はある。神南が行くからだ」
そう。これが本当の理由だ。
神南は一瞬、驚いたような表情をした。俺の声が大きかったからかも知れない。そして、その後、悲しげな表情を浮かべた。




