また、あの少女が。
予想外の神南の反応だ。
しかも、その笑顔は反則だ。
「は、はは」
思わず、苦笑いするしかなかった。
「冗談よ。冗談。
で、何?」
「あ、いや。まあいいや」
そう言いながら、頭をぽりぽりとかいてみた。
「もしかして、私の名前を呼びたかっただけかなぁ?」
にこりとした表情の神南は俺に顔を近づけてきて、見上げながら言った。
急接近。そんな感じに、俺はどきりとした。
「ま、まぁ、そんなところかな」
一歩下がって、俺はそう言った。
「もしかして、平沢くんって、私の事好いてくれている?」
冗談にしても直球すぎる。
真面目で堅物の神南。それは彼女の学校での一面でしかない事は知っていたが、これは俺の知っている神南以上の神南だ。
「そんな訳ないだろ」
冗談の可能性が高すぎる中、おそらく俺の事を何とも思っていないだろう神南に「好きだ」なんて事を言ったりしたら、これから先の関係が難しくなる。
俺が出した返事はこれだった。
「えーっ。そうなんだぁ。残念」
神南が口先を尖らせ気味にして、そう言ったかと思うと、にこりとして再び職員室に向かって歩き始めた。
突然の事で、ちょっと動揺していた俺はしばらく神南の後姿をぼぉーっと見つめてしまっていた。慌てて、神南の後を追い始める俺。
職員室で待っていた担任は、神南に体調の事を確認した後、俺たちにクラスの状況を確認した。目の前で人が死んだり、自分たちの身にも危険を感じる出来事があっただけに、精神的な傷を受けた生徒がいる可能性はある。
だが、表向きはそんな気配を感じさせる生徒は思い当たらない。そう言う結論を出して、俺と神南は職員室を後にした。
そう言えば、いつだったかも、神南と一緒に職員室を出て、下校した。あの時は、神南と一緒にいる事を避けたくて、行きたくもないのにトイレに行ったものだ。
なんだか、ずっと前の事のような気さえしてくる。
そんな事を考えていると、神南が俺に言った。
「ごめんね。ちょっと寄って行く」
どことは言わなかったが、トイレがすぐそこにある。あの時の俺と逆で、神南がトイレに行こうとしている。
「待っとこうか?」
「うん」と言う返事を期待しつつ、俺は聞いてみた。
「ううん。大丈夫。先に行っていて」
「分かった。じゃあ」
そう言ったものの、俺としては少し寂しい気がするじゃないか。
とは言え、女子トイレの前で神南が出て来るまで待つなんて、変態と思われかねない。俺は少しペースを緩めながら、歩き始めた。
校舎の出口はすぐそこである。もう一度振り返って見ても、廊下に神南の姿はない。当り前だ。そんなすぐには出てくるはずはない。
俺は下足箱に向かい、靴に履きかえると、ゆっくりと校庭に向かった。
校庭から校門までの距離は長い。
きっと、俺が校門をくぐる頃には神南が校舎から出てくるだろう。
そんな事を思いながら、校庭を進んで行く。
神南の事を考えながら校庭を歩いていると、あの事件の日の事が脳裏に甦った。
あの日、神南に教室の中で腕を引っ張られた。あの時は神南とこんな仲になるとは全く思ってもいなかった。
もし、あの事件が無かったら、神南の事をこんな風に想う事は無かったはずだ。
すべてはあの時から始まったんだ。そう思えてしまう。
破壊され、造りなおされた正門。真新しい輝きを放っている。
開かれた正門を通り抜ける時、俺は背後を振り返った。
そこには、俺の予想通り校舎から出てこようとする神南の姿があった。
だが、俺の予想と違っていたのは、神南の横にもう一人女の子がいた事だ。
遠めだが、見覚えのある容姿。神南と一緒に駅やあの松岡の家で見た女の子だ。
美佳に聞いても、どう探しても見つけることができなかったが、やはりうちの生徒に違いなさそうだ。
どこかで神南と会ったのか、一緒に帰る事にしていたのか分からないが、一緒に帰るのだろう。
このまま、俺が歩く速度を落として、神南たちに追いつかれたとしても、女の子二人で下校しているところに混じる訳にはいきそうもない。俺は普段の歩くペースで駅を目指しはじめた。




