私とおしゃべりしていいのかな? と神南は言った。(挿絵あり)
「あ、おはよう」
挨拶をしてきた美佳に俺はそう言ったが、神南は硬い表情でちらりと視線を美佳に移しただけで、何も返さなかった。
そのあたりはいつもの神南っぽい。
「神南さん、もういいの?」
そう言いながら、美佳は椅子に座っている俺と、立っている神南の間に割り込んできた。
休んでいたクラスメートが登校してきた事を喜んでいる風でも、まだ心配していると言う風でもなく、ちょっと冷たい感じの声と表情だ。
「ええ。ありがとう」
神南は笑顔も見せずそう言うと、自分の机に向かって行った。
神南はどちらかと言うと、元々そんな感じの女生徒ではあるが、見方によっては、まるで二人は冷戦中の雰囲気さえある。
「ちょっと、翔琉」
去って行く神南の後姿に目を向けていると、美佳が俺の机の上をバンと右手で叩いて、そう言った。
目つきから言って、怒っている。
その理由は? なんて言うほど、俺も鈍感じゃない。
美佳が俺の事を好いてくれているなら、美佳の気持ちは俺にだって想像できる。
「なんか、でれでれしてなかった?」
美佳の表情は厳しく、俺に刺すような視線を向けている。
理由は俺の想像どおりだ。
この前の事と言い、どうやら美佳は俺と神南の事を少し疑っているらしい。だからこそ、神南に向けていた俺の笑顔に、敏感に反応しているに違いない。
とは言え、神南が俺に好意を抱いているはずなど無い訳で、美佳の余計な勘ぐりだ。
それに俺がでれでれしてはいけないなどと言う法律は無いが、ここでそんな事を言っては美佳の不機嫌の火に油を注ぐようなものだ。
「そ、そ、そっかぁ?」
「翔琉は私んなんだからね。あまり近寄らないでよね」
美佳は自分の机を目指していた後ろ姿の神南に視線を向けて、そう言った。
その視線に気づいた訳ではなく、美佳の言葉に反応したんだろうが、神南は振り返って美佳を見た。
神南は美佳に、にへっとした笑みを返した。
それは俺に見せてくれたうれしそうな笑みと言うより、少し嘲笑があるように思えた。
そう感じたのは俺だけではなかったようで、美佳がほっぺを膨らませて、神南を睨み付けた。
「翔琉も、翔琉よ。私以外の女に、でれでれなんかしないでよね」
美佳の瞳は俺を睨み付けている。美佳の怒りの矛先は俺にも向けられたようだ。
「え? あー」
「何よ、その態度」
そう言うと、一度、俺にイーだをして、ふくれっ面のまま美佳は自分の席に戻って行った。
困った事になっている。俺と美佳の人間関係がこんがらがっている気がする。
これを解きほぐす方法はちょっと無さ気な感じだ。
*sanpoさんからいただきました。
ありがとうございます。感謝、感謝です。
美佳との関係をこじらせたくはない。
だが、なんと言おうと、同じクラス委員である神南とは関わりを断つ事はできやしない。と言う理由に、俺は正当性を見出していた。
そして、今も担任に職員室に呼び出され、二人で向かっているところだ。
授業は終了し、廊下は鞄を持って、楽しげに帰宅を急ぐ生徒たちでいっぱいだ。
鞄をぶら下げて俺の横を歩いている神南はいつもどおりの硬い表情で、まっすぐ前を見つめて歩いている。
「なあ、神南」
二人で歩いていると言うのに、美佳の言葉を気にしているのか、神南との間には大きな壁が出来上がってしまった気がしていた。
それを打ち破り、あの時の雰囲気に戻りたくて、意味もなく、神南の名を呼んだ。
「ん、なに?」
神南はそう言ったかと思うと、俺の前に回り込んで両手で鞄を持ち、少し意地悪そうな表情を浮かべて、俺に言った。
「私とおしゃべりしていいのかな?」
そして、小首を少し傾げて見せた。神南の長い髪が揺れた。




