俺の想いと神南の覚悟
「はぁ、はぁ、はぁ」
少し息が切れ気味だ。
俺の場所からは多くの男たちの背中が壁のようになっていて、その向こうの様子は見えない。とは言え、怪しさ全開だ。
「神南!」
俺は叫びながら、男たちに向かって行った。
男たちが振り向いた。
その顔に俺は見覚えがあった。学校の裏門で神南を襲った男たち。いや、それ以上にあの時、警官から見せられたテロリストたちの顔だ。
やっぱり神南を狙っていたんだ。
「うぉー」
雄たけびを上げて、男たちに殴り掛かろうと、駆け出した。
一度戦って、こいつらが生半可な奴らじゃない事は承知済みだ。とは言え、ここで神南を見捨てる訳にはいかない。
俺が見たいのは神南の笑顔であって、悲しむ顔、ましてや泣き顔なんかじゃない。
男たちが俺に向かって、戦闘態勢に入った。
「待って。
平沢君も待って、お願い」
神南の声がした。
男たちがその声に反応するかのように、戦いの体勢を解いた。
俺は拳を振り上げたまま立ち止まり、神南の姿を探した。
男たちの壁の中から、神南が現れて、俺に近寄ってきた。
「神南。大丈夫か?」
近づいてくる神南に走り寄った俺はそう言って、神南の左腕を掴み、俺の背後に回そうとした。が、神南は動こうとはしなかった。
神南の腕を掴んでいる俺の右手に神南が自分の右手をゆっくりと重ねた。
何だ?
そう思っている俺の腕をゆっくりと神南は自分の腕から、ずらすようにして外した。
「私は大丈夫」
そう言って、一度頷いてから、顔を俺に接近させてきた。
どきっとして、顔を赤らめたまま、何が起ころうとしているのか分からず、固まったままの俺の耳元に神南は口を近づけた。
「この人たち、特に私に暴力を振るおうとはしていないみたい。
それに数から言って、ここで争えば平沢君が怪我してしまうわ。
だったら、私、彼らの言う事を聞いて、彼らが私を連れて行こうとしている場所に行く」
そう言ってから、神南は一歩後退した。
俺は驚きの顔。神南は真剣な顔。二人が見つめあった。
「いや、しかし」
神南が俺から離れようとしたのを感じて、俺は叫び気味に言った。
「私、平沢君に私のために怪我なんかして欲しくないの」
「俺は神南を守りたい」
自分でも少し驚いたが、そう叫ばずにいられなかった。
神南が一歩後退した。
それは俺から遠ざかろうとしたと言うより、驚いて一歩下がってしまった感じだ。
神南は一度空を仰いだかと思うと、俺ににこりとほほ笑んだ。
「ありがとう。でも、私も、平沢君を守りたい。
覚えている?
この前、送ってくれるって言った、平沢君に私が言った言葉」
何だ?
一瞬、俺の思考が過去の記憶の掘り起こしに向かった。
「そこら中に警察が目を光らせていたわ」
これか。
だが、それなら、なぜ今、ここに警察は来ないんだ?
本当に警察はいたのか?
俺が駅からここまでの風景を思い出す。
だが、分からない。ほとんど神南だけを見ていた俺は警官の姿を見つける事に注意など払わなかった。
「覚えているが、あれは本当なのか?」
俺の言葉に神南はしっかりと頷いた。
「じゃあ。ありがとう」
神南がそう言って、反転し俺から遠ざかり始めた。
「神南」
なぜか、神南の名を呼ばずにいられなかった。神南は一度立ち止まったが、振りかえる事もなく、そのまま俺が遠ざかり始めた。




