消えた神南
「あー。困っちゃったなぁ」
男は俺を見ながら言った。
ここで、俺としては謝る理由はないが、そのまま立ち去ると言うのも、まずい。俺としては、相手の出方をうかがう。
これが因縁を吹っかけようとしているのか、ただの不運な事故だったのか。
「僕も前を見ていなかったので、ぶつかったのは仕方ないんだけど、電話したかったんだよねぇ」
そう言って、足元に転がっている壊れたスマホを手に取った。
「君さ。このスマホを弁償してくれとか言うつもりはないんで、ちょっとだけ電話させてくれないかな。すぐに連絡しなければならなくて」
俺は少し迷ったが、この人は悪い人ではなさそうだと感じたので、スマホをポケットから取り出した。
「何番ですか?」
俺は電話番号を打つ準備をして、画面を見つめていた。
「えーっと、080-」
そこで、男の人の声が止まった。覚えていない。そう言うことだろう。俺だって、電話番号なんて自分では覚えていない。
「分からないんですか?」
「ああ。ちょ、ちょ、ちょっと待ってて」
そう言って、その男の人は鞄の中をまさぐり始めた。きっと、アドレス帳とか名刺とかの何かを探しているんだろう。
しばらく、見つめていたが、さくっと出て来そうにない。
神南は立ち止まったまま、俺とその男の人を見つめている。
「ごめん。神南。先に学校に行っていて」
このまま、ここで神南を立たせている訳にもいかない。俺はそう神南に声をかけた。
軽く頷くと、俺たちに背を向け、学校を目指しはじめた。
俺としては神南に追いつける内に、この人がさっさと電話の相手の電話番号を見つけてくれるのを祈るばかりだ。
「はぁー。まだっすか?」
待ちくたびれ気分の俺はついついため息をつきながら、ため口をきいてしまった。
「あっれー、おかしいなぁ」
そんな声を出しながら、鞄の中をまだまさぐっている。
今、電話番号が分かったとしても、用件が長引けばさらに時間がかかってしまうじゃないか。いや、人の電話を使うんだし、すぐに切ってくれるんじゃないか。
そんな事を思いながら、俺は学校につながる道に視線を向けた。
ついさっき、俺たちの横を通り過ぎた同じ学校の生徒たちが数十m先を歩いているだけで、その先に神南の姿が見えない。
俺の目が見開いた。
学校に向かっているとしたら、神南はまだこの道の先にいなければならない。何度、目を凝らして見ても、神南の姿がない。
ちらりと振り返って男を見たが、未だに自分の鞄の中をまさぐっている。もう、待っている場合なんかじゃない。
俺は男を無視して、駆け出した。
「待て、どこに行くんだ、君」
背後から男の声がしたが、そんな事にかまってられない。
俺は全速力で駆けて行き、同じ学校の生徒たちを追い抜き、神南を最後に見た場所まで駆けつけた。
一度立ち止まり、辺りを見渡す。神南の気配はない。
今度はスピードを落とし、路地に目をやりながら、駆けて行く。
何本目かの路地。と言うより、それなりに広い道路。そこを入った数十mほど先に多くの人の姿を見つけて、俺は立ち止まった。




