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見知らぬ少女

 「ありがとう」


 神南が笑顔のまま、俺に言った。

 俺としては、狙われていると言う可能性がある中、学校の帰りに私服に着替えて、どこへ行こうとしているのか、と言う事の方に興味があった。それも、女の子と二人で。


 「で、どこか行くの?」


 そうたずねながら、俺は神南の横の女の子に目を向けた。

 肩辺りまで伸びた黒いストレートの髪。柔らかそうなほっぺが、温和そうな雰囲気を醸し出しているが、俺は見たことがない女の子だ。


 たとえクラスが違っていても、同じ学校の生徒なら、このかわいさなら、それなりに知っていてもおかしくない気はするのだが。


 「うん、ちょっとね。」


 また、神南が微笑んだ。いつまでも、見ていたい。

 そう思っている俺の耳に、電車到着のアナウンスが届いた。反対側の電車が到着するらしい。

 俺が乗っていた電車に神南は乗らなかったと言う事は、これに乗るのかも知れない。

 時間よ、止まれ!

 そんな思いだが、そんな事できっこない。

 なら、少しでも笑顔の神南に近づいていたい。そんな衝動が俺の胸の奥に巻き起こってきた。

 俺が一歩を踏み出した時、神南が言った。


 「ごめんね。私、電車に乗らないと」


 神南は慌ただしく立ち上がった。

 笑顔を見せてくれたのはうれしかったが、何だか言葉を交わしたくなくて、避けられているみたいじゃないか。

 そんな気がしないでもないが、これはただのタイミングが悪かっただけだ。

 そう自分に言い聞かせ、俺は軽く右手を上げた。


 「ああ。じゃあ、また」


 そんな俺に、神南はまたにこりと微笑み返した。

 その事が、やはりただタイミングが悪かっただけだと証明している気がする。


 滑り込んでくる電車に向かって、神南が向かう。

 電車の音が俺の聴覚の大半を占めている中、神南は横の女の子に何か耳打ちをした。

 電車の音がうるさくて、聞き取れるのか? そんな気もしないでもない。


 停車した電車の開いたドアに神南一人が乗り込んだ。

 神南と一緒にいた女の子は、ホームに残り胸のあたりで小さく手を振った。

 この子は乗らないのか?

 そう思っている内に、神南を乗せた電車は動きだし、神南は俺の視界から消えて行った。


 俺は神南といた見知らぬ女の子に目を向けた。

 その女の子はちらりと俺に視線を向けたが、すぐに視線をそらして立ち去り始めた。

 誰とも知らない女の子に話しかける理由もない。

 俺はその女の子が立ち去って行く後姿を一瞬だけ見つめていたが、俺はすぐに視線を移して、次の電車を待つための列に並んだ。



 この辺りの電車は約10分に一本の間隔で到着する。

 俺が乗り込んだ電車はまずまずの込み具合で、座席は埋まり、何人かの人が立っていた。


 俺はさっきの女の子がこの電車に乗ったのではないかと、俺が乗る車両の前の車両に目をやった。

 連結部を通して見える範囲ではよく分からない。

 そんな俺の視界の中に、少しよろけながら、俺たちの方向に歩いてくる女の子の姿が写った。


 白いブラウスに赤いリボン、チェックのスカート。俺の学校の制服、美佳だ。

 この状況で、電車の中をふらつきながら歩いている美佳の目的を推測するのは簡単だ。

 減速する電車の窓から駅のホームに立つ俺の姿を見つけ、俺のところにやって来ようとしている。さっき、俺がホームの神南を見つけたようなものだ。

 まぁ、そう言うところで、ほぼ間違いはないだろう。

 ここで待っていてもいいが、気付いているのにそれはないだろう。俺も美佳の方に向かって、歩き始めた。


 美佳が車両を越えて、俺が乗っている車両に姿を現した時、視線があった。

 嬉しそうに、にこりとする美佳。

 俺も、それに応えてにこりとしながら、右手を軽く上げた。


 「翔琉。何で、今の駅から乗ってきたの?」


 第一声はそれかよ。まあ、そう思うのも無理はないか。


 「友達と一緒だったもんでね」

 「翔琉に友達?」


 美佳の目は細まり、完全に疑い状態だ。確かに、俺に友達は少ないが、いない訳ではない。勉強に忙しくて、そうなっただけだ。


 「あ、ああ。俺にだって、友達はいる!」


 思わず、むきになった口調で言ってしまった。


 「それより、美佳は何でこの電車なんだ? 

 俺よりも早く学校を出たじゃないか」

 「友達とちょっと寄り道してたんだもん」


 首を少し傾げながら、にこりとした。にこりとした美佳の微笑みも、なかなかのものである。

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