神南の笑顔をずっと見ていたい
電車はすぐに来た。
クリーム色っぽい車体の下部1/3程度は青色に塗られていて、普通電車と言う事を示している。
もっとも、この駅には特急も急行も停車しない。
通勤通学の時間帯と違い、車両の中は空いていて、立っている人はいない。
進行方向に向かって並ぶ二人掛けの座席。そこに目を向け、空き具合を確認した。
俺たちが乗り込んだ場所から3つほど前の二人掛けの席には誰も座っていない。
俺としては別に立ったままでもいいのだが、神南は座りたいかも知れない。
「空いてるよ」
俺は視線を空いている席に向けながら言った。
「ありがとう」
そう言って、神南は俺の視線の先にある空いている席を目指して、歩き始めた。
加速を始めた車両の中、神南が少し足取りをふらつかせながら、歩いていく。
俺はこっち方向の電車にはあまり乗った事がなく、線路のくせを知らなかった。
線路のカーブと継ぎ目が重なったのか、車体が大きく揺れて、俺はバランスを崩した。
俺はすぐ前にいた神南の肩を思いっきり掴んでしまった。
「きゃっ」
小さな悲鳴を上げて、神南が振り返った。
「ご、ご、ごめん。突然さ、電車がさ、揺れたもんで」
ちょっと、しどろもどろになりながら、俺は謝った。
振り返った時は驚いた表情だった神南は、ぷっと吹き出したかと思うと、笑い始めた。
「もしかして、平沢君って、運痴なの?」
「そんな訳ねぇよ」
俺の顔は真っ赤になっているのか、熱く火照っているのが自分でも分かる。
「学年トップの平沢君も、意外とかわいいんだぁ」
そう言いながら、神南は二人掛けの席の窓側に座って自分の膝の上に鞄を置いて、通路側の席を軽くぽんぽんと二回叩いた。
俺に座れと言っているようだ。
いいのか? と思ってはみたが、本人が言っているのだ。
俺は神南の横に座る事にした。
もっとも、義務で神南を送ってきているのなら、俺は座らなかったはずだ。
「意外と言えば、神南、お前もだろ。
学校ではいつも」
俺は神南の横に座りながら、そこまで言って、言葉をとめた。
きつい表情? 硬い表情? どれも、女の子に失礼な気がする。
「いつも、何?」
「あー、そのだな」
「きつい顔してるって?」
「いや、そうじゃなくて、真面目そうじゃん。だから、意外だったんだな。これがまた」
そう言って、俺は何度も頷いてみせた。これが、無難な落としどころだ。
「そう。私はかわいいとか言ってもらおうなんて、思っていないから」
ちょっと意外だった。きりりとした目、引き締まった口元が、硬い表情を印象付けさせている訳だが、分類すればきれいな顔立ちに入ると俺は思う。
それだけに、今みたいに笑顔でいれば、かわいいと誰もが言うはずだ。
「そうか? 結構、かわいいと思うが」
笑顔でいればと言うのは失礼だ。前提条件を省いて、俺は言った。
「何も出ないわよ」
そう言った神南の頬は少し赤くなっている気がした。
そして、再びにこりとした。
神南の笑顔。俺はずっと見ていたい。
思わず、そんな事を俺は考えていた。




