神南を追う男たち
「失礼しました」
俺はそう言って、頭を下げて、職員室を出た。
休校はしばらく続くのかと思っていたが、たった一日だけで、学校は再開された。今週はまずは午前中だけと言うことだが。
まあ、高校生の俺たちとしては、休校が続くのはうれしい事ではあるが、喜ばしい事では無いと言う、複雑なものではある。
かなり落ち着きを取り戻していると言っても、職員室の中の雰囲気は今までのような和やかさはなく、まだぴりぴりしている感じだった。
神南が俺に続いて職員室を出て、お辞儀をしてから職員室のドアを閉じた。
クラス委員である俺と神南は、職員室にクラスメートたちから回収した、一昨日の事件に関するアンケート用紙を届けて来たところだ。
他のクラスのクラス委員たちも授業終了後に、職員室へアンケートを届けに来てはいたが、みなそれを担任に手渡すとすぐに解放され、職員室を後にして行っていた。
なのにだ。
俺たちの担任 沢村はクラスの雰囲気はどうだとかを俺たちにたずねたので、俺たち二人だけ、めっきり遅くなってしまっていた。
美佳もそうだが、クラスメートたちはすでに下校している事は間違いない。
自分たちだけ遅くなった事を不満に思っている訳ではなく、いつもの表情なんだろうが、神南は隙のないきびしい表情で、俺の横を歩いている。
このままでは俺は神南と二人で、駅を目指す事になる。
神南がどこに住んでいるのか知らないが、同じ方向だったりしたら、電車もしばらく一緒と言う事だってあり得る。
俺はそれを避けたくて、俺は用事を造る事にした。
と言っても、ただのトイレだが。
「神南。悪い、俺ちょっと、トイレ寄ってから帰るわ」
少し照れ笑いしながら、言ってみた。
神南は全く表情を変えず、一言だけ俺に返した。
「そ。じゃあ」
何かを期待していた訳じゃないし、俺の思い通りにもなった訳だが、素っ気なさすぎじゃないか?
立ち止まった俺の事など全く気にもかけず、さっきまでのペースで、神南は過ぎ去って行った。
俺は少し肩をすぼめる仕草をしてから、トイレに入って行った。
別にトイレがしたかった訳じゃない。
時間を費やして、神南と距離をとりたかっただけである。
とりあえず、俺はゆっくりと手を洗い、ズボンから取り出したハンカチで、手を拭った。
トイレから出た俺は廊下の左右に首を振った。誰か知っている奴でもいないかと思ってだ。
だが、元々出遅れていた俺よりも遅い奴なんか滅多にいないようで、廊下には人の気配は全くなかった。
正門は今も閉鎖されたままだ。俺は校舎を出て、裏門を目指した。
俺の視界の先に、裏門を一人で出て行く神南の姿があった。
神南は歩くペースが速い。とは言っても、それは女子の中で比べてであって、俺と比べればはるかに俺の方が速い。
俺がいつものペースで歩いていけば、駅に行くまでに追いついてしまう。
裏門に目を向けながら、俺はいつもよりゆっくりしたペースで足を動かしはじめた。
まあ、ゆっくり歩くのも悪くはないか。特に暑い日は。
そう思った時、裏門の向こう側を数人の男たちが横切って行った。
彼らが向かったその先にはたった今、裏門を出た神南がいる。
男たちのペースは歩いていると言うより、獲物の背後を襲おうと言う獣のような行動に見えた。




