住み着いた災厄2
「ん、うっ、う、なんか重い………」
腹部に重みを感じ、目が覚めた。なんだこれ?
寝苦しくなってベットから体を起こすと、
「あ、お目覚め?」
クロノスがいた。
「……おい、なんで俺の部屋にいる。ていうかなんで俺の腹に座って、俺の漫画読んでる」
「いや~、なんかテレビ見るのも飽きちゃってさ。暇だからクロードのトコ来たらおもしろい本が置いてあったからついつい読んじゃってたよ」
「暇だから俺の部屋に来るな。ついでなんで俺の上に座ってんだ」
「人を椅子にするってなんかいいなあって突然思って」
「人を椅子にすんな!」
俺は起き上がると同時にクロノスをはね除けた。
「っと」
俺にはね除けられ、座る場所を失ったクロノスはそのまま机の近くにあった椅子に腰掛ける。
「いや~、それにしてもこの世界の文化はおもしろいね。まさか本の内容の大部分を絵で記してそれで物語を作るなんて」
「お前の世界には漫画ないのか?」
「あ、これ漫画っていうんだ」
「ああ」
「私のいた世界じゃ、本の物語を絵だけ表現するなんて考えられないことだったからね」
こいつ漫画見るの初めてなのか。
普段見慣れている俺からすれば漫画なんてどこにでもある普通の物かと思っていたが、異世界人から見れば結構珍しいようだ。
こういうところに世界と世界の隔たりとやらを感じるね。
「世界にも色々あるんだな」
「そっ、色々あるの」
さて。
特にやることも無いし、それに時計を見るとまだ一時半だ。また寝るか。
「んじゃ、俺寝るから。くれぐれも俺の上に座らず、そこに座ってろよ」
「オーケー」
クロノスから肯定の言葉を聞きつつ俺は再び惰眠を貪った。
「………」
「………」
目を閉じて数秒後、
「おっきろー!」
「おわっ!」
クロノスの声とともにいきなり腹に何かが振り下ろされ、俺は、咽せながら辺りを転げ回った。
見るとさっき俺が寝ていたベッドにクロノスがかかとを置いている。
……こいつ、かかと落とし喰らわせやがったな。
「いきなりなにすんだよ! 人が寝るって言ってるのに。 てか内臓破裂するかと思ったぞ!」
「いや~、寝てたからちょっと起こそうかと思って」
「今寝始めたばっかだろうが! 普通に起こせよ」
「気にしない気にしない」
「気にするわ!」
ああ、異世界人ってみんなこんな暴力的なんだろうか…………なんか怖い。
「それよりなんで起こしたんだよ。せっかく気持ちよく寝ようとしてたのに」
「グールが現れたんだよ。さっ、クロードお仕事だよ」
そう言ってクロノスは俺の部屋の窓に足を掛けた。
おい、ここは二階だぞ。と言おうとしたが、クロノスは俺が言う前に飛び降りてしまった。
「お、おい」
急いで下の方を見るとクロノスはこっちを見上げ、
「クロード早く!」
なんて言っている。
……そういえばあいつ、昨日グールに襲われてる時に並外れた体捌きでグール倒してたな。それに異世界人だからあれぐらい普通なのかもしれない。
俺は急いで階段を降り、クロノスのいる外へと向かった。
クロノスの近くには俺と同じ春休みで休みなのか、小学校低学年くらいの集団がゲーム機を片手にクロノスを驚いた目で見ていた。
こいつらきっと今クロノスが二階から飛び降りたの見てたんだな……
「で、俺はどうすればいいんだ?」
俺は近くにいる小学生の集団の方になるべく視線を向けないしてクロノスに話しかける。
「ちょっと待って。今から作るから」
「作る?」
いきなりクロノスが右手を挙げ、パチンッ。と指を鳴らす。
すると透明な波のようなモノが虚空を伝い、辺りに空に広がっていく。
なんだこれ?
そして上げた右手をギュッと握りしめる。
「はい完了」
「何が完了したんだ? てか今何した」
「わからないかなあ。昨日と一緒なのに」
「昨日と一緒?」
「だから人が誰もいないでしょ!」
言われて辺りを見ると先ほどクロノスを凝視していた小学生の集団が見当たらない。というか、平日でもちらほら人が通るこの道で人っ子一人見つけることができない。
今思えば、昨日あの場所でクロノスに助けられた時、確かに人がいなかった。普通なら学校帰りの高校生やサラリーマンがちらほらいるのに。
「……お前、何をした?」
「空間を作っただけだけど」
「はあ?」
この空間を作った? おいおい、こいつはそんなこともできんのかよ。
「いや、正確には空間を作ったっていうよりコピーしたって言ったほうがいいかな」
……ああ、もうついていけない。話が飛躍しすぎだ。
「作ったでもコピーしたでも何でもいいからなんで誰もいないんだ?」
「今、この空間には私と君とグールしか入れてない」
「入れる?」
「私達二人とグール以外この空間にはいないってわけ」
「マジで?」
「マジ」
「じゃあ、他のみんなは?」
「だ・か・ら。ここは元の空間とは違うの。他はいつも通りの空間にいるわけ。わかる?」
「なるほどな」
詳しい事はよく分からないが人様に迷惑をかけないなら特に心配する必要もない。
それにしてもクロノスのこの空間をコピーする(?)能力。やっぱり普通の人間とは違う。さすが異世界人。ありえない能力だ。
「で、こんな人払いまでして俺にどうしろってんだ?」
「約束どおりクロードにはグール狩ってもらうよ」
約束してねえよ。
「わかった。でも一つ聞くぞ。それは命に関わらないことか?」
とにかく早くグール狩りとやらを手伝ってこの腕輪を外してもらわないと。俺だって自分の命が恋しいんだ。死んでしまうくらいの危ないことだったら絶対やらないけど。
「大丈夫。命には関わらないよ。グールは第一形態では赤子の手を捻るより簡単に倒せるからね」
そういえばそんなこと昨日言ってたな。
「でも触れたりしたらなんか強くなんだろ。グールってヤツは」
「うん。めっさ強くなる」
「ふざけんな。お前命に関わらないって言っただろう」
「だから命の危険はないよ。第一接触されなければ問題ないしね」
………接触されなければって。そんな触られない自信全然ないんだけど…………
「もし接触されても強くなる前に倒せばいいって話。現に今、この空間には君と私しか人間はいないから簡単に第二形態や第三形態になるわけないしね」
「ちょっと待て。その話だともし俺がグールに接触されたらどうなんだよ」
「大丈夫。接触されても第二形態になるまでにわずかだけど時間があるの。だから別に接触されたからどうってわけじゃなくて接触されたらされた瞬間に倒せばいいだけ」
そんな簡単に言われても。俺は超人的な普通の高校生なわけで怪物と戦う力なんてもってないぞ。
しかし、ここで無理無理言ってても仕方ない。このまま手首にこんな危険なブレスレットが付けられたまま生活するのは嫌だ。しかし、言うこと聞かないとこの腕輪外してもらえないしなあ。仕方ない。やるしかないか。
よし、頑張れ俺。負けるな俺。
自分に必死に言い聞かせながら家の玄関へと向かう。
たしか、小学生の時、買って貰った金属バットが玄関の傘立てにあったな。それを武器にしよう。
「どこ行くの?」
「ちょっと武器取りに」
「武器?」
「ああ、家に小学生の時使ってた金属バットがあるんだ」
「金属バット? そんなの使わなくても私がこれ貸してあげるから使うといいよ。はいっ、これ」
そう言って渡されたのはよく土産屋で見かける小学生の低学年ぐらいの男子が買いそうな日本刀の小さなキーホルダーだった。俺も小学生の時に買ったなそういうの。
「で、なにこれ?」
「刀」
「いや、そうじゃなくてこれキーホルダーだろ? 何に使うんだ」
「『顕現せよ』って言ってみて」
「なんで?」
「いいから」
俺は促されるままに、
「……顕現せよ」
と呟いてみる。
「おっ!」
するといきなりゾクゾクっと寒気が走ったと同時にさっきまで手のひらサイズだったキーホルダーがいきなり本物の刀のサイズになった。そして俺の足に落ちた。
「痛っ。おい、これどうなったんだ」
「元のサイズに戻っただけ」
「どういう仕組みだよ!」
「魔法による物質の縮小化」
「……魔法」
この右腕にはまっている腕輪もそうだが、なんとまあ魔法ってのは便利なもんだ。俺も魔法使いに生まれりゃ良かったなあ。
「で、俺はこの刀でグ―ルを倒せばいいのか」
「そのとーり」
冗談じゃない。刀があっても俺は普通人だ。あんな化け物敵いっこない。
「俺が逆に狩られるわ!」
「そうでもないんじゃないかな。ちょっと上に跳んでみて」
「なぜに跳ぶ?」などと疑問を抱きながら軽く跳んでみた。
「おわっ」
驚きのあまり我ながら情けない声を出してまった。
だがそれも仕方ない。少し跳んだだけなのに三メートルぐらいは跳んだんだから誰でも驚くさ。
「な、なんだこりゃ。どうなったんだ?」
「エナジーによる身体能力の強化だよ」
「身体能力の強化? ていうかエナジーってなんだよ」
「グ―ルを構成するエネルギーってところかな」
「じゃあ、今俺はグ―ルの力を使ってるってわけか?」
「間違っちゃいないけど、今その刀に充填してあるエナジーは私のだからね」
「な、なんでクロノスもエナジーを使えるんだ! もしかしてお前、グ―ルかなんかか?」
「正確にはグ―ルに似たようなモノで違うモノ。ま、とにかく私は特別なの」
なぜかクロノスの顔が強張っていた。本人が違うって言うならそうなんだろう。この話題は深く追求しない方が良さそうだ。
「で、俺はこの刀を使ってグールを倒せばいいのか?」
「そう。あ、でもその前に君の持っている刀、ヴァーリーを抜いてみて」
俺は言われたとおり刀を鞘から抜いた。鞘から出てきたのは白銀の刀身かと思いきや赤い刀身だった。
「この刀。赤いのな」
「その赤い色はエナジーの量を表しているんだよ」
「量? メーターみたいなもんか」
「そうそう。そんな感じ」
で、この刀の赤い部分が無くなったらアップした身体能力も元に戻るって設定だろどうせ。そんな設定アニメやゲームではよくあるからな。
俺は多分そんな感じの答えが返ってくるだろうなと思い質問してみた。
「赤い部分が無くなったらどうなるんだ?」
「身体能力の強化が解除されるよ」
「やっぱりな」
はい、きました~。見事に予想的中が的中した。
「何がやっぱり?」
「なんかそういう設定きたなあと思って」
「設定って………これ私が言うのもなんだけど現実だからね」
「はいはい、分かってますよ」
んなこた分かっているっつうの。そして俺がこれから面倒に巻き込まれそうなこともな。
「今日はこれで終わりか? だったら今すぐ元に戻してくれ」
「とんでもない。今からグ-ルを狩りに行くんだよ」
いきなり実戦キタァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!
「ふざけんなよ。物事には順序ってもんがあるだろ。まずは練習からとかそんなんだろ!」
「じゃあ、とりあえず実戦で練習しよう。レッツトライ!」
「いや、そんなどっかの家庭教師派遣会社のCMみたいなノリで言われても困るんだけど」
俺は普通の学生だ。例え武器があろうとも絶対無理だ。というかやりたくない。
「君、腕ちぎれるよ」
クロノスがパチンと指を鳴らすとぐぐっと腕輪が俺の腕をゆっくりと締め付けてきた。
「ちょ、やめろバカ。腕ちぎれる」
「もうどうなっても知~らない」
さらに腕を締め付ける力が強まる。
痛い痛い。本気で痛い!
「は、はいやります。やらせてください!」
「じゃあよろしくね」
再びクロノスが指を鳴らすと腕を締め付けていた力がなくなった。
……て、手首がちぎれるかと思った…………
クソ、なんて卑怯やつだ。
俺は締められた手首をさすりつつ、
「で、いつグ-ルは現れるんだ?」
「もう、現れてるよ。とっくに」
「はあ? どこに?」
「………ちょと、待って」
俺に手の平を向けてちょっとまっての仕草をすると頭に手を当てて目を閉じた。
「え~と、ここから北西二キロのところに一匹、南西五キロのところに二匹と北東六キロ所に…………」
「そんなこともわかるのか」
「そりゃ、こっちもグールとは長い付き合いだしね、それくらい分かんないと」
改めて目の前の少女が只者でないと実感した瞬間だった。
それにしてもいきなり実戦って、俺はどこかの傭兵かなんかかよ。
「じゃあ、行こう」
というクロノスの声に躊躇いながらも後に続いた。




