白姫猫 3
「……えーとですね。ほんと、何がなんだか俺にも分からないんですよ、黒乃さん」
先ほど黒乃からお見舞いされた一撃によりどうやら昏倒していた俺は、目覚めると同時になぜか黒乃にいきなりリビングで正座させられ、事の次第を聞き出されていた。
すぐ隣にはオロオロと落ち着きなく当たりを見回して意味のわからないことを言っている猫耳の金髪少女が黒乃のパーカーとジャージのズボンを履いて鎮座ましましており、はて一体何が何やら、とこちらが逆に質問したいくらいだった。
猫を家に持ち帰ったつもりがなぜか猫が女の子に入れ替わっていた、とできる限り分かりやすくシンプルに今し方黒乃に伝えたのだが、まったく納得してくれることもなく。
「いやこんなのが普通家にいるはずないんだから何も分からないってことないでしょ」
言って傍らの猫耳少女を指す黒乃。
先ほどからこの一点張りでこれから先に話が進まないのであった。
「て言われてもな」
こちとら何が何だかわからないんだからこれ以上の説明がない。
「というか、お前マギアクルスの生き物探してきたのかよ」
これ以上話が進みそうもないし、答えようもないことを延々と聞かれるのも疲れてきたので、話を逸らそうと話題を探し始めたところで、唐突に成宮に頼まれた捜索活動を思い出して訊いてみる。もっとも帰りがこれだけ早かっただけに恐らくすぐに放ってきたに違いないだろうが。
「あー、あれね。少しは探したんだけど見つかりそうもなかったし、雨降ってたし、帰ってきちゃった」
てへ、とわざとらしく舌を出す黒乃。
「やっぱりか。ほんと頼み甲斐がないな」
はじめてのお遣いなんかに出したら絶対頼まれた物買ってこないだろうな、こいつ。もしかしたら渡した金をなくしたとか言って懐に入れてたりとかやりそうである。
「――あっと、危ない危ない。話逸らさないでよ。で、この子何なの一体。見るからマギアクルスの獣化民族なんだけど」
「クソ、バレたか――って、獣化民族?」
話題逸らし失敗と思った矢先、聞き慣れない単語が出てきて思わず聞き直す。獣化民族って人種なのか、この子。
「そう獣化民族。このムンドゥス(せかい)でいう黄色人種、白人種、黒人種みたいなものだよ。つまりマギアクルスにおける人の分類のひとつ。この子はネコ科の獣化民族だね」
「え、そんな人種いたの、マギアクルスって。俺、エルフとウィザードしか知らないんだけど」
今までテレビで見たことがある人種はその二つしか知らなかったので、そんな民族がいるということに少し驚いてしまった。
「まあしょうがないよ。獣化民族の多くが住んでいる国々はちょっと閉鎖的な国が多いからマギアクルスでも基本あんまり見かけないんだよ」
「へー」
江戸時代の日本の鎖国の少し緩いバージョンみたいなものか。
「ま、でも時々入界管理局に勤めている人もいるから転勤とかでもしかしたら日本支部なんかにも来るかもね」
「来るんなら猫耳つけたオッサンじゃないほうを期待したいな――ってそうか! この子入界管理局絡みの仕事で来たんじゃないのか?」
我ながら勘がいいな、と自らの考察を内心で褒め称えたと同時に黒乃が、それはないよ、と否定した。
「もしもこの子が入界管理局絡みの組織の所属ならまず、日本語話せてない時点でおかしいし、そんな組織にいるような雰囲気をしてもいない。加えて全裸でクロードに運ばれてきたりなんかしないでしょ」
「おい、なんか最後の誤解を招きそうな言い方どうにかならないのか」
しかし、黒乃の言っていることもわかる。たしかにこの金髪猫耳少女は入界管理局とかの人たちが纏っているようなどこかお堅い雰囲気がない。なんていうかどこか上品さを感じさせる雰囲気はあるのだが、お堅いとは一種違う感じがする。
そして黒乃も言ったように先ほどから良く意味の分からない言葉をブツブツと呟いてるところからして日本語が話せないのだろう。
以上の二点からしてこの子はどこか異世界絡みの組織に所属しているようではないようだ――ってさらに謎が深まったぞ!
え、じゃあこの子誰なの!
「黒乃、この子がさっきから何言ってるかわかるか?」
「ごめん、この世界に来たときに魔法薬使って日本語に言語変換しちゃったから分かんない」
「え、お前、マギアクルス語話せたんじゃないのか?」
そもそも黒乃はマギアクルスから来たわけだし、話せないわけがない。
「いや話せないよ。マギアクルスでも魔法薬使ってたし。だから元々マギアクルス語話せるならまだしも認識切り替えてただけだから話せないよ」
「……マジかよ。肝心な時に役に立たないな」
「仕方ないでしょ、話せないんだから。文句言わないでよ」
何やらブツブツとうるさい黒乃を無視してとりあえずどうするか考える。
「さて、どうしたもんか……」
このまま言葉が通じないのは非常に困る。かといってジェスチャーでやりとりするのも限界がある。
考えろ、考えるんだ、朝野蔵人。何かあるはずだろ。何か――って!
「よくよく考えたら誰かを通してやりとりしなくても別にこの子に直接日本語話してもらえばそれが手っ取り早いよな!」
ついつい現代日本の常識で考えていたけど、そもそも異世界には魔法薬ってものがあるんだ。それも飲んですぐに異国の言葉がわかるような何とかこんにゃく的な物が!
「クロエもんクロエもん、翻訳こんにゃく出してよ!」
「は?」
何言ってんだこいつ、みたいなあきれ顔で黒乃が俺を見る。
「だから日本語話せるようになる魔法薬だよ、魔法薬。お前も飲んだってんだから持ってるだろ?」
「あるわけないでしょ、そんな物」
「いやいやだってお前それ飲んで日本語話してんだろ」
「そうだけど、もう残ってないんだよね。この世界に来て飲んだが最後だったから」
「ええ……じゃあちょっと買ってきてくれよ」
と、俺の言った一言に黒乃が顔に手をついてはぁとため息をついた。
「クロード、翻訳魔法のかかった魔法薬の値段知ってるの?」
そういえば、とこの前の異世界特集で魔法薬のことをやっていたのを思い出す。たしか一本数千円くらいじゃなかったっけ。
「三千円ぐらいじゃなかったか?」
「安っ! なにそれ! なんの魔法薬!」
「そこまでは知らんが……」
「言っとくけど、そんなに安く買えないよ」
「じゃあどれくらいなんだよ」
「えっとこっちのレートだと、多分数十万するんじゃない?」
「ええ高っ! お前そんなの飲んで日本語習得したの!」
黒乃所持している金がどれくらいあるのかは正確には知らんが、意外にこいつ懐潤ってるんじゃなかろうか。
「いやさすがにそこまで高い物買えないって。私が飲んだのは闇市にたまたま流れてたもので正規品より値段が安いやつだって。まあそれでもこっちのレートで十万近くしたんだけど」
「……」
高い。思ったより全然高い。
「うん。やっぱやめよう。とりあえずこの子とはジェスチャーで会話することにしよう」
「相変わらずお金絡むとすぐ考え変えるね」
「当たり前だろ! そんな余分な金ウチにはねーんだよ、お前がばくばく食べるから」
「ちょっと待った! 今なんて言った! そんなに私ばくばく食べてないし!」
「ああ! お前ふざけんなよ! お前俺の三倍くらいの量毎日食ってんだろうが! お前のせいでうちのエンゲル係数上昇しっぱなしだ!」
おかげで頻繁に家とスーパーを往復しなくちゃいけない羽目になってしまった。
「なんか私が家計圧迫してるみたいに言うけどクロードだってアニメとか漫画とかゲームお金かけてるでしょ。おあいこだよ、おあいこ。ていうか逆にそっちに使うお金でもうちょっと美味しい物食べさせてくれたって罰は当たらないと思うけど」
「お前言うに事欠いて調子乗んなよ。こちとら骨折してるのに飯作ってたっていうのに少しは感謝の気持ちぐらい抱いたっていいんじゃないか?」
「感謝って。毎日毎日そうめんそうめんそうめん! バカじゃないの! 毎日そうめんのどこに感謝する要素があるっていうの!」
「お前、こっちは梅雨時で毎日暑くてじめじめしてるから食べやすい物をって気遣ってそうめんにしてたのになんてこと言うんだ!」
「一月近くそうめんって一周回ってありがた迷惑だよ!」
こいつ、言いたい放題言いやがって。何気にそうめん茹でるのきつかったんだぞ。
まあ本音を言えば骨折しても料理のひとつすら作ってくれなかった黒乃への嫌がらせと、節約の意味合いもあったのだが。
「この前のお弁当だって何! 弁当箱開けたらご飯とそうめんのパスタ風炒めって。炭水化物と炭水化物じゃない!」
「あ、あれだって工夫したんだぞ」
ぶっちゃけ嫌がらせ継続のために創意工夫を凝らして作った一品をそこまで言われては少し凹んでしまう。俺も堪えたんだから少しは寛容になってほしい。
徐々にヒートアップしてきた黒乃をどう宥めようかと思案していると、今までリビングの隅のほうで借りてきた猫みたいに大人しくしていた猫耳少女がおずおずと声を上げた。
「あううぅうあぅ」
「大体、お金ケチってただけで――あ」
黒乃も猫耳少女に気付いたのだろう。今まで唾を飛ばしまくって俺に文句を垂れていた口を止め、猫耳少女のほうを見る。
「とりあえず、入界管理局に連絡するか。うちじゃ手に負えないし」
「……そうだね。とりあえず志水さんか成宮さんにでも連絡しなよ」
「ああ、そうする」
言ってテーブルに置いていたスマホを手に取り、とりあえずどっちに連絡しようかと電話帳を見ていると、黒乃が思いついたとばかりに手を叩いた。
「あ、ついでに志水さんに魔法薬持ってきてもらえば?」
「そうだな、ついでに頼んでみるか」
正直猫耳少女と話してみたかった俺としては黒乃のアイデアは実に名案だった。俺ら庶民と違ってお嬢様な志水には高価な魔法薬とはいえ、そこまで痛い出費ということでもないだろう。
電話帳から志水を選び、プッシュ。
数回のコール音のあと、『はい、志水ですが』という声が聞こえてきた。
「しみえもんしみえもん実は――」
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