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白姫猫 2

「さっきも話した通り、その画像の生き物を見かけたらすぐに連絡するのよ。いい? 面倒臭がらずにすぐに連絡をするのよ。多分朝野君は楽観視してると思うけど、これは今動ける入界管理局職員を総動員して探すぐらいの案件なんだからくれぐれもサボるなんてことしないでよ」


 と、決意も新たにした矢先にこれである。病院に行って包帯を取り、待合室で呼ばれる順番を待っていたら、最近成宮と志水に厳しく言われ持ち歩くようになった武装転送端末に成宮から連絡が入ったのだ。というか、病院で通信していいのだろうか? 

 いやそもそも脳内に響く通信というのは医療機器に障害をもたらすものなのだろうか。今ふと思ったことではあるが、はたはた謎である。


「あ、あーはいはい。わかりました。見つけたら連絡しますよ」

「ちゃんと探すのよ」


 外はまだ雨が降ってるし、家に帰る道すがら探して、「いなかった」と報告すりゃいいか。探すの面倒くさいし、何より雨降ってるし。こんな天気の時にすることじゃない。


「雨が降ってるからってすぐに帰らずちゃんと探すのよ」

「お、おう」


 図星をさされ、テレパシー越しの返答に思わず詰まってしまう。


「とにかく見つけ次第連絡をちょうだい。いいわね?」

「はいはい、了解」

「くれぐれも一般の人に感づかれないように探すのよ。じゃあ頼んだわよ、朝野君」


 成宮の声とともに頭の中に聞こえていた声がフッと消えた。なんでも魔法を応用した通信だそうで、声を出さずとも会話ができるとのことだった。実際、今まで何度か体験する機会があったのだが、どうにも慣れることができないのはきっと携帯などによる音声による通信に慣れてしまっているせいだろう。


 とにもかくにも残念なことに急遽予定外の予定が入ってしまった。


『現在入界管理局日本支部に輸送中のメガフロートが日本近海の海域に入ったとのニュースが入りました。入界管理局アメリカ支部に転送された特殊ブロックを用い製造された直径二キロの大型メガフロートは地下構造を備え、入界管理局日本支部に隣接する形で主に旅客機の滑走路や商業施設などに利用されるとのことでこれにより海外問わず異世界からの利用者の大幅な増加が期待され――』


 待合室に設置されているテレビを見るとこれまた入界管理局。どこを向いても入界管理局尽くめで、正直うんざりする。

 入界管理局に協力するなんていうのはハッキリ言って全然気乗りしないが、以前壊した(俺ではなく黒乃が)人機の修理費用を返済しなくてはいけないわけで、形だけは取り繕っておかないと正直立場が弱い俺では分が悪い。


「まあだからといってこれから逃げた動物探しなんてやろうとは思わないけど」


 何よりほら、異世界の動物だし何かあったら危ないし。


『――お待ちの朝野様』


 と、ちょうど俺の順番が来たようで名前を呼ぶアナウンスが聞こえてきた。

 まあとりあえずこれからの方針としては牛乳が切れそうだったし、軽く牛乳買って今日は帰るとしよう。




「もしもし黒乃か? 今送った画像あるだろ? 実はなんか入界管理局から探してくれって頼まれてさ、ちょっと探すの手伝ってくれないか?」


 病院をあとにし、買い物を手早く済ませてエコバッグ片手に捜索活動への協力を求めるため黒乃電話しながら家路についていると電話の向こうでやや面倒くさそうな我が家の居候の声が聞こえてきた。


「ええ……今? 今ちょっと写真部で部活に勤しんでるんだけど」

「嘘つけ。やってることっていえばのんびり放課後過ごしてるだけだろ、写真部の活動って」


 そう。写真部の活動とは大体がいつもそんな感じだ。なにせまともに使えるカメラがないのである。あるといえば白黒フィルムのカメラが二台だけ。予算がないので自分達で現像しなくちゃいけないわけなのであるが、もちろんそんな技術が俺たち写真部部員にあるわけもなく、結果活動しようにもできないような状況が続いている。よって各々放課後は好きなことをして過ごしているわけなのである。もっともまともに活動しようという気があるわけもないので当然ではあるが。


「あー……まあ」


 どこか決まりの悪そうな黒乃の返答。


「大体今日も来てるの竹中だけだろ。成宮と志水も捜索活動に参加してるわけだし」


 当たり前なことだが、二人とも入界管理局の非常勤職員であるからして消去法でいうと竹中と黒乃しか部室にいないことになる。


「二人で寂しくいるよりみんなで捜索活動に参加したほうがわいわい楽しいだろ?」

「こんな雨の中、街探し回るののどこが楽しいか私にはわからないんだけど」

「あれだよ、あれ。そのせっかくこっちの世界に来たんだ。この時期の名物梅雨を外に出て全身で堪能するのも悪くないんじゃないか? その、四季を感じるみたいな」

「いいってば、そういうの! ていうかこのところ毎日味わってるし!」

「まあ梅雨の時期だから当然だよな」


 現に今も俺は傘を差してるわけだし。


「とにかく頼む。つか、お前前に言ったよな、入界管理局絡みのことに協力するって」

「いや、言ったけどさ……この雨だし」


 ……こいつ、有言実行という言葉を知らんのか。まあいい。そっちがそんなことを言うなら俺にも考えがある。


「お前、今日の夕飯体にやさしいベジタブルな感じ一色に染め上げるぞ」


 なお俺は黒乃(バカ)と違って有言実行する構えである。


「あーはいはい。わかったってば。やりますやります、やるってば。その変わり夕飯カレーにしてよ」

「はい、交渉成立。わかったよ、今日はカレーだ」


 これまで渋っていたのがまるで嘘のようにすんなり了承してくれた黒乃。別に今言ったのはが魔法の言葉というわけではなく、単なる黒乃の嗜好だ。なぜかは分からんが、肉食にこだわりがある黒乃にはこういった頼み方が一番効くのである。数ヶ月一緒に暮らして得た俺の成果である。


「さっき送ってくれたこのマギアクルスの動物探せばいいんだよね?」

「ああ、そうだ……ん? お前、これがマギアクルスの生き物って知ってるのか?」


 単に探せとしか言われてないからどこの生物か知らなかったが、黒乃には見ただけで分かるらしい。


「そりゃあね。だってこんな生き物、こっちの世界はもちろんフィロソフィアにもいないから消去法でマギアクルスになるでしょ」

「でしょ、って言われても」


 お前みたいに異世界なんて旅してないから分からないっての。


「とにかく頼んだぞ。俺も病み上がりの体引きずって探すんだから」


 まあ全然探す気なんてないんですけね。こんな雨の日に病み上がりの体引きずって誰がプラプラ出歩くかっての。そういうのは体力バカに任せるに限る。


「わかったって。すぐ探し行くから」

「じゃよろしくな」


 電話を切ってポケットに携帯を突っ込む。


「カレーか」


 とりあえずこれからやることはカレーの材料の買い出しである。黒乃の要求通りにしなくてはあとで色々と面倒くさいことになる。無駄な手間は省きたい。

 たしか、にんじん、タマネギ、ジャガイモ、ルウがあったのは覚えている。となるとあとは肉だが、たしか豚肉しかなかったな。黒乃はカレーには牛肉のほうがいい、と以前豚肉を入れた際に文句言われたからなるべく牛肉を入れたくはあるが、ついさっきスーパーに寄ったばかりだし……うん、また店入るの面倒くさい。今日は豚肉入れるか。別にカレーを作るしか言ってないし、ポークカレーもカレーである。あとで文句言われても約束を破ったことにはならないから問題ないか。


「?」


 さて、捜索活動は黒乃(バカ)に任せてあとは帰るだけ、と家路に続く十字路を左に曲がった所に何か白いものが落ちていた。

 一見してそれは汚い白い布か何かだと最初は思ったが違う。

 よく見るとそれは動いていてその周囲にはうっすら赤い液体が雨に混じってアスファルトに広がっていた。


「って猫か」 


 そう。それは白い猫だった。

 大きさからいって子供から大人の中間あたりと窺える中途半端な体。汚れてはいるが、白い整った毛並みからどことなく上品な感じがするそんな猫だった。

 傷は深くはないようだったが、どうやら怪我をしているようで白い毛並みには血がところどころついている。切り傷のようで、もしかしたら悪ガキないし、飼い主なりに虐待でもされたのかもしれない。


「……」


 別に道に猫が倒れてるなんてことはそれなりにありふれているので普段なら素通りするところなのだが、今回ばかりは思わず立ち止まって見てしまう。

 こんな雨の中、たとえ浅い傷だとしても放っておけば体温が低下し、最悪それが原因で致命傷になったりするかもしれない。いやでも病院に連れて行くなんてことしたらそこそこお金がかかるわけで、あまり気が進まない。何より自分の飼い猫でもない猫を金を払ってまで獣医に診せる道理がない。

 ここはこの猫には悪いが、無視して帰らせてもらおう。

 多少罪悪感はあるが、もしかしたら俺の次にここを通りかかった人が親切に動物病院ないし、自分の家に連れて行って治るまで世話をしてくれるかもしれない。それに期待しようじゃないか。うん、それがいい。それが一番この猫にとっても幸せだし、俺にとっても都合がいい。

 ちら、と視線を猫に移す。

 白い体はゆっくりだが、呼吸の度にゆっくりと動いている。この分なら少し放っておいても大丈夫だろう。そう、大丈夫なのだ、絶対。


「どうかいいご縁がありますように」


 そう捨て台詞を残して俺は倒れている猫の前からゆっくりと一歩を踏み出した。いい人に拾われろよ、ほんと。いやマジで。




 普段悪態をつきまくってる不良が唐突に捨ててある猫などを助けたらすごくいいヤツに見えたりする、あのジャイアン映画版の定理は普段悪いことをしている不良だからこそ、そのギャップで少しの善行がより映え、かなりいいヤツに見えるのだろう。だから適用条件としては必ず不良であることが必須なのだが、もしかしたら普通の善良な一般市民でも僅かながら適用されたりはしないのだろうか。


「ただいま」


 当然のことながら黒乃はまだ帰っていないので返事はなく、俺の一方通行のみなのだが、そこは別に慣れっこなので無視して家に入る。


「とりあえず、ちょっとここに置いておくか」


 傘を玄関横の傘立てにしまって玄関のドアを閉めて、片手で抱えていたそれを玄関に置く。

 白い半端な大きさの体はゆっくりと上下に動いている。この分ならちゃんと世話してやればすぐに良くなるかもしれない。というか――


「結局連れてきてしまった……」


 あのあと猫の前をあとにして百メートルでぐらい決意改め可哀想になって連れてきてしまったのだ。

 恐らく拾ってきた原因としては俺が犬より猫派だったところが大きいだろうが、何より怪我をしている動物をそのままにしておくことができなかったのだ。なんていうか俺、善良な一般市民ですから。きっと異世界の動物を探すよりは善行だと思うので神様も、十円ガムの当たりが出るくらいの幸福ぐらいは与えてくれるだろうさ。

 きっと黒乃が帰ってきたら、「世話するの面倒臭いのに拾ってくるの」だとか「偽善者だね」とか色々文句を言われそうではあるが、まあそこは今は俺がこの家の家主である。従ってもらうしかない。何よりずっと飼うわけではないし、傷が治ればすぐにでも逃がすつもりだ。それなら黒乃も多少なり妥協してくれるだろう。


「さて、まずリビングにでも連れて行くか」


 っとその前に汚れた体を直にリビングに置くのもあれだから先にタオルでも敷いておくか。

 猫を抱えてきたせいでびしょびしょに濡れた鞄を肩に掛け、リビングに移動して猫を置く場所にタオルを敷く。

 それから鞄と同じく濡れた制服を洗濯機に突っ込んでパンツ一丁でタオル片手に再び玄関へと向かう。

 まずは猫の体を拭いてやらなくてはいけないだろう。濡れたままでは猫であろうと風を引いて大変なことになるかもしれない。

 あ、そうだ。少しでも動けるようになったら腹も減っているかもしれないし、キャットフードも買ってたほうがいいだろうか? いや待て、ここは節約思考でちくわとかあげたらどうだろうか。一応原材料は魚なわけだし食べても問題ないのでは。

 よし、何か食べられるようになったらちくわをあげるか、と餌をちくわに決めたところで玄関に差し掛かったところ――思考が停止し絶句してしまった。


「え、あ、えええええええええええええ!」


 はたしてそこにいたのは全裸の金髪少女だった。

 やや濡れた体は、きめ細かい白い肌に弾かれ、水滴をまるで宝石のように仕立てている。

何より目を引くのがその寝顔で日本人離れしたその美貌は可愛さと美しさが共存した架空の存在(フィツクション)のよう。そしてさらにさらにさらに視線を釘付けにするのが、その美貌の下で異様なほどの存在感を放つ大きな二つの丘。

 我が家の居候には決してない女性が持つ母性の証。

 それがありのまま、生まれたままの姿でそこにある。

 決して見えてはいけない、その部分までありありと。

 見てはいけないと分かっているのに見てしまうその魔力。

 それはさらにその魔力を伴って俺までを蝕んでいく――って、


「いかん、いかん! なんか俺のいけないところに血が巡っていく!」


 理性を保て俺、いいか理性だ! 理性!

 そもそも意識を向けるところはそこじゃない。考えるべきはなぜこの金髪少女が俺の家の玄関で倒れてるのかということだ。

 再び倒れている少女の顔を見る――ん?

 そこで違和感を覚える。


「えーと、え?」


 それは新たなる発見であり、新たなる謎を生む未知のものであり、頭部に生えた耳だった。


「猫耳! え、猫耳!」


 人間のものではない、明らかに動物、それも猫に生えているような耳。

 そして少女の下半身を見ると腰にはさらに細いしなやかな尻尾。

 明らかに人間の持っているようなものではない。


「えー……と、これは一体」


 続出しまくる謎の数々に思考が停止し、徐々に今までの興奮が嘘かのように冷めていく。

 とりあえず今やることは――


「ヤバいヤバい! 急いで黒乃が帰ってくる前にこの()どうにかしないと!」


 この場面を見られたら男として終わる。まるでこれは俺が今から婦女暴行しようとしているみたいではないか。

 異世界の動物の捜索に行ってしばらく黒乃は帰ってはこないだろうが、なるべく早くこの事態をどうにかしてなおかつ俺の動悸を通常通りに戻さなくては!

 まず手始めにこの()をリビングに運んで服を着せないと。

 そう決めて少女に手を伸ばした瞬間、


「たっだいま~!」


 勢いよく玄関の扉が開き、黒乃(バカ)の無駄に元気な声が家中に響き渡った。帰ってくるのはやッ!


「あれ蔵人――って!」


 一瞬にして黒乃の体勢が振りかぶるものに変わり、


「なにやってんのぉぉぉぉ!」


 もはや武器と見紛う鞄の一撃が俺の顔面を襲った。


「へぶぅ!」


 暗転する意識。

 意識が途絶える瞬間、最後に見たのは猫耳少女の豊満な肢体(ボディ)だった。


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