表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
73/79

弱者の負い目 3

「……わかった。オーブを渡すからその子を放して」


 このまま死ぬのだろうとどこか漠然的に考えていたその時、黒乃の声が聞こえた。


「え」

「ほう。そんなにこのガキが大事か……まあいい。子供一人と引き替えで使徒と戦わなくてすむなら安いものだ」

「じゃあさっさと――」


 手にしたリュックを黒乃が持ち上げる。


「――だがまだだ。ここではこのガキは引き渡せない」


 ゆっくりと男が俺を掴んだまま後ろへと後退していく。


「何分使徒相手では分が悪すぎるのでな。ガキを渡した瞬間に再びオーブを取り返されかねん。安全圏に着くまで悪いが着いてきてもらおう」


 歩速をやや速め、肩の痛みから全身が弛緩した状態の俺を男が引きずるようにして後ろ手に歩いて行く。それに黒乃も続いてくる。

 距離はそこまで歩かなかったように思える。

 時間にして二分弱といったところか。

 程なくして林を抜けたあと、波の音が次第に大きくなり、地面が土の感触から固い煉瓦の感触に切り替わった。

 周りには金属製の手すりなどが見えることから場所は恐らくこの島に設けられた海沿いの遊歩道といったところか。

 と、今まで俺を引っ張っていた男の手が僅かに緩み、足が止まった。


「さあ、オーブを渡してもらおうか」


 黒乃に差し出される男の手。それを苦々しげな表情で見つめながら黒乃が手に持っていたリュックを投げ渡す。


「確かにいただいた」


 俺の顔寸前の所でリュックをキャッチした男が中を確認する。


「さあ、クロード返してして」

「ああ、分かっている」

「っ……!」


 黒乃に返事を返すと同時に俺を拘束していた手が緩み勢いよく背中を押され、前のめりになりつつ歩を進める。外れた肩が否応なしに悲鳴を上げ、思わず叫び出しそうになる。


「はい、これで約束は守った――ってそんなわけいくか!」


 押し出された俺とすれ違うようにすぐ横を反応できぬほどの速さで黒乃が駆け

抜けていった。きちんとその姿を捉えられはしなかったが、その目に俺の存在など映ってはいないように思えた。

 この速さであれば恐らく男は為す術なく、再び黒乃と相対することになるだろう。恐らく手持ちのナイフが先ほどかなり折られていたことから武装もかなり少ないはず。だとしたらもう白髪の男にまともに戦闘をこなす余裕はありはしないだろう。


「やれ」


 しかしそれは確かに聞こえた。

 焦りどころかむしろ今まで聞いた男の声の中で一番冷静で、感情の籠もっていない無機質な声が。

 その言葉が合図だったのか。続き波を割る大きな音が後ろ手に聞こえたと思った瞬間、激しい轟音と振動が体を揺すった。

 まさに一瞬。

 大まかにだが、知覚できたのが自分でも奇跡と思えるほど黒乃が俺の横を通り過ぎてからの流れが一瞬だった。


「痛っ……!」


振動で外れた肩が痛み、叫び出しそうな声を必死に噛み殺す。


「クロード! 大丈夫!」


 背中越しに聞こえた声にすぐに振り返ると、黒乃が前面に手をかざし、エナジーを使って作られたと思う黄金の壁を前面に展開していた。

 土煙が徐々に晴れ周辺の様子が明らかになっていく。

 今まであったはずの遊歩道が爆撃されたかの如く吹き飛び、ここが戦時中の日本ではないのかと錯覚してしまうほどの有様だった。


「黒乃……」


 あまりに突然で急展開すぎる事態に呆然としていると、破壊された遊歩道から十メートルほど離れた海面を割ってそれは現れた。


「人機!」


 黒乃の驚きの声が呆けていた頭を現実に引き戻し、初めて目の前にあるのが人機だと認識させる。

 初見ではシルエットからクルーザーか何かかと思ったが、僅かに人型の上半身を模した部分あることからそれが辛うじて人機であることが認識できた。

 よく目を凝らさねば分からぬほど暗い藍色の装甲。人でいう腰から下の部分に当たる部分にはミサイルか何かの発射口と思われるものが確認できる。

 正確にはクルーザーというより全体的に潜水艦に近いような、そんなニュースなどではまだ見たことのない人機と思われるものだった。


「……っ、逃がさないっての!」


 今まで展開していたエナジーで作った障壁を瞬時に霧散させるように消し、黒乃がいつの間にか右手に宿した黄金の光球を放つ。

 直撃と同時に激しく爆ぜた光球が水しぶきを上げ、周囲に海水をまき散らす。

 海岸からそれなりの距離があるにも関わらずにここまで水しぶきが飛んでくるほどだ。あの光球は余程の威力なのだろう。

 しかしそれで大破なり損傷したと思われた人機らしきものは、自らの無事を伝えるように僅かな光を上げ、直上に何かを放った。


「この距離で対艦ミサイルなんて撃つなってぇのっ!」


 放たれたものが黒乃には分かるのだろう。


「痛い痛い!」


 突如黒乃が近くにいた俺を抱き寄せ、再び黄金の光球を直上へと放つ。


「なっ――!」


 瞬間、太陽と見紛うばかりの光が頭上で炸裂し、続いて爆音、突風という形で俺たちを襲う。


「くっ――」


 黒乃に抱きしめられた痛みと激しい爆風で肩が熱を持ったように痛み、歯噛みしながら必死に堪えていると、俺を抱きしめていた黒乃の腕が僅かに緩くなった。

 見ると黒乃が鋭い目つきで眼前の暗い海を見ている。

 そこには少なくとも俺の視力では何かあるようにも思えなかった。それは黒乃も同じなのだろう。

 悔しげな表情をし、苦々しく歯噛みしている。


「逃げられたか」


 小さく漏れた声にはいつものような明るい調子は含まれない。含まれていたとすればそれは苛つきと悔恨の混じった静かな、それでいて確かな憤り。

 それだけは傍目に見ている俺からでもよく分かった。

 もっともそれは見なくとも自ずと知れたようではあるが。

 瞬間、黒乃が拳を地面に叩きつけた思った同時、激しい轟音と爆発ともに近くの遊歩道、というか遊歩道一帯が吹き飛んだ。


「!」


 突如として引き起こされた爆発に耳を痺れさせながら何事かと土煙の舞う中、黒乃を見ると、ちょうど打ち付けた拳を黒乃が地面から離すところだった。


「お、おい、黒乃……」


 突然のことに肩が外れていることすら忘れて黒乃に声かける。


「――ってああ! クロード大丈夫!」


 俺が肩の痛み忘れているなら黒乃も俺のことを忘れていたのか。思い出したように黒乃が急いで俺の元へ駆け寄ってくる。


「肩外されて全然大丈夫じゃない」

「他は異常ないの?」

「肩以外は特には――っ」


 言われて忘れていた痛みを思い出し、再び肩が痛み始める。同時にだらしなく垂れ下がっている左腕を改めて認識すると酷く気持ち悪かった。


「ほら、その涙目どうにかしなよ。肩外れたくらいでだらしないよ」

「うっせ、肩なんか外されたら誰でも涙目くらいなるわ」


 と、言い返してみるがぶっちゃけ情けなく泣いていたので微妙に調子が悪い。


「ほら、左腕貸して。肩入れてあげるから」

「いやいやいやいや、どんな荒療治だよ! いいです、病院いきますから! ほんといいです!」

「別に気負わなくてもいいよ。こうなったのは私にも責任があるんだし」


 言っていつも無駄に明るい黒乃なら決して浮かべることのない申し訳なさそうな顔を向けてきた。

 それを見たからか。

 決して謝る必要が自分でもないと分かっているのになぜか俺は黒乃に頭を下げてしまった。


「その、なんだ。俺も悪かったな。俺がいなけりゃオーブを持っていかれることもなかったのに」

「だから気負わなくてもいいよ。あれはクロードのせいじゃないから。出てきた相手が悪かっただけだから」


 言われてあの白髪の男を思い出す。

 黒乃とやりあって互角とはいかないまでもそれなりにやりあえていたあの男。あれは一体なんだったのか。


「そんなに強かったのか? あの白髪野郎」

「まあ普通の魔術師(ウィザード)やエルフ、獣化民族とかと比べるとかなり強かったけど、それでも私とやるには全然だったかな」

「え、いやでもなんか無駄に時間かけているように見たんだが」

「仕方ないでしょ。力加減がしにくい微妙な相手だったんだから……それに何か妙なだったし」


 どこか納得のいかないような顔を浮かべる黒乃。


「何より加減間違ったら殺しちゃいそうだったしね。慎重にいかなきゃ。人殺しだけは、うん。絶対にしちゃいけないから」

「朝野さん!」

「朝野君!」


 と、静けさを取り戻したこの場の雰囲気を打ち破るように志水の声と成宮の声が――ってヤベぇ! まったく志水と成宮(あいつら)のこと忘れてた!


「ほら呼んでるよ、クロード」

「あ、ああ」


 若干気まずい思いを抱きながらも、二人が無事であったことに心底安堵しつつ、駆け寄ってくる二人へと黒乃とともに歩いて行く。

 横を歩く黒乃の顔を僅かに見る。

 先ほど黒乃から感じたいつもとは違う静かな雰囲気。そこに違和感を覚えつつも「人殺しだけはしてはいけない」という彼女の言葉に少しホッとしてしまった自分がいた。

 理由はまあ、正確には分からないが、どんなに乱暴で粗雑であってもやはり根は善人なのだとそんなことを黒乃に対して改めて思ったからかもしれない。




 結局、あの黒マスクと白髪の男のことはよくわからなかったそうだ。

 後から志水に聞いた話だと、なんでも俺が黒乃を呼びに行って数分後にあの人機と思われる潜水艦型の機械が現れ、黒マスクの人物を回収していったらしい。

 やはりあの黒マスクと白髪の男は仲間だったようだ。

 水中仕様の兵器を持っていたこと、入界管理局の調査に引っかからないところから情報統制などがある程度行える未確認の大規模な組織である可能性が高いという見方を入界管理局はしている、とアキトさんから教えてもらった。

 詳細はよく分からないが、よくもまあそんな組織を相手にして肩を外されただけで済んだと、我ながら自らの強運に拍手を送りたくなるほどだ。

 ちなみにあの後、外れた俺の肩は志水の治癒魔法によってすぐに外れた肩は元に戻った。あそこで黒乃に肩を入れてもらわなくて本当に良かった。

 激しい戦闘で色々と酷い有様になってしまった離れ小島の美術館はそれほどの騒ぎにはならず、地方紙の一面の端にちょっとばかり載った程度に納めたとのことだった。これも入界管理局の情報操作らしい。

 俺の方も今回は特にお咎めもなく――というわけにはいかず、けれど前回の銀行強盗の件のように反省文を書くということもなく、厳重注意という形の小言を聞かされるに留まった。

 とまあ、それが今回のことの顛末にして結果。

 要約すると、ゴールデンウィークを無駄に過ごした挙げ句、物騒な目に遭ってその後怒られた、とそんなところである。

 あと、余計に付け足すならば、黒乃の足枷のようなことになってしまったことが、気負う必要は微塵もないと分かっているのに彼女に対してどうにも申し訳ない気持ちを抱けずにはいられなかった。

感想や評価などいただけたら励みになるのでよければお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ