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略奪されし強奪者 5

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「おい、聞こえるなら返事をしろ――ッ」 


 折れた刃物が宙を舞い、近くの木の幹に刺さる。

 都合十個目。

 それだけ折ってなお、男は舌打ち混じりに新しいナイフを懐から取り出す。

 多少手加減しているとはいえ、魔法で身体を強化した魔術師(ウィザード)や人並み以上に研鑽を積んだエルフであっても、その一撃は受けるには重すぎる。

 にも関わらず、自分と渡り合っている目の前の男に、クロノスは感嘆するとともにさらなる疑念を積み重ねていた。


「くっ、駄目か……繋がらない」


 首元についたチョーカーのような物に語りかけながら、男が困惑したような声を漏らす。


「残念。ここでは外部との連絡は一切できないよ。逃げることも」


 クロノスの言葉に返すように男が憎々しげにクロノスを睨む。


「……空間特化型。察するに既存の空間を現実とややずれた次元へとコピーする、それが、能力か」


 呟きのような漏れた声に、クロノスが反応する。


「へえ。察しがいいね。だいたい正解だ――よっと!」


 最後まで言い終える直前に放った蹴りを男が両腕を交差させ防ぐ。


「やるねえ」


 同時に間髪入れず、第二撃をもう片方の足で回し蹴りとして男の胴にお見舞いするが、間一髪男が後退し、背後にあった柱時計へと直撃する。

 まるで割り箸を折るかのようにあっさりと鉄柱がへし折れ、轟音を響かせる。


「――けど、まだまだァァァ!」


 回し蹴りの直後にも関わらず、技後硬を感じさせない連続した動きで掴んで、折れた柱時計を男の頭上に振り下ろす。

 片手に持つ大剣もかなりの大きさではあるが、それよりもさらに長い鉄製の鈍器(てつちゆう)。やや錆びてはいるものの、強度は大いに破壊に特化している。

 その一撃を頭上に交差した両腕で男が、受け止める。

 途端、男が立っている場所を中心に敷き詰められた足元のレンガブロックが鈍い音を立て陥没し、受け止めれた箇所からへし折れる。


「ちっ!」


 苦悶の声らしきものを漏らし、折れはしたものの、まだ辛うじて繋がっている箇所を引き千切り、クロノスの方へと投擲してくる。


「……」 


 それを振るった右手で打ち払いつつ、クロノスはやはり、と内心で思った。

 戦闘を始めてから少しずつ感じてはいたが、やはりおかしい。だが、クロノスがそう感じるのも当然といえばそうだった。

 これまでにも増して目の前の男の身体能力が上がってきたのである。より正確に言えば、クロノスが自らを『災厄の使徒』として肯定した時からだ。

 出会った当初から、どこか普通ではないとは思っていたが、まさかここまでとは。

 今クロノスが黒マスクの男相手に振るっている力は、筋力のみでいうならば七割方。にも関わらず、男はそれを必死に防いでいる。

 あり得ないことである。少なくともクロノスがこれまで出会ってきた者で、自分と同種の者以外とではこのようなことになったことはない。

 クロノスの男を見る目に、やや困惑の色が浮かび、訝しむ色が強くなる。

 先ほどから反芻していることではあるが、やはり目の前の男は人を遙かに凌駕した存在――『災厄の使徒』ではないのか、と。であれば男の異常な耐久力に納得できるが、それはありえないと繰り返し、同じ結論へと帰結する。

 なぜなら男には力が足りていなかったのだ。

 今もこうして両手に持ったナイフから繰り出されてくる刺突、斬撃。そして体術。そのどれもが十分な速さを持ち、的確な急所を狙われたもので、鍛え抜かれた技であることがありありと窺えた。よほどの例外でもない限り、この男とまともに対峙できる者はいないだろうと思うほど、卓越したものだった。

 だが、それでも例外であるクロノス(かのじょ)を殺せるほどではない。

 もし仮に男が災厄の使徒ならば、その手はクロノスの命に届いていたことだろう。でも、その繰り出される一撃一撃には重みがなかった。無論、常人を遙かに超えてはいるが、それでもそれ止まり。これぐらいはクロノスでもあしらえる。

  が、しかしそれでもこのレベルの相手に絶妙な加減で手加減し、戦闘を続けるのはそれだけでかなりの集中力を要する。本気を出せば殺し、かといって手を抜きすぎると手傷を負う。今の状況は微妙な力加減によって成り立っていた。

 ナイフから繰り出される小回りのく斬撃を、防ぐには不利な大剣で(さば)きつつ、反撃に出る。


「――くっ」


 男の息を呑む声。

 戦闘を開始してからというもの、クロノスが様子見のため積極的に攻めに回らなかったためだろう。クロノスの変化した動きが男の不意を突き、伸ばされた徒手空拳が反応の遅れた男へと迫り、その頭部を掠った。

 指が引っかかり、剥がされたマスク。

 現れる今まで隠されたきた青年の素顔。


「なっ――」


 (あらわ)わになったその顔は髪の色こそ違えど、確かに見覚えがあった。

 華美というには質素すぎ、だがだからと言って卑陋(ひろう)という言葉からは遠くかけ離れた整った顔。例えるならそれは儚い花を連想させるような、どこか空虚な、そんな顔だった。

 白銀の髪が風に揺れ、男の(おもて)を撫でる様を見るクロノスが目が大きく開かれる。


「あなたは昼間の……」


 目の前の青年は昼間、クロードと一緒に美術館に下見をしに来た際に、オーブの展示スペースで出会ったこの外国人の青年だった。あの時は黒髪だったが、今見ている髪が本来の色なのだろう。どことなくしっくりきているような気がする。


「昼間の?」 


 クロノスの言葉に反応して青年がやや訝しみような視線を数秒クロノスに向けたあと、思い至ったとばかりに、ああ、と頷いた。


「その顔どこかで見覚えがあったと思ったが、昼間美術館で出会った女か」

「やっぱりあの時のお兄さんか――あの時は下見?」


 問いとともに男へ駆け寄り、手に持つ黄金の大剣を振り下ろす。

 火花散らせ、両手のナイフで挟み込むように男が受け止める。その衝撃たるや青年がいた場所が陥没し、三メートルほどのクレーターができるほど。


「――くぅッ」


 常人ならば受け止めた途端に骨もろとも内蔵(なかみ)がはじけ飛ぶその一撃を苦悶の声ひとつで青年が受け止める。


「ああ、その……通りだッ!」


 クロノスの剣を受け流し、後退する青年。剣が地面に当たり、轟音とともにたたでさえ暗い闇をさらに深くするように周囲に土煙が舞う。

もはや煙幕となったそれを利用し、ナイフが土煙の中から――より正確に言うならクロノスの背後から飛び出してくる。


「おっと」


 大剣を背面に背負うような格好をしてそれを防ぎ、次いで瞬時に転身して蹴りを放つ。 防ぎはしたものの完全に威力を殺せなかったのか、青年はやや離れた場所にあった公衆便所に突っ込み、派手な音を響かせた。


「あちゃー、器物破損しちゃった」


 反省の色がまったくない声でその様を見つつ、男女の境などそういったこと以前に全壊してしまった、公衆便所跡地となった場所へと歩んでいく。

 ()(れき)を蹴り出す音とともに、青年がゆっくりと埋もれた体を起こし、クロノスを睨みつける。

 その目には未だ諦めの色は感じられず、それを体現するかのように青年がやや刃がボロボロになったナイフを構える。

 懲りないとはこのこと言うのだろう、とクロノスがその様を見て、内心で感想を述べる。

 なんのためにこの青年がオーブのために必死になるのか。それは気になるところではあるが、どうせ捕まえる以上いずれは訊くことである。

 瓦礫を踏み砕きながら構えをとる青年に近づくと、青年が手に持っていたナイフをクロノスに投合し、そのタイミングで青年が片方の手に握ったナイフで突きを繰り出してくる。

 飛び道具としてのナイフと刺突武器としてのナイフが同時に襲ってくる。

 クロノスの顔目がけて飛んでくるナイフを大剣で弾き、次に刺突による一撃をナイフを持つ手の甲へ自らの手を押し当てることで逸らし、続く動作で青年の胸部へと膝蹴りを喰らわせる。


「がッ――」


 一歩、二歩とおぼつかない足で後退する男から、背に背負うリュックを取り上げる。


「きっ、貴様……」


 息も絶え絶えの状態で、青年が胸部を押さえながらクロノスを睨む。


「残念だけどこれ返してもらうから」


 馬鹿にしたような笑みをで青年を見ながらクロノスがリュックからオーブを取り出す。


「これはあなたが持つには過ぎたものだよ。――いや、そもそも人が持つべきモノじゃないんだよ、これは」


 浮かべていた笑みを少し悲しげなものに変え、オーブを見つめる。

 数瞬、何か思うところがあるような視線をオーブに向けると切り替えるように青年を見る。


「さあ諦めて大人しくして。別に殺そうとは思ってないから。ただ訊きたいこと

があるだけ」


 降参を促す言葉にしかし、青年は否と、拒絶の意思を行動を持って示す。


「悪いが、それは返してもらう!」


 ナイフを投げると同時に、地を蹴りクロノスへと突貫する青年。その手には先ほどまで握られていたナイフと同じ物が握られている。

 もはや手品師のようだな、とつまらない感想抱きつつナイフを避け、青年に腹部に掌を打ち付けて公衆便所で隠れていた前方の茂みの方へと吹き飛ばす。

 枝を折るような音ともに青年が茂みに突っ込み、数秒が経った頃、のっそりと青年が体を起こす。

 不意に、嫌悪感がクロノスの体を襲う。


 ――なんでここまで。


 オーブを求める青年の姿が必死に、まるでそれがなくては生きていけない薬物中毒者のように見えた。いやそれ以前にどこかの誰かと重なったのだ。

 だからだろう。これ以上その光景を見ているのが耐えられなくなり、クロノスは青年意識をとりあえず刈り取ることにした。

 なにより青年のためを思うなら早く終わらせたほうがいいし、これ以上集中力を欠けばこの空間の維持にも支障をきたす。

 少々力加減を間違えるかもしれないが、とクロノスがリュックへオーブを仕舞い、力尽くで大人しくさせようと動き出した瞬間、青年があらぬ方向へ視線を向けた。

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