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略奪されし強奪者 3

 障壁による防御が失われ、直接銃弾が奇妙な仮面をつけた女に襲いかかる。


「……」


 弾が切れては太ももに着けたポーチから弾倉を装填し直すという作業をいくらか繰り返した後、確認するように黒マスクの男が銃を下ろした。

 慎重に穴だらけのコートから覗く女を見る。動きはない。


「先ほど感じた違和感は気のせいか」


 どこか訝しむような視線を仮面の女に注ぎながら、ふと黒マスクの男がそれに気付く。

 ――あれだけの銃弾を浴びておきながら血の一滴も出ていない?

 そう疑問に思い、木の枝から飛び降りようとしたその時、突如足下がぐらついた。いや、正確にいうなら傾いた。

 それに気付くと同時に木全体が横薙ぎに打ち倒された。


「!」


 倒れる直前に木から飛び降り、地面に着地した黒マスクの男の前にややボロボロになった格好で少女が現れる。

 今までコートで隠れていたせいでよく分からなかったが、コートの下はまるで街で見かける十年代女子のような格好だった。その私服に不気味な仮面という格好がどことなく嫌悪感抱かせる。

 ややボロボロだったが、それが私服の類いであることぐらいは容易に黒マスクの男には想像できた。

 戦闘には、少なくとも盗みを働く者の服装ではなかった。もっとも服装に限っては声の質からして若い女とは予想していたので別に着ていることに違和感はないが、この場には似つかわしくない物だった。

 次に倒れた木へと目を向ける。

 まるで強い力によって無理矢理折られたような有様で硬質な木の繊維がそれを見せつけるように曲がっている。


「あーあ。この服お気に入りだったのに」


 まるで泥でもかかって汚れたような調子でいう少女。

 木を倒したのがこの少女だとすると明らかに常軌逸した膂力を備えていることになる。あくまで仮定して考えたいが、否定できる要素は皆無。おそらく仮定としたが、今考えた通りこの少女が行ったことだろう。


「せっかく服が傷つかないように羽織ってたのに……ま、あなたにきっちり請求すればいいよね?」


 所々銃創による傷が目立つ服を見ながら少女が軽い調子で言ってくる。


「……」


 無駄に言葉を交わす必要はない。殺し損ねたのならば今度こそ殺すのみ。

 下げていた銃を二丁とも少女に向け、一気に放つ。

 毎分一一八五発で放たれる銃弾が正確に少女を捉え、心臓、顔と急所へと直撃する。

 ――が。おかしなことに銃弾が体にめり込むないし、貫通することもなく少女の足下へと落ちていく。銃弾の先端は潰れ、まるで鋼鉄でできた分厚い壁にでも衝突したような、そんなものを連想させた。


「――なっ」


 そこで黒マスクの男は初めて驚きの声を漏らした。

 この少女はどこかおかしい。普通じゃない。そもそもの時点で自分と戦闘をしている時点で普通ではないのだが、もはやそこは問題にはならないほど、目の前の少女は異常だった。

 思考が瞬間フリーズし、あるひとつの可能性が浮かんでくるが、それはありえないと彼は否定する。


 ――まさかな。もしそうであれば自分は生きてはいない。


 (しよ)(せん)は可能性があるだけの憶測だ、と今し方浮かんだ考えを消し、目の前の少女の排除へと思考を集中させる。

 手に持っている短機関銃の弾数はゼロ。弾倉も尽きた。

 手元にはスタングレネードが数個と近接戦を考慮し、用意した銃剣と特別製の物が残るだけ。あまりにも心許なさすぎるが、やれないわけではない。

 現状はどうあれ、この少女は先ほどまで銃弾を避け、そして魔法具で防いでいた。それはなにかしら銃弾に当たってはならない理由があったということを表している。ならばそこを突けばうまく少女を排除することができる。

 大まかではあるが方針を決定し、銃をリュックへと仕舞い、黒マスクの男がベルトに装着された両側の鞘から軍用の銃剣を二本取り出す。

 銃剣といってもそれは銃に取り付けることもできれば、それ単体で普通の刃物としても使用できる着脱可能式のナイフだ。鞘から抜かれた黒い刀身が遠くにある外灯の光を反射し妖しく光る。


「あ、なに? 弾なくなっちゃった? なら無理言わないからいいかげん降参し――」


 所々ボロボロになった衣服を気にもせず、少女が呑気な声で口を開き、最後まで言い終わるか否かというタイミングで黒マスクの男が、地を蹴った。

 狙うは喉、胸、顔面。いずれも急所。いくらおかしな少女といえど軍用のナイフで急所を突かれれば、さすがにただでは済むまい。

 少女に向け突貫する運動エネルギーに自らの体重を乗せ、一気にナイフを全面へと押し出す。

 いきなりのことで身動きできないのか、仮面の少女は一切の動きを見せない。

 ――とった!

 男の確信とともにナイフが脇から勢いよく放たれ、顔に着けられた仮面を割る勢いで少女の額へと突き刺さる。

 事実まるで最初から仮面などなかったかのようにあっさりと貫き、その頭蓋ごと刺し貫く――はずだった。


「――なっ、バカな!」


 驚き、少女の前から瞬時に下がる。

 狼狽とともに視線を移した手に握られたナイフは刃の中頃から折れていた。それはもちろん仮面の強度に押し負けたわけではない。事実先ほど見た光景はそれを否定していた。

 未だ驚きに染まった目を、目の前の少女へと向ける。

 肩にかかるぐらいの栗色の髪を風になびかせた端正な顔立ち。この国の人間ではないのだろう。その証拠に男を見る二つの双眸は今し方雲の合間から差し込んだ月光によって瑠璃色に輝いている。この国の人間らしくない顔であるためだろうか、理由はわからないがどこか引っかかりを覚える顔だった。



「痛いなぁ」


 額を摩りながら呟く少女の額からはしかし、血など出てはいない。それどころか摩っていた手を下げ露わになった額にはかすり傷ひとつなかった。


「……貴様、何者だ……ッ!」

 三度目の問い。狼狽を含んだ男の問いに男に少女は相変わらずの調子で答える。


「さあ。何者でしょう?」


 言いながら薄ら笑いを浮かべる少女。

 その顔にどことなく得体の知れないものを感じ、一歩、二歩と足が後ろへと下がる。

 この少女は普通ではない。そもそも自分とここまで戦闘を繰り広げただけで普通ではないのだが、それ以上に何か絶対に敵わないと本能的なものが訴えてくる。

 男も十分一般と呼べる範囲から外れていると自分でも自覚はしているが、目の前の少女はその埒外。男の以上に外れている。それは一般などと呼べる範囲ではなく、生物種として。


「……」


 冷や汗が全身から吹き出す。

 このままでは埒が明かない。いや、それどころか手に入れたオーブを奪われ、最悪の場合、命を経つこともできず捕縛されてしまう可能性もある。万が一に備え、自決する用意はしてあるもののそれでもそれは最後の手段である。できるなら生存したままオーブを回収したい。

 ならばどうすべきか。

 簡単だ。このまま戦闘を避け、逃走に全力を注げばいい。

 この得体の知れない少女相手では自分は決して戦闘で上を行くことはできない。本能的な確信に従うならばここは考えるまでもなく逃げなくてはならない。

 不本意ではあるが、方針は決定した。

 自らの責務を果たすため、黒マスクの男は内心で憚りつつも上着の裏手から数十の数を有するうちのひとつを取り出した。

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