略奪されし強奪者 1
若干ここから少しヒロインの俺tueee感がでますが、どうかお付き合いくださればと思います。
髪が宙を舞う。
昼間の暑さとは打って変わって冷たい風が頬を撫でると同時に微かな塩の香りがした。
今いる場所は海の近くなのだから当然か、とつまらない思考を終了させて目的の場所へとクロノスは歩を進める。
予定より遅い到着。
この場所に向かう道中で少々道に迷ってしまったため遅くなってしまったのだが、まあそれは彼女にとっては今更どうでもいいことだ。
蔵人が同行してくれれば道中迷うこともなかっただろうし、ついでにきちんと確かめたいことも確認できたのではあるが、彼があそこまで動向するのを拒み、なおかつクロノスを止めようとしたのなら仕方ない。
無論、無視してそのままホテルを出ることもできたが、後々面倒である。なら先刻したように少し眠ってもらうのが最善だっただろう。
「どうにもうまく転ばないなぁ」
しかしまあこれはこれで一興か、とクロノスは思い直し改めて周りを見渡した。
周囲に備え付けられている外灯は電球が切れているのか、チカチカとリズムを取っている。
時刻は零時より少し前。
当然のことではあるが人の気配はない。
夕方、蔵人と訪れた博物館はそのほぼ全域を闇に支配され、どことなく不気味な雰囲気を醸し出している。
そんなホラー映画やスプラッター映画などで使われたらそれなりに映えるであろう場所を、私服の上に黒いコート、顔には奇妙な仮面というまるで合わせたかのような不気味な出で立ちで、平然とクロノスは入り口――――ではなく、入り口から逸れた壁へと歩いて行く。
何の変哲もないクローム色に彩られた壁。
そこには別段裏口があるわけでもければ、はたまた隠し通路があるというわけでもなく、かといって正面入り口があるわけでもない。あるのは一メートル四方のただの窓だけ。
「さて、じゃあ行きますか」
ニッ、と口角を上げてそう呟くと同時に地面を蹴り、窓に向かって飛ぶ。
丸めた体がガラスを四散させる音とともに中に入り、ガラスを踏み砕く音を立て目的の物へと向かう。
細長い廊下を怪しく非常灯が照らし、室内を仄かに赤く染めている様はあまり心地は良くはない。良くはないが、それを差し引いてもクロノスの内心は喜びに満ちていた。
それもそうだ。今まで苦労しなければ手に入れられなかった物がこうして簡単に手に入るのだから仕方ない。
こう難易度が格段に低いとこんな場所でも気楽でいい。
「んん~」
軽く背伸びをしながら、昼間確認した場所へと向かって歩いて行くと、目的の物が展示してあるフロアについた。
暗がりで一般の人間には分かりにくいだろうが、周囲にショーケースに入れられた土偶や土器などが数多く見られた。
しかしそんな物に興味などない。そんな物を持ち帰っても邪魔になるだけであるし、飾り物としても悪趣味すぎる。
仮にここに金塊でもあったら持ち帰って換金でもして蔵人に生活費、なんて言ってあげてみるもの面白い。どういう反応を返すだろうか。きっと返してこいと発狂寸前の勢いで怒鳴り散らすことだろう。
などと気楽な考え、どこか場違いな含み笑いをしつつ歩いていると目的の物が見えてきた。
ガラスで覆われたショーケースの中にはライトが当てられているのか、翡翠色のクリスタルが見て取れた。一見して翡翠色のクリスタルなのだが、中央部だけが黒く染まっているという不思議な構造をしている。
間違いなく昼間見た物である。
それを確認し、「お持ち帰りお持ち帰り」などと呟きそうになり、そこでおかしなことに気がついた。
――――なんでライトで照らしてある?
備え付けのものではない。
その光りはちょうどショーケースの外側からまるで人が照らしているかのように微かに揺れながら照らされていたのだから。
その光景をクロノスが疑問に瞬間、けたたましい音が響き渡った。
「!」
何事かとショーケースを照らしていた光源へ目を向けると、黒いマスクをつけた顔がそこにはあった。
黒いマスクから覗く二つの双眸がクロノスと同じく驚きに見開かれ、クロノスを見つめている。
「ッ!」
タイミング悪い。悪すぎる。
目の前の黒いマスクを被った人物は見るからに強盗に違いない。
想像しなかったまさかのタイミング。
予想だにしなかった強盗と鉢合わせるという事態に一瞬、硬直してしまったクロノスよりも先に我に返った黒マスクの人物がすぐさまオーブを手に取り、走り出す。
その方向には出口はないはずだが、と一瞬クロノスは疑問に思ったが、そこではたと気付く。
「……ッ。しまった、窓か!」
昼間館内を見て回った時の記憶だとこの先は窓だったはずだ。きっとそこから外へ逃走するつもりなのだろう。
惚けていた頭を一瞬で切り替え、今し方逃げた男を追う。
しかし追うとはいってもクロノスは本気で追ったりはしない。
少し出遅れはしたが、相手は所詮は常人。なら手間取ることはないだろう。
焦っていた思考を徐々に冷ましつつ、しかしクロノスはそこで違和感を覚える。
――――追いつかない。
常人相手とはいえ、クロノスの走る速度はとうにこの世界――――ムンドゥスに住む人間のそれを超えている。なのになぜ追いつかないのか。
例え相手がオリンピックの陸上短距離種目の金メダリストであろうと今のクロノスの脚力には及びはしない。
ではなぜなのか?
考えられる理由はひとつしかない。
今し方オーブを強奪していった者がこのムンドゥス出身の者でない、ということだ。
考えられる案として自身の力ではなく、外部からの力――――機械的な補助を受けているとも考えられるが、テレビなどから得た情報を参考にするとこのムンドゥスの技術力ではそこまで高度なことは現時点ではできない。仮にフィロソフィアの科学技術を模倣しているとしても現状フィロソフィアの技術はそうあまり多く開示されていない。だとするとやはりムンドゥス出身でない者が関わっている可能性が一番高い。何より、認識を阻害する効果の付与された仮面をつけているにも関わらず、自分を認識している。その時点でもうこの世界の人間と言うには難しかった。
「だとしたら少し面倒だね」
呟きながら足に力を入れ、速度をさらに増す。
しかし、それでもまだ追いつけない。それどころかまだ姿すら見えない。
一体どれくらいの速度で走っているのか。そう訝しみ始めたところで前方から何かが割れる音が響いた。
ガラスの音だ。
見ると前方のガラスが何かに突き破られたかのように四散していた。おそらく黒マスクの人物がガラスを突き破り、外へ出たのだろう。
「逃がさないって!」
さらに加速して割れたガラスが付いた窓枠をくぐるように、クロノスが通り抜けていく。
地面に足がつく間での僅かな浮遊感は次に備える一瞬の休息か。
着地と同時に外の芝生を地面ごと剥ぎ散らかさんとばかりにクロノスは再度足に力を入れ、地面を抉り、常識外のスタートダッシュを切る。
速度は館内の時の比ではなく、まるで今轟音とともに放たれた砲弾のミサイルのようでもあった。
激しい空気抵抗に髪を乱しながら、周囲を確認すると前方に暗闇に溶けいるかのような黒い服。間違いなく先ほど黒マスクである。
さらに速度を上げ、目標である黒マスクの追い越す形で前に回り込む。
「!」
虚を突かれたのか、黒マスクは素早い動きで体を反転させ、先ほどまで忙しなく動かしていた足の踵を地面めり込ませ、前方のクロノスより三メートルばかり離れた所で急停止した。
美術館前の広場で向き合うクロノスと黒マスクの人物。
性別は未だ定かではないが、体型からしておそらく男性であろう。
クロノスは今一度黒マスクの人物を凝視する。
前進を黒一色でコーディネートした異様な姿。顔はマスクで覆い、胴体から下半身にかけては黒いタイツのような物を着込んでその上からポーチを両足の太ももに取り付けている。そして背中には学生が通学に使いそうな黒いリュック。
その様は不審者のお手本のようなものだった。
視線を黒マスクから僅か下に下ろす。
踵を突き刺した地面が大きく抉れ、どれほどの脚力を有しているのか雄弁に語っていた。
「……やっぱり」
その大きくこの世界の一般常識を無視した様はクロノスの考えを肯定するには十分なものだった。
「あなた、この世界の人間じゃないよね?」
「……」
返事はない。
どうやらクロノスの問いに答える気はないようだ。
ならどれだけ言葉を並べても意味はないだろう。そう考え、クロノスは単刀直入に自らが言うべきことを口にした。
「その手に持ってるモノ、返してくれる?」
「……」
まともな返事はなく、返答の代わりかしばらく沈黙を貫いたあと黒マスクの人物が手に持っていたオーブを背負っているリュックに入れ、小さく舌打ちをした。
「!」
舌打ちとともに動いたのはそれが合図の証か。
黒マスクが脱兎の如くクロノスに迫り、喉目がけて手刀を繰り出してきた。
――――武術における体捌きに縮地というものがある。
しかしそれは元々仙人が使う仙術に由来するものであって、本来の意味に通り一瞬で長距離を移動するなどということは不可能である。
だが、今の黒マスクの動きはたった三メートルだけとはいえまさしく一瞬だった。それはまるで仙術における縮地を体現したかのような速さと形容してもいいほどに。
「……」
迫り来る手刀を手の甲で打ち払うと同時、クロノスが体を回転させ打ち払った手の勢いそのままで肘を黒マスクの胸へと打ち付ける。
予想外の一撃だったのか、黒マスクは驚いた表情をしつつ後方へと飛んでいった。
しかし、予想外だったのはクロノスも同様だった。
今放った肘打ちは大幅に手加減したとはいえ、ある程度戦闘訓練を積んだ並のエルフならば肋にヒビが入るぐらいの威力はあったはずだ。にも関わらずその直撃を確かに受けた黒マスクは息を乱すこともなく、平然とクロノスの前に経っている。
加えて今、黒マスクが後方へと飛んだのは肘打ちによるものではなく、肘打ちを受けた後、やや遅れての後方へと跳躍したものだった。
つまり彼ないし彼女は肘打ちの直撃を受けたにも関わらず、その勢いを利用することなく後方へ下がった。それはクロノスの一撃に耐えたということだった。
その体の頑強さにほう、と息を吐くとともににクロノスは黒マスクを見つめる目を細める。
「あなた、何者?」
「……」
相変わらず返答はなく、沈黙のみが答えとなって帰ってくる。
「答える気はない、か。なら――――」
仮面の裏で口をニッ、とつり上げ、意地の悪い笑みを浮かべるクロノス。
「そのオーブを返してもらったあとにじっくり聞くとしようか」
刹那、クロノスの姿がかき消えた。
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