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三次元鬼ごっこ 6

「いくら急いでたからって部屋に土足で入ったのは悪かった。だからさ、機嫌直せって」

「私に変なもの見せといて何その言いぐさ? もう夢に出てきたらどうしてくれんの!」


 先ほどからの弁明は意味も為さず、ブーブーと文句を垂れる黒乃。

 なんでも部屋に俺の靴がなかったので、どこかに出掛けてるのだろうとうと思い、何気なくトイレのドアを開けてしまったとのことだった。

 たしかに靴を脱がなかったのは悪かったが、プンプンという擬音が飛んできそうなほど機嫌を悪くするのはどうかと思う。何より、俺は考え得る限り最悪な場面を見られた被害者であるわけなのだから、謝罪の一つくらいはもらいたいものである。 

 だが、そんなことを言おうものなら黒乃がより一層うるさくなり、収拾をつけにくくなるであろうことは容易に想像できる。何よりこのまま機嫌を損ねられたまま二人で過ごすのはどうにも居心地が悪い。

 なのでここは不本意ながら俺が大人の振る舞いをするしかないのだろう。

 言葉でこいつを負かせない自分の不甲斐なさを呪いながら黒乃を見据える。


「その、なんだ。悪かったな、変なとこ見せて。俺の注意が足りなかった。この通りだ。許してくれ」

「あ、え、ふん。べ、別に全部見えたわけじゃないけど……わ、分かればいいよ……」


 言って先ほどのことを思い出したのか、赤くした顔を背ける黒乃。それに釣られて自分の顔が赤くなるのを感じた。

 思い起こされる先ほどの悲劇。まさか用を足していたところを、それも大の方を見られるなんて今思い出しても恥ずかしすぎる。間が悪いっていうか、黒乃がラッキースケベを発動したというか。こんなえっちぃ目に遭うなんてこれじゃあまるで俺がヒロインみたいじゃないか。


「ノォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!」


 あまりの恥ずかしさにベッドの上にあった枕を抱えて悶絶していると、多少機嫌を直した黒乃が話しかけてきた。


「何してんの?」

「あ、いや。バックドロップをする時の掴みの練習というか何というか……」

「……まあいいや。それより本題に入ろ」


 一通り俺にジト目を向けたあと、何の前触れもなく黒乃が言った。

 ……は?


「えと、本題ってなんすか、黒乃さん」


 いきなりの不意打ちに思わず崩れた敬語が口から出た。


「あれ、言ってなかったけ?」

「……つーか今回の目的観光とかじゃ……」

「違う違う。そんなんじゃないってば」


 何言ってるんだろう、とでも言いたそうな顔で黒乃が衝撃のカミングアウトをする。


「……」


 本来ならばここは、「じゃあなんでここに来たんだよ!」とでも言わなければいけないところなのだが、あまりの唐突なカミングアウトに数瞬、何を言っていいか分からなくなる。

 そんな俺を見て黒乃が誰も頼んでないのに先ほどよりも声のトーンを上げて明るい調子で、「じゃかじゃかじゃかじゃか」と言い出した。


「なんと、私の真の目的は観光ではなく博物館の展示品の強奪でした!」

「……………はあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああああ!」


 先ほどのカミングアウト以上の衝撃に思わず大声を上げてしまう。その声量や隣室まで響くんじゃなかろうかと疑うレベル。ああ、いやこれは完全に聞こえているな――――じゃなくて!


「お前今なんて言った!」

「え? 真の目的は博物館の展示品の強奪って言ったけど」

「いや意味わかんねえよ!」

「ちょ、落ち着いてよ、クロード」

「これが落ち着けるか! え、なに? 展示品の強奪? バカかお前、そんなことしたら俺に迷惑掛かるんだろうが!」

「あ、論点そこなんだ」


 なぜか呆れた表情をしている黒乃はさておいて思考を巡らせる。……博物館って、あれか。夕方行った離れ小島にあった博物館。


「なんだお前、土偶でも欲しいのか?」


 あそこに並んでるのは思い返すかぎり、教科書に載ってるようなありきたりな古代の品々だったはずだ。好きな人は好きなんだろうが、俺はには欲しいとまでは思わない。


「そんなのいらないよ。私が欲しいのはもっと貴重な物だって」


 言って黒乃が立ち上がり、部屋の隅に置いてある四次元ポケットよろしく明らかに入る量がおかしい不思議トランクを漁り始めた。


「あったあった」


 目的の物を見つけたのか、トランクから黒い何かを引っ張り出す黒乃。あれ

は……たしか。


「ほい」


 座っていたベットの上に乱雑に黒い小さな布と一緒に小さな小物が放り出された。

 一見するとキーホルダーのような物だが、それは見覚えのあるものだった。


「おい、なんだこれ」

「コートと仮面」


 目の前に放り出されたのは黒乃と出会い、グール退治に無理矢理付き合わせられた時に渡された魔法がかけられたコートと仮面だった。

 コートの方は成宮いわく防御用の魔法がかけられているとのことで、以前成宮と志水に襲われた時に俺の身を守ってくれた。仮面の方はたしか認識を阻害する魔法かなんかがかかっていて一般人には気付かれない、とかそんな能力をもっていたと思う。


「おい。なんだこれ」


 正直この二つの品にはいい思い出がないせいか、少し気分が落ち込み気味になる。一体これを出してどうしようというのだろうか。


「はいこれ、クロードの分。あ、前のコートと違って今度のは物理障壁しか付与されてない安物だから。仮面のほうは前と一緒ね」

「はいこれクロードの分……じゃねーよ! え? なに? お前これで俺にどうしろと!」

「何言っての? 今から一緒にアサルトるんでしょ」

「一緒にアサルトるって、なに! 意味わかんないんだけど!」


 いやまあ、アサルトるっていうのは聞いたことがないんだが、アサルトっていう単語と今までの話からして無理矢理盗みに入るんだろうことはわかる。しかし、しかしだ。


「つーかなんで俺も一緒なんだよ!」

「えー。だって二人で行った方が効率っていうか、もしもの時に対処できるっていうか」

「もしももクソもあるか! つーか、絶対行かないし、行かせないからな!」


 『容疑者は字源市在住の高校一年生女子』というテロップが流れるワイドショーが脳裏に浮かぶ。その画面には変声機で声を変えられた俺が「いつかやると思ってましたよ」とご丁寧に本音を話すシーンまである。

 ……ありえん。そんなことは断じて阻止しなくては俺の沽券や将来にまで響く、拭うことのできない汚点となる。


「それは、選ぶことのできない選択肢だね」


 黒乃の声が少し、真剣味を帯びたものとなる。


「――――はあ。ならいいよ。無理に頼もうとも思わないし、クロードいなくても十分一人でやれるから。それにバレたとしても顔さえ隠してれば問題なく逃げられるしね」 


 と、もう少し粘るものだと思っていたが、黒乃はあっさりと身を引いた。いつもの黒乃からは想像もできない素直さに少し違和感を覚えてしまう。


「案外あっさり引くんだな。つーかそのくらい潔く諦めんなら誘うなよ」

「言うなればこれは絶対失敗しないことに対する保険だからね。実際はあったところで意味はないんだよ。だからクロードがいてもいなくても私にとってはどっちでもいいの」


 それはそれでどこか悲しいというか、自分が遠回しに役に立たないと言われているような気がして気持ちのいいものではないが、まあここは文句は言うまい。しかし、こいつが人様の迷惑になるようなことをしようとしているなら俺には止める義務がある。いや止めねば俺の今後が危うくなるかもしれないのだ。


「とにかくだ。そんな人様に迷惑をかけることはやめろ。それ犯罪ですからね。紛う事なく否定のしようもないほどにれっきとした犯罪だから!」

「さすがにそればかりは聞けないね」


 キッ、と黒乃の目が今までのおちゃらけた陽気な感じから鋭さを帯びたものにかわる。「あれがなくちゃ始まらないから」

 腰掛けていたベッドから立ち上がり、黒乃が部屋のドアの前にある下駄箱から靴を取り出した。


「おいちょっと待て!」


 いざ行かん、とばかりにドアノブに手を伸ばしていた黒乃の前に急いで移動し、黒乃とドアの間に立ち、行く手を塞ぐ。


「だから行くなって言ってんだろ!」

「ちょっとクロード、邪魔しないでよ」

「いーや絶対どかない。居候が犯罪犯そうとしてんのみすみす見逃せるわけないだろ。てか、もうちょっと正攻法でゲットしにいくとかあるだろ」

「正攻法? 博物館に展示される物の値段がどれくらいか、こっちの世界出身のクロードならよく知ってるでしょ。それにあんまり時間もかけたくないから」

「いやでもだな――――」


 ごめんね、と俺の声を遮り、黒乃が呟いた瞬間、顔に霧状の物が吹きかけられた。


「うっ、なんだこれ……」


 歪んでいく目の前の黒乃の顔に次いで意識が明滅していく。


「おま、え……何し、た」

「ほんとはクロードに使うつもりなかったんだけど、仕方ないよね? どいてくれないんだし」

「く、ろ――――うっ」

「はいはい。帰ってから説教は聞くから、今は眠っててね~」


 意識が混濁し、途切れる間際、「顕現せよ」という言葉がどこか遠くに聞こえた。

感想やアドバイスなどいただけたら助かりますので良かったらお願いします。

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