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三次元鬼ごっこ 1

 入局管理局の二人に気づかれることなくファミレスをあとにした俺たちはあてもなく、大通りを外れた歩道を歩いていた。大通りと違って人は少ないが、それで温度が下がるわけもなく、憎々しいぐらい眩しい太陽が相変わらず紫外線を放ちまくっている。


「で、これからどうするよ」


 暑さにめげた声が我ながら情けないな、と思いながら横を歩く黒乃に問いかける。


「うーん……どうする?」

「決めてねえのかよ!」

「いや、決めてはいるんだよ。だけどまだ時間が早いからどうしようかなあって」

「早い? やっぱり何かあるのか」

「違う違う。ただ夕方見に行きたい場所があるだけだって」

「……ほんとか」


 どうにもきな臭いな、と思いながらもまあいざとなったら全力で逃げるなりすればいいなと考え、今は現状の打破に努めようと黒乃に意見を求めることにした。


「で、その見たい場所とやらの他に行きたい場所あるか? 正直このまま歩き続けたらぶっ倒れそうなんだが」

「たしかにこのまま歩き続けるのもね……」


 黒乃もそれなりに暑いのか、右手で顔を仰ぎながら左手で襟を引っ張りパタパタと仰ぐ。健康的な鎖骨が露わになり、加えてその下の方にある汗で張り付いたキャミソール強調している決して大きいとはいえないが、小さいともいえない膨らみが生み出す、谷間と言えなくもないものがチラチラとその姿を現す。


「……っ」


 なんというかその、目のやり場に困る。いくら中身が腐っていても外は綺麗だからと中身に気づかず、腐った野菜なんかを買ってしまうように、こいつも見た目は悪くないわけで思わず、視線が胸元に行ってしまう。


「ちょっと、なんでこっちチラチラ見てんの?」

「あ、いやそのやっぱり暑いよなあ、と思って」

「嘘。今胸見てたでしょ」

「あ、いや、そのだな……」


 どうやら気づかれていたようで黒乃がさっと片手で胸を押さえる。


「えと、胸小さいなあと」


 正直に外見に騙されて気になってましたというのも調子に乗らせるような気がしてそう言うと顎に掌手を喰らった。


「小さくないし! むしろおっきいほうだし!」


 顔を真っ赤にして黒乃が睨むように俺を見る。その様やまるで今にも襲いかからんとしている狂犬のようで気がつくと口が勝手にお世辞を言うかの如く動いていた。


「あ、いやよく見ると大きいな! 揉み心地良さそうだ! 今度揉ませてくれよ!」


 今度はボディブローを喰らった。


「がはっ!」

「サイテー! そんな目で私を見ていたの!」


 痛みで蹲る俺を見下ろし、先ほどよりさらに朱が差した顔で怒鳴ってきた。うん、今のはさすがに自分でも引くぐらい酷かったな。


「な、なんちゃってな! 冗談だ。そ、それより、どこ行く?」


 とりあえず話を元に戻そうと、蹲っていた体を起こして黒乃に訊いてみる。


「なんかすごくうやむやにされたような気がするけど、まあいいや。とにかくどこか入ろう。このまま外にいても暑いし」

「同感だ。確かにこのまま外にいたら汗まみれになる」


 僅かに汗を含んだTシャツを仰ぎながら周囲を見回す。大通りから外れたせいだろう、周りには民家ばかりが立ち並んでいて、娯楽施設、それ以前に本屋の一つすら見当たらない始末だ。強いていえば近くの十字路の所にコンビニが一つある程度。


「どうする? コンビニで時間潰しとくか?」


 そう自分で言ったものの、さずがに何時間もコンビニで過ごすのは正直無理だ。三十分くらいは立ち読みでもして潰せるだろうが、昨今のコンビニは立ち読み防止用のゴムバンドをつけている所も多く見かける。それによっては十分ぐらいで限界を迎えるかもしれない。


「嫌! 絶対嫌! なに、何時間もコンビニいたいの? コンビニフェチなの?」


 手で顔を仰ぎながら黒乃が呆れたように俺の顔を見る。


「冗談だよ、冗談。本気じゃない」


 てか、コンビニフェチってなんだよ。


「で、お前は夕方に行く場所以外で行きたい所ないのか?」

「ない」


 即断言されてしまった。


「え、マジで本当に他ないのか?」

「うん。本命以外の場所に用なんてないし、そもそも用なんてなけりゃこんなトコこないでしょ」

「うん、まあ、そうだろうな……」


 特に目を引くような場所もなければ、観光名所もない。記憶を遡ってみてもこの街がテレビに映ったりしたことは……いや、確か今年の二月くらいだったか。家を焼いて一家心中を図ったら隣の家にその火が燃え移ったとか、そんなニュースをやっていたような気がする。そんな暗いニュースでしかワイドショーに上がらない街だ。確かに黒乃の言うとおりこんな所に来る理由なんてそうそうありはしないだろう。


「困ったな。どこに行けばいいんだ」


 かといってこのままホテルに戻るのもどうかと思う。せっかく遠出したのだから今日一日くらいは観光ないしどこか見て回りたいものだ。

 しかし、そうなるとコンビニはないとしてもどこかで時間を潰さなくてはならない。それも長い時間いられる場所で。

 いっそさっきいたファミレスとは別の所でドリンクバーだけ頼んで長時間居座ってやろうかとも思ったが、また文句を言われそうだったので自分から提案するのをやめて隣を歩いている黒乃に訊いてみる。


「なあ黒乃、なんかこの近くに時間潰せるような場所ないのか?」


 とは、訊いてはみたものの無駄だろう。こいつはこの街に詳しいわけでもないし、もし仮に何か心当たりがあったならとっくに案を出しているだろう。それがないということはきっと当てがないということの表れだ。


「う~ん、時間潰せるような場所なら知ってるよ」

「え、マジで」

「うん、マジ」

「……なら早く言えよ」


 客観的に見ればジト目になっているかどうか分からないが、半眼で黒乃を咎めるように見据えてみるが、どうやら俺の気持ちの一割も届かなかったようで気にするどころか逆に文句を言ってきた。


「だって行きたい場所ってさっき言ったでしょ? 言ったとおり別に行きたい場所は他にはないよ。でも今私が言ったのは時間潰せる場所を知っているってこと。ほら、二つはイコールじゃない」

「いや、でも何か心当たりあるなら早めに出せよ」

「いやいや私はクロードが行きたい場所があるならそれを優先しようとして黙ってたんだよ。逆にないなら早めに「時間潰せる場所ない?」とか訊くべきだったんだよ」

 思い切り屁理屈()ねて俺が悪いみたいに言われてしまった。こ、この野郎……

 暑さによるストレスと相まって血圧がどんどん上昇していくのが感じられたが、ここは我慢、我慢。ここでヒートアップしたらただでさえ暑いのに余計に汗をかく。

 出そうになっていた文句をなんとか飲み込み、周囲を見渡す。


「でもこの辺り何もなさそうなんだが……って大通りの方じゃないだろうな」


 大通りの方は絶賛立ち入り禁止だ。もし入界管理局の二人に再会したらどんな目に遭うかわからんからな。ほとぼりが冷めるまで遇いたくはない。

「まあ大通りっていえば大通りだけど、心配ないんじゃない? だって駅に隣接していたデパートだし」

 そこで言われて思いだした。そういえば駅からホテルに移動する時、目の前に割と大きな建物があった。確かにデパートと言われれば納得だ。


「あれデパートだったのか。気がつかなかった」


 ともあれそのデパートがあるのは大通りの方だ。未だ志水や成宮がウロウロしてる可能性が高い中、不用意に近づくのは危険だ。ましてや駅なんて人通りも多いだろうし、その中にはあいつらも含まれるわけで鉢合わせすらありえる。


「心配ないって。人通りが多くたって人混みに混ざればわからないから。ほら、木を隠すなら森の中って言うでしょ」


 そんな言葉を覚えたのやらと思ったが、時々クイズ番組とかをやたら真剣に見ていたりしていたのを思い出した。きっと情報源(ソース)はその辺りだろう。でもまあ、黒乃の言うことも理には(かな)っている。確かに人が少ない場所で過ごすより人が多い場所にいた方が目立たないだろう。たとえそれがあいつらが立ち入る可能性が高い駅前のデパートだとしても逆に二人の意表を突いて他の場所より目立ちにくいかもしれない。


「そうだな。お前の言うとおりデパートって場所は逆に目立ちにくいかもしれない。仕方ない。ちょっと遠いけど駅まで戻るぞ」

「オッケー!」


 頭の上で敬礼のポーズを作って黒乃がキョロキョロと周囲を見渡す。


「あ、バス停発見! 駅までのバス出てるかな」

「出てんじゃねーの」


 なんて言いながらバス停捜してまた歩き回るのは勘弁なんで、内心そのバス停から出てますようにと祈りながら、元気よく駆けていく黒乃の後へと続いた。

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