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黄金の休日群 3

「ん、んん?」


 体を揺さぶる感覚で目を覚ます。見ると外はまったく知らない風景。

 目的の場所は俺たちが向かった字源市の駅から直通ということだったのでどうやら着いたとみて間違いないらしい。


「着いたのか?」

「うん」


 予想通りの回答を黒乃から聞きつつ、頭上にある棚から荷物を取って電車の外に出る。

 さすがその……失礼だが、目立たない県といってもその県の中心部とも言うべき場所なだけはあるのか、俺の地元の駅よりは遥かに多くの人で溢れていた。多分ゴールデンウィークということもあるのだろう、子供連れの人達が多くわいわい騒ぎながら次々と電車から降りてくる。


「で、これからどうすんだ? なんなら今から帰るってのも検討してみる価値はあると思うけど」


 降りてくる人々から視線を移し、隣の黒乃に問いかける。


「冗談言わないでよ。それじゃあ来た意味ないでしょ」

「じゃあ俺だけ帰るってのは?」

「却下! こっちの世界の案内人(ガイド)がいないと何かと不自由だし、それにホテル代勿体ないし!」

「ホテル勝手に予約しといてお前が言うな! それに案内人(ガイド)ってなんだ! 俺を雇いたきゃ労働報酬をよこせよ!」

「じゃあここを一緒に観光するという報酬で」

「なんでガイドが観光っていう報酬で動かなきゃなんねえんだよ!」


 生憎と俺はそんなボランティア精神を持ち合わせていないし、何よりこの場所について全くと言っていいほど知らない。俺よりその辺にいるだろう地元の人とかに訊いた方が全然いい。


「とにかく。まずは荷物ホテルに置き行こう!」


 どうやら俺の案は通らなかったらしい。そう言って黒乃はトランクを抱えて近くのエスカレーターに向かい始める。まあ俺も運賃が無駄になるんで本気で帰るつもりなんてなかったけど、正直帰って家でゆっくりとゴールデンウィークを楽しみたいのは本音である。

 せめてもう少し前に言っておくべきだったな、と内心消沈しつつ、黒乃の後に続いた。




 駅から出ているバスに十分程度乗り、さらに歩くこと数分。着いたホテルは案外、といってはなんだが意外と普通のホテルだった。黒乃のことだからもしかしたら風変わりなホテルを取ってるのではないかと少々心配していただけになんというか拍子抜けだ。ま、普通のホテルにこしたことはないんだけど。


「予約されていた朝野様ですね」

「はい」

「お部屋は三〇六号室になります。こちらがルームキーです」


 受付の若い女性が差し出してきたルームキーを受け取り、黒乃がエレベーターの方に向かっていく。せめて俺の受付が終わるくらいまで待ってくれていてもいいものを。案外冷たいもんだ。


「ごゆっくりおくつろぎくださいませ」

「……」


 ん?


「……」

「あの、お客様。お連れ様は行かれましたが……」

「すいません、俺まだルームキー貰ってないです」

「お客様は先ほど行かれた朝野様と同室になっておりますが……」

「はい?」


 え、なんだって?


「ですから二名様で一部屋を予約されています」

「……え?」


 何を言っているのだろう、という受付のお姉さんの視線はさておいて今まさにエレベーターのボタンを押そうとしているバカに避難の視線を向けるが、こちらに気づいた様子もなく欠伸なんか漏らしている始末。

 相変わらず俺のことを考慮しないあたり通常運転とも言えるが、実に迷惑だ。いくら俺にその気がないとはいえ、年頃の男女が同じ部屋というのはどうも世間体が悪い。何よりこいつとカップルなんて思われたりしたくない。俺はもっと女を見る目があるのだ。

 というかなんだ? ただの一室であの値段? 高すぎるだろ、いくらなんでも。ホテルなんてただ寝泊まりする所なのにこの値段って……なんかうまい物食べた方が絶対マシだろ。

 なんていう愚痴をしばらくエレベーター前で待ってる黒乃に視線で訴えてみるが、、振り返ったあいつは気にした風もなく手招きなんかして返してきた。どうやら早く来いとのことらしい。


「……あのバカ」


 小さく誰にも聞こえないように呟いて俺は渋々エレベーターに向かう。


「あ、やっと来た」

「やっと来た、じゃねえよ。お前一体どういうつもりだよ。部屋一つって」

「え、だってそっちの方がお金かからないでしょ」

「かかってるわ! お前なあ、そんなところ気が遣えるならもっと格安のホテル取れよ! ていうかそもそもホテル取ってまでこんな所来るな!」

「いいでしょ、せっかくの連休なんだから多少贅沢したって」

「言っとくけど連休だから贅沢していいなんて家訓うちにはないからな。それに贅沢云々(うんぬん)もそうだけど、お前部屋一つって……」


 ありえんだろ、と続けようとして黒乃が意地悪げに口の端を歪めた。


「あー、もしかして私と同じ部屋で緊張してるのかなあ? なんだ、結構可愛いとこるんだあ」

「違う。俺は別に緊張してるわけじゃ……ただその、年頃の男女が同じ部屋って不健全だし、そもそも世間体とかだな……」

「はいはいわかったから」

「だからお前が思ってるようなこと――――」


 ニヤニヤ顔で俺を見る黒乃に少しイラッときて文句を言おうとし時、不意にエレベーターの到着を知らせる音がした。なんともタイミングが悪い。


「あ、来た。んじゃ行こ。えーと三階だよね」

「……」


 文句を言うタイミングを逸してしまい、言えなかったことに多少不満を覚えつつも、ネチネチとしつこく言うのもなんだかめんどくさいので特に何も言わず、黒乃に続き、エレベーターに乗り込む。


「じゃ、荷物置いたら街に繰り出すよ、クロード!」


 上昇するエレベーターと違い、逆に下降していくようなこの気持ちは一体何なのだろうか。上昇するエレベータの中で気持ちだけ|地下(BF)三階に移動しているような奇妙な感じがした。



 案の定というか当然というか。着いた部屋は値段に見合っているいい部屋だった。そりゃあ一泊何十万のホテルとかと比べると数段見劣りはするだろうけど、あまりホテルに泊まった経験がない俺にとっては十分に高そうな部屋だった。

 部屋に入ってまず目に入ったのが、入り口とは対面にある二つの大きなはめ殺しの窓と開閉式のやや小さな窓。そこからは……まあ三階だから仕方ないのかもしれないけど、ホテルに隣接する大通りの風景をそこそこ見渡すことができ、青空の下、街を行く人々の姿を見ることができた。窓の近くには洒落たガラス天板の机があり、机を挟むように一人掛けサイズのソファが一対向き合っている。

 そして部屋の中央部には一番問題のあるものが鎮座ましましており、


「……おい。なんでベッドがひとつなんだ」


 ダブルベッドが異彩を放っていた。


「そういう仕様だからじゃないの?」

「いや、こういう二人で一部屋ってベッド二つあるもんだろ」

「ないからベッド大きいんでしょ」

「ま、マジか……」


 え? まさかのダブルベッド? いやいやいやいや――――


「――――ってお前なんて部屋予約してんだよ! なに! お前俺に床で寝ろってか!」

「……そこに一緒のベッドで寝るって発想ないの」

「あるかボケ!」


 そんなことするくらいなら進んで床で寝るよ! ただでさえ同じ部屋でこちとら居心地が悪いっていうのに、一緒のベッドって……一応こいつも女なわけだし、そういうのはその、俺には早すぎるというか……


「せっかく安く収めてやろうと思って一部屋にしてやったのにひどい言いぐさだね」

「こんなことなら金かかろうがもう一部屋取ったほうが良かったよ! ああもう、せっかく高いホテル泊まったのになんでベッドがひとつなんだよ!」

「……そこまで嫌がらなくても…‥私だって多少傷つくのに……」


 頭を押さえる俺の横で何やら黒乃がボソボソと呟いていたが、まあどいうでもいい。とりあえずスポーツバッグを持つ手が疲れてきたので俺は自分の荷物を部屋の隅に置き、窓際のソファーにどっと腰を下ろした。すると今日半日の疲れがどっと出てきたような気分になって、もうこのまま寝てしまおうかなんてことを考え始めようとした時、それを防ぐように黒乃がボンッとベッドの上にトランクを放り投げた。


「まあベッドのことは後にして。当初の予定通り出掛けようか、クロード!」

 気を取り直しました、とでも言わんばかりに先ほどのボソボソモードから豹変した黒乃が笑顔で俺の対面のソファーに座ってくる。なんでわざわざ俺の目の前に座ってくる。


「えー……なんかダルいんでいやッス」


 正直に言うともう外出たくないですわ。なんつったって暑いし。


「ばかちんが!」

「ぶっ」


 パンッ。という乾いた音が響き渡り、俺の頬に痛みが走った。


「なんで! なんで今ぶったの! なんでだおい!」

「ゆとり世代がそんなんだから年々日本の子供の学力とともに体力が落ちてるんだよ!」


 と、俺の抗議を無視していきなり国レベルの問題を持ち出してきた。お前は文科省の回し者か。


「とまあ、クロードがそんなんだったら次の世代の子供達に示しがつかないから……外いこ?」

「それだけ! お前それだけ言うためにビンタしたのかよ! それもあまり似てない金八先生のモノマネまでして!」


 国家レベルの問題持ち出しとして外に引きずり出すためだけに長ったらしい屁理屈()ねたのかよ。なにより俺にビンタまでして。

 頬を押さえつつ、黒乃に睨みを利かせてやろうと睨んでみたが、ヤツは気にした風もなく、しつこく誘ってくる。


「せっかく来たんだから行こうよ!」

「えー……」


 実際に体の方はやや疲れている。朝からのバタバタのツケや暑さによって俺の体力は四割程度は失われただろう。元々文化系の俺は体力がないのだ。けれど改めてこの現状を見返すと、どうにもこのまま黒乃と部屋にいるのも気まずい。女の子というのはやや癪だが、異性の黒乃と同じ部屋で、それもベッドがひとつの個室で長時間過ごすというのは精神衛生上よろしくない。となればやや気が進まないが、外出したほうがいいのかもしれない。

 そう思った俺は仕方なく、両手を挙げ、降参のポーズをした。


「わかりましたよ。行きます、行けばいいんでしょう」

「うんっ。わかればよろしい」


 笑顔で返しつつ、軽く背伸びをして黒乃がドアの方へと歩き出す。


「じゃ、行こう。クロード!」


 その後ろ姿を欠伸をしながら見つつ、


「……へーい」


 俺の気持ちを体現しているかのごとくやる気のない声でそう返して、俺も出口へと向かった。

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