黄金の休日群 2
「じゃあね、クロード。明日は何時くらいに来る? 僕はいつでもいいけど」
「そうだな。洗濯とか色々しとかなくちゃいけないから、午前中には行くよ」
「うん、わかった。でも黒乃さんはどうするんだい? 家を空けたら黒乃さんが困るとおもうけど」
「あいつには色々言い聞かせておくから心配するな。ちゃんと行くよ。じゃあまた明日な」
「じゃあね」
いつもの分かれ道で竹中と別れて一人帰路に着く。
なんで今日は一人かというと黒乃が先に帰ったからである。
あいつは部活にも参加せず、用事があるからという理由でホーム―ルームが終わるやいなやすぐにどこかへ消え去った。
珍しいこともあるものだ。といってもまだ出会ってから一ヶ月くらいしか経っていないが、この一ヶ月あいつが放課後部活に参加せずどこかに行くということなかった。不思議に思うのも仕方ないだろう。
まあ大体の予想はついている。
あらかた明日からゴールデンウィークだからきっとその前準備というか、クラスの女子と出かけるから洒落た服でも買いに行ったとか、そんな感じだろう。あいつにも女子の友達はいるし、今日まで休日遊びに行ってなかったのがおかしいくらいだったのだ。別に不審がることはない。
むしろ喜ぶべきことだと思う。
あいつが女子と出かけるようになればこっちの世界の常識とかルールなんかを女子の友達を通して学んで、少しは今よりまともなになるだろう。そうすれば俺が背負うことになる危険や損害も最小限で済むだろうし、あいつの顔を日がな一日拝むことも少なくなる。いやあ、一石二鳥だね。ほんと。
加えて明日からはゴールデンウィークだ。泊まりがけで竹中の家に遊びに行ってアニメ鑑賞会やらゲーム三昧やらで過ごして全日程を潰して最っ高のゴールデンウィークにしてやるぜ。
そうしていれば帰りがけ志水に言われた、
「ゴールデンウィーク中は入界管理局の職務のことは忘れてくださって結構ですわ。ただでさえ人の出入りが多くなるのに問題を起こされてはかまいませんし。ゴールデンウィーク中はなるべく外出は控えて家でおとなしくしていてくだい」
というのも守れるだろう。まあ外出ってといっても竹中の家から出ないのだが、そこ、その家でおとなしくしていろってのは守ってるわけで問題ない。
明日からのことを一人想像しながら歩くというのは思いの外、歩が進むようで、俺はいつの間にか家に着いていた。
「ただいまー」
いつものように癖でそう言い、靴を脱いだところで、
「あ、おかえりー」
という声とともに黒乃が出てきた。
「帰ってたのか。どこ行ってたんだ。部活にも顔出さずに」
「ちょっとした用事。乙女のひ・み・つ」
どの面下げて乙女ですか。お前じゃどう足掻いても血なまぐさい戦乙女が限界ですよ。
「何その目。文句でも言いたそうだね」
「別に。微塵もないよ」
適当にスルーして自分の部屋へと戻り、荷物を置いて台所へ。
さて。今日は何を作ろうか。
夕食に作ったチキン南蛮を食べ上げ、片付けや風呂を済ませた俺は自室で明日からの竹中家宿泊に向けての準備をしていた。
えーと、このアニメのブルーレイと……このゲームも持って行くか。あとは……うん。十分か。よし。準備万端だ。
これでいついかなる時誰が襲ってこようと竹中の家にいくことができる。さすがだ、俺!
「と、危ない危ない。家を空けるんだったらやっておかなきゃいけないことがあったな」
重要なことに思い至り、部屋を出てすぐ横の部屋の前に移動する。
「おい、黒乃。溜まってる洗濯物あったら出しとけよ。明日から俺いないんだから」
「は~い」
何かを漁るような音ともに中から呑気な声が聞こえてきた。
「じゃあよろしくなー」
言って再び自分の部屋へと戻り、パソコンの電源を入れる。
ネットサーフィンでもして黒乃が洗濯物出すの待つとしよう。。
それから数十分後。
バタバタという階段を下りる音がしたので、多分洗濯物を出しに行ったんだろうと判断し、確認しに行くと、やはり洗濯機の中には黒乃の服があった。下の方は服で隠されていて分からないが下の方には俺に見えないように下着やらがあるのだろう。別に見たくない、というより普通に女物の下着を見るのもなんだからからありがたい配慮ではある。
「よし。じゃあ予約して寝るか」
素早くボタン操作をして自室に戻り、時間も十時半すぎだったので電気を消してベットに横になる。
部屋の外からは何やらバタバタと騒がしい音が聞こえてくる。……黒乃だろう。
一体何をしているのだろう、こんな時間帯に。普段ならこんな時間に物音を立てて騒ぐようなやつじゃないのに。
それに加え、俺の部屋まで聞こえてくるこの音の大きさ。
ここまで家は防音がなってなかったのか? だとしたらエスカレートして近所迷惑になる前にカラオケ並みに防音対策をしておかないといけない。というかそれ以前に夜な夜な騒がれては俺が不眠症になりかねない。
と、そんなことを考えている最中なのに横になったからか、瞼が段々と重くなってきた。どうやら人間は疲れには勝てないということの表れらしい。慣れてきたとはいえ、それだけ黒乃に普段苦労をかけられているからな。
こうしてゴールデンウィークを直前に控えた夜はいつも通りの天井を最後に見て、終わりを告げた。
「おっきろー!」
「ぐぼぁ!」
腹部へのいきなり衝撃。
それはどんな夢を見ていたかも忘れさせ、痛みとともに覚醒させるには十分な威力だった。あ、覚醒って言葉使うとかっこいいな。
――――じゃなくて!
「お前はなにしてんじゃあ!」
すぐ横にいた黒乃に顔だけを向け、叫ぶ。
「ボディブロー」
「平然と言うな! 痛いだろうが!」
だからなんか吐き気がするのか。もっとまともな起こし方があるだろうになんでわざわざボディブローで起こすか、このバカは。
「大体こんな時間に何の用だ。腹減ったのか?」
壁に掛けられた時計を見るとまだ五時を少し回った程度。休みの日、いやたとえ学校の日でも起きるには早すぎる時間だ。
「ちっ、ちっ、ちっ。はずれ。ていうか人のこと何だと思ってんのクロード」
「暴食怪人」
「もう一回ボディブロー喰らいたい?」
「訂正。麗しき美少女です」
見てくれだけの。
「え、あ……そのまあ間違いじゃ、ないと思うけど……」
そんなことをボソボソと呟きながら顔を赤める黒乃。いやそこで照れるなよ。反応に困るだろ。
「で、何の用なんだ。こんな朝っぱらから」
場の空気を変えるため再び本題を切り出す。
「とりあえず急いで出掛ける準備して。四十秒で支度しな!」
「早っ! てか無理!」
飛行石でも狙ってる空賊のようなことを言って黒乃は「よろしく」なんて後付けして俺の部屋を出て行った。
今から出掛けるってラピュタにでも行く気ですか、お前は。
それから四十秒とは言わないまでも言われた通りなるべく早く着替え、洗濯物を急いで乾燥機にぶち込んだ俺は黒乃の待っている玄関へとやってきた。
寝間着から着替えたのか、黒乃はクリーム色のキャミソールの上に総レースのカーディガンを羽織り、下はショートデニムというカジュアルな服装になっていた。デニムからはきめ細やかな白い太ももが覗き、健康的な美脚がその存在感を露わにしていた。
なんというか、うん。普段と違う格好だから新鮮に感じてしまう。
というかそれ以前に服を買う金があったのか、こいつ。俺はこいつにそんな服を買うような金はやった記憶はしないし……あ、いや待てよ。
こいつは入界管理局に色々と影響力を持っているようだし、その関係で何かしら援助でもしてもらってるのかもしれない。こっちの世界に住むにあたっても戸籍とか準備してもらってるし、あながち当たってるかもしれない。だとしたらこんなやつを住まわせている俺にも援助のひとつぐらいほしいもんだ。
いつもより洒落た格好をしているせいか、少し雰囲気が変わり調子が狂った俺は慌てて視線を黒乃から床下に落とす。すると黒乃の足下に見慣れた物を見つけた。
「おい、準備終わったぞ――――ってなんだそのトランク!」
黒乃の足下にあったのはこいつが始めて俺の家に来た時に持っていた異常に物が入る魔法のトランクだった。
「なんだよその荷物。前は旅行にでも行く気か」
「うーん、あながち間違いじゃないかな」
「はあ! お前どこ行く気だよ! 俺は今日竹中の家に泊まりに行くんだぞ。近所のコンビニくらいならいざ知らず、そんな泊まりがけで行くような場所に行けるか!」
冗談じゃない。これからの数日間、俺は竹中の家でサブカルチャー三昧の日々を過ごすんだ。それを邪魔されてたまるか。
それにたとえ用がなくてもこんな人の出入りが多くなるゴールデンウィークに泊まりがけで出掛けたくなんかない。というかそんな余分な金が家にはないのでそもそも無理な話なのだが。
「えー。行こうよ。このインドア」
「うるさい黙れ。こっちは先約があるんだよ。大体、出掛けるってどこに行くんだよ」
「ここ」
言って細長い紙切れを一枚差し出してくる。なんだこれ?
見るとそれはホテルの予約確認表だった。えと……隣の県か。
それも隣接する県の中で、そこの県民の皆さんには悪いが、俺の知識では観光名所がすぐに思いつかないぐらい地味な場所だった。
「……なんでこんな所に……」
「ちょっと個人的に興味があってね。ただの観光だよ、観光」
「観光ねぇ……」
怪しい。実に怪しい。
ゴールデンウィークだからそれを利用して観光ってのはわかる。しかしなぜにこんな辺鄙な所に行く必要がある。どうせ行くなら近場にだってそれなりに有名な場所もあるし、日本屈指の観光名所だって遠くにだがある。でもそれを踏まえた上でこことは明らかにどこかズレているような気がする。それともこの予約表に書かれた場所付近には俺が知らない隠れ観光スポットでもあるのだろうか。いや、でもやっぱりホテル取ってまで見に行くようなスポットがあったかなあ……ってホテル!
「まて。お前ホテルの取る金あったのか」
「あったよ。クロードの部屋のタンスの下から三段目の引き出しに」
「はああああああああああああああ!」
叫ぶと同時に階段を上り、自分の部屋へと駆け込みタンスを引き出して隠していた通帳を確認すると、
「引き出してある……それも……昨日……」
それも万単位で。
「テメェェェェェェェェェェェェェェェ何してくれとんじゃあああああ!」
階段を三段越しで降りて玄関の黒乃へと近づき至近距離で叫ぶ。
「これは俺の貯金通帳だろうが! なに勝手に引き出してんだよ!」
「えー別にいいでしょ。生活費の入った通帳じゃないんだし」
「そういう問題じゃない! ていうかなんで暗証番号知ってんだよ!」
「そこはほら、秘密ってわけで」
なんて言って誤魔化す黒乃。これはそうそうに暗証番号変えないと。
「とにかくそのホテルキャンセルしてこい」
「あ、無理無理。だってこれ今日のだし」
「は?」
「それも朝食付きだよ?」
「なにしてくれてんだよ!」
最悪だ。この上なく最悪だ。
用もない場所にいくためにとホテルまで予約して。その上キャンセルできないし、おまけに俺の通帳から引き出して。
「は、はは……」
自然となぜか笑みが漏れた。あれ、おかしいな。なんで笑っちゃうんだろう。
「じゃあ行こっか」
こうして俺のゴールデンウィーク初日の朝は最悪の形で幕を開けた。
字源市がどんどん小さくなっていく。
住み慣れた街は遠ざかり、電車はどんどんと加速していく。
「……はあ」
俺の生きたくないという気持ちとは裏腹にどうやらこの電車は行く気満々らしい。……まあそれが仕事なわけだし、文句を言ったって何ら返ってくることもない。電車は悪くないのだ。悪いのは全部、今目の前にいる、駅構内のコンビニで定価四百九十八円で売っていた弁当を頬張っている黒乃だ。
ため息とともに下げていた顔を上げると、いつの間にか弁当を食べ上げ、我が家の居候は窓に張り付いて何やら感嘆の声を漏らしているいた。そんなに外の風景が珍しいのだろうか。
電車の旅なんて、各世界を旅しているらしいあいつには別段珍しいものとは思えないし、何よりあいつ自体、電車並みの速さで走れるのではないだろうか。その、どこかのライダーがキャストオフしたような感じで。
そんな感じでどうでもいいことを思いつつ、しばらく本を読んだり、音楽を聴いたりしていると眠気が襲ってきた。
……眠くなるのも当然か。
朝、竹中に断りの電話を入れて、それから目的の場所に向かうために重い荷物を背負って、いつも使う駅とは違う駅に急いで向かったりなど朝から慌ただしかった。普段こんなバタバタした休日を過ごさない俺にとってはまあ多少は堪える。
まず向こうについたら観光とかどうでもいいんでさっさと休むことにしよう。もうなんかここ数時間で動く気力が無くなった。
意識が段々と掠れていく中、俺はそれに従うように到着までの少しの時間眠ることにした。