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エピローグ:黒子

「―――それで、彼女の様子はどうかな? リゼル局長」


 入界管理局日本支部のとある一室。

 暗闇に飾られた部屋の中で唯一の光源である空中投影の前で、入界管理局日本支部局長ゼクト・リゼルはディスプレイから映し出された男を前に慌てたように近くの書類を手に取った。


「えー……ここ最近は大人しくしていたようなんですけど……その、先日、字源市で起きた強盗事件に介入しまして……強盗二名に内臓破裂の重傷を負わせた件を覗けば、その、特に問題は起こしてないかと。ああっ、でも介入した事実については広域魔方陣を使用した記憶消去と情報統制によって一般には知られてませんのでご安心を」


「ふむ。なるほど。大事にならず良かったよ。でも、広域魔方陣の多使用は避けてくれると助かる。何かと日本政府がうるさいのでね」

 

 ディスプレイに映し出された男がさも気にした風もなく言う。

 普通なら災厄の使徒が一般の事件に介入すること自体かなり問題があるはずなのだが、被害が被害なだけに問題視する必要はないのだろう。いや、むしろ災厄の使徒が絡んでこれだけで済んだというのは幸いなことなのだ。だから気にかける必要もないのだろう。


「今のところ彼女については、特に問題視することは起きていないか」

「まあ、そうなんですが……あの、別の問題が生じまして……」


 別の書類を手に取りながらゼクトが言いにくそうに顔を曇らせる。


「実は先日彼女が介入した強盗事件なんですが、どうやらこの世界とは別の組織の関係が示唆されていまして……」

「それはどういうことかな」

「はい、先日起きた強盗事件のリーダーの血液中から謎の成分の反応がありまして調べたところ、アザロニア条約で禁止された海馬部分に影響を与える薬剤を投与されていたとわかりました」

「海馬、ということは記憶に関する薬剤か」


 ディスプレイの男の顔が少し曇りを帯びる。


「そしてさらに強盗集団の使用した火器なんですが、どうやら字源市にある自衛隊の駐屯地から盗まれた物なんですが……おかしいんですよね。駐屯地とはいえ、それなりにセキュリティも働いている場所にただの、それも普通の人間の強盗集団が侵入し、なおかつ武器の奪取までしてのけるというのは。加えて奪取された武器も強盗集団が持っていた数と合いませんし……」

「つまり、何者かが武器の奪取を手引きし、銀行を襲うように手引きした、というわけか」

「ええ、我々の見立てではそうなっています。ですが何ででしょうね。武器を盗んでわざわざ銀行を襲わせて、手引きした連中は何を考えているのやら」


 少しの間、顎に手を当てていたディスプレイの男が、「なるほど」と小さく呟く。


「これは揺動だね」

「よ、揺動っ!」


 ゼクトが驚きの声を上げる。


「ああ、どうやら手引きした犯人は気取られる時間を稼ぐために銀行を襲うように仕向けたんだろうね。多分、武器を奪取する手伝いをするとでも言って人を集め、その後に魔法薬を投与したんだろう」

「だとすると手引きした者は最初からある程度露見することを分かった上で行動したということになりますが……」


 自分の犯行が後々分かるようにしておくというのは、心理学上あまり一般的ではないだろう。だが、一般論からあえて外れてまでの目的とは一体なんだろうか。考えてみるがどうやらゼクトに分からないようだ。何も思いつかない。


「手引きした者の本命は武器の奪取だけだった。だから後々バレようがどうでも良かった。とまあこんなところだろうね。実際、証拠もそれだけしかないのだろう?」


 男の顔が答えを促すようにゼクトに向けられる。


「おっしゃるとおりで、駐屯地内のカメラにもダミーが流れていまして犯人の顔も何も映っていませんでした。証拠はまあ……実際その魔法薬だけですね。まだ足取りも分かってはいません」

「なるほど。分かった。さすがにそれだけの情報ではこちらも対策を練ることはできないがくれぐれも注意してくれ。入界管理局日本支部(きみたち)はただでさえ人員が他の支部と比べて少ないのだからね。あと、分かったことがあったら追加で報告を頼むよ」


 やっと終わったか、とゼクトが安堵の顔をしかけたが、忘れていたことを思い出したかのように男が言う。


「ああ、あとそうだ。()の少年の様子はどうかな?」


 忘れかけていたというのにむしろこちらが本題とばかりに男の顔が少しばかり鋭さを帯びたものへと変わる。

 先ほどから映し出されている男の年齢は見た目からして二十代後半。初見では男か女か瞬時には判断できない中性的な顔立ちで、中肉中背といった具合だ。だが、長い髪の間から少しはみ出ている尖っている耳からして正確な年齢などわかりようもない。少なくとも見た目通りの年齢でないことは確かだろう。


「指令通り適当に理由をつけて監視しやすいよう日本支部の非常勤職員として所属させましたが、今のところ変わった点は見受けられません。先月末の準知的生命体の件の後、色々と調べてみましたが、体は普通の人間のものでこれといって特に特質すべき点はありませんでしたし……無理の所属させることもなかったのではないでしょうか?」

「いや。それでも朝野君は準知的生命体のレベル(スリー)と対等以上の戦闘をしていただろ」

「ですがあれは災厄の使徒(かのじよ)がもたらした魔法具の付加能力では」

「それはないよ。あれほどの戦闘能力を使用者に与える魔法具だ。一般人、それも普通の人間が使用してタダで済むわけがない。僕の見立てだとあれを使用したら最悪死ぬ可能性だってあるよ」

「で、ですが現に朝野蔵人は使用して現在も普通に生活してますが……」

「だからこそ、彼を監視しやすいように入界管理局に所属させたのだろ。あの正体不明の魔法具を使って無事でいるというのはおかしいからね。それに――――」


 空中に映し出された男がパチンと指を鳴らすと、男が映し出されている左側にモニターが出現して映像が流れ始める。


 その映像は赤い柱が映っていた。それは先月末、蔵人がグールとの戦闘時の映像を録画したものだった。


「この赤い柱も気になる。なんでも各世界のあちこちでごく少数だがこれに似た黄金の柱が確認されているようなんだよ。もしかしたらそれらと何か関係があるのかもしれない」

「はあ……」

「それに彼を監視しておけば、災厄の使徒(かのじよ)が入界管理局にその存在を確認されながらも字源市に留まっている理由がわかるかもしれないしね」

「なるほど」

「だから君にはこれからも引き続き、朝野蔵人と彼女の監視の監視を任せるよ」

「了解しました」


 カクカクとした動きで敬礼をするゼクト。これで報告も終わりかと安堵しかけたところで、


「色々と頼み事してすまないね。あと重ねて言うけれど注意は怠らないように。朝野蔵人はともかくとして彼女は――――」


 ディスプレイの男の声が低いものへと変わる。



「――――百年前に殺戮を行った『血染めの天使』なのだからね」



 ゴクリとゼクトが喉を鳴らすと同時に「それでは僕は失礼するよ」と言い、部屋の中を唯一照らしてしたディスプレイが消える。

「えー……そんな大事(おおごと)だったの…………」

 再び暗くなった室内をゼクトのため息が微かに空気を揺らした。




            ※ 


 光が高速で過ぎ去り、軌跡を描いていく夜の高速道路。その暗闇に包まれた中を走る一台の中型トラック。

 何の変哲もないどこにでも走っていそうな運送用のトラックには二人の搭乗者がいた。一人は運転を務めるややほっそりとした男。夜間だというのに深々と帽子を被り、着ている作業服の袖から出ている手はこの国の人間にしては白い。

 もう一人は助手席に座る、同じく作業服を着た男。運転手とは違い帽子は深くまで被っておらず、覗く二つの双眸からは高速道路に各所設置してある外灯を反射してか、鋭い銀色の光を放っており、およそ一般人とはいえない雰囲気を醸し出していた。

「こちらα(アルファ)。第一フェイズクリア後の経過を報告します」

 と、助手席の男が懐から手の平サイズのインカムのようなものを取り出し、何やら話し出した。自らを α (アルファ)と称した男の声は意外にも澄んだ声だった。


「奪取した武器弾薬とともに現在目的地に進行中。今現在問題となるような事態は確認されず、このまま行けば日本標準時〇〇七〇時には目的地に着くかと思われます」

 窓の外に視線を移しながらさらに続ける。相変わらず外には並列する車両や外灯、遠くの方には都市だろうか、うっすらと光を放っている。だが、無理もないここは山中だ。昼間ならまだしも夜間となると見るものなどそうそうありはしない。


「――――では。これで経過報告を終わります」


 言って耳からインカムを離し、懐に仕舞うα。

 報告が終わったからといって運転手と話すということせず、窓に視線を写すことどれくらい経過しただろうか。不意に車体が揺れた。


「む」


 反動からか、被っていた帽子が膝の上に落ちる。

「どうした β (ベータ)

「すみません。道路に何かの資材が落ちていたようで」


 始めて口を開いたβと呼ばれた運転手の口調は淡々としていて、どこか人形じみたものを感じさせるものだった。


ε(イプシロン)。今の揺れは問題ないか」


 と、再びインカムを操作し、αが視線を助手席の後ろ――――荷台の方に向く。


「調整中の武装には問題ありません。しかし、もうしばらく時間はかかるかと思います」


 まるであらかじめ決まっていたような台詞(せりふ)がとともに若い女性の声が返ってきた。しかしβと同じく淡々とした口調には感情の色は一切覗えない。


「そうか」


 短くそれだけ言って膝の上に落ちた帽子を摘み、再び暗闇へと視線を向ける。

 淡く輝く銀髪を隠すように、自らをαと称した男は今度は目元まで帽子を被った。 

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