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日常の中の非日常 9

 圧倒的だった。

 

 それはその場に居合わせた者なら全員がそう思うだろう、というぐらい確かなものだった。

 あれから志水は銃撃の音が響く中を平然と駆け抜け、残りのメンバー十人ほどをすべて片付けた。それも無傷で。所要時間は一分とかからなかっただろう。さすが魔術師様ってところか。

 それにしても銀行強盗皆様も運がなかったものだ。まさか人質の中にウィザードが紛れ込んでいるとは思わなかっただろう。それもただのウィザードではなく、入界管理局所属の。


「ごくろうさん」


 もう出ていっても大丈夫だろうと判断した俺は椅子の影から出て志水の元に歩いていく。


「朝野さん。あなた今までどこに」

「ん、隠れてた」

「はぁ! 何考えてますの? こんな状況だったというのに」

「こういう状況だから隠れてたんだよ。ほら、俺が出て行っても何もできないだろ」


 あと口には出せないけど………うん、正直怖かった。


「まあ確かにその通りですわね。朝野さんが出てきたところで足手まとい、もしくはそれ以上のことになりかねませんし」

「あーそっすねー」


 相変わらず嫌味な言い方だ。


「で、これからどうすんだよ。銀行強盗に人質、警察にまでお前がウィザードって知られたぞ。このまま何もしないで帰るってわけにはいかないんだろ?」

「ええ。ここまで派手にやったからには隠しようがありませんから記憶消去ぐらいしておきますわ」

「へー」


 そういやこの前のグールの件の後、一時期記憶を消されてたな、俺。ま、あの時とは違って今回は永久的に消すんだろうけど。

 さて、と。


「じゃあ、あとよろしくな。俺帰るから」

「何を言ってますの? これから入界管理局に行くんですのよ。勝手に帰られたら困りますわ」

「は?」

「少し待っててもらえますかしら。今、広域魔方陣を使用した記憶消去の要請を出しますから」


 言って俺もつい最近貰った武器転送用端末とやらを出して、何やら操作し始めた。


「あ、こちら非常勤職員の志水です。実は……あの、第一エリアの……はい、展開を……」


 志水が何やら話し込んでいる間に暇つぶしに銀行内を見回してみると、未だ縛られたままの人質一同が「なんだこいつら」みたいな視線を俺と志水に飛ばしいることに気づいた。ついでに警察も同じ様にこちらを見て固まったままだ。


「あー………」


 当然の反応っちゃ反応なんだがこうも注目されるとやっぱり気まずいな。まあ記憶を消してくれるって話だから日常生活に支障はないだろうけど、なんとなく心配だ。

 気まずくなって人質一同から視線を外して、近くで伸びている強盗メンバーを順々に見回していく。

 見た感じ、全員目立った外傷はないようだ。多分志が水手加減をしたのだろう。

 手加減をしながら戦えるって時点で志水と強盗の力量差はハッキリしていたわけだ。今思い返すとほんと、こっちが可哀相になるくらいの手際の良さだったよ。銀行強盗諸君にはご冥福お祈り申し上げたい。

 それから残りのメンバー見ていってるとふと、何となく偶然、気づいてしまった。

 ……一人いない?

 正確にはリーダーが。

 先ほどいた場所に。


 ――――まさか!


 急いで銀行内のあちこちに視線を走らせると――――いた。

 カウンターの影から目立たないようにか、拳銃を覗かせている。先ほど持っていた小銃と違う所を見ると拳銃の方が目立たないと考えたのだろう。

 小銃の照準器が志水の方に向けられる。 

 俺が見ていることに気づいたのか、引き金かけられた指に力が入ったのがわかった。

ヤバい!


「志水!」 


 反射神経をフル活用して志水に駆け出し、突き飛ばそうとするがこの距離だと手が届かない明白だった。瞬時にそう思った俺は気がつくと足を出していた。

 間に合え!


「おっ!」


 瞬間。咄嗟に出した足が志水の腹部に直撃し、なんとか突き飛ばすことには成功した。が、同時に太ももに鋭い痛みが走った。


「――――っ、朝野さんいきなり蹴飛ばすなんて何考えてるんですの」


 近くで志水が抗議の声を上げているが、今は、それどころ……‥じゃない。


()ってぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」


 激しい痛みの現れか、太ももから血が溢れ出す。うおっ、超痛い。この前のグールに受けた一撃よりは幾分かマシだけど、でもやっぱすげー痛い!

 俺が撃たれたことによって人質となっている人たちが悲鳴を上げる。


「ちょっと朝野さん!」


 騒ぎ出す人質の声を押しのけ、現状に気づいた志水が駆け寄ってくる。


「気をつけろ、志水! 強盗グループのリーダーがカウンターの裏に隠れてる!」

「―――なっ、まだ動けたんですの! 手加減し過ぎましたわ」


 軽くカウンターの方を流し見ると、渋い顔を浮かべたリーダーが再び銃口を志水に向けるのが分かった。次を撃つ気か。


「志水次が来る!」

「わかってますわ!」


 障壁を前面に展開してリーダーのいるカウンターへ駆ける志水。


「ふぅ」


 これでひとまずは終わりか。……あ、いや、終わりじゃねえか。今はとりあえず早く病院に行かないとヤバい。

 安堵のため息を漏らし、目を閉じたその時、銃声が響いた。どうせ志水に向かって発砲したのだろう。先ほど無駄だと分かっただろうにバカなことだ。そして二発目の音が響く。

だが、二発目はまったく予想外の場所――――正確には人質が集められている――――俺から見れば後方の方から聞こえた。


「えっ?」


 驚きの声を漏らしながら倒れる志水。

 腹部どころか倒れた床すらも染めていく真っ赤な血。

その事実を認識するまで何秒要しただろう。じわじわと現実が脳に染みていく。

 そう。志水は撃たれたのだ。

 それも防ぐことなく、ただ普通に。


「おい、志水!」

「……わたしがことが……詰めが甘すぎましたわ」


 苦悶に顔を歪めながら傷口を押さえ、立とうする志水だったが、やはりその傷だと立つことすら無理なようだった。俺と違い撃たれた場所が悪いから無理もない。


「ちっ、一発で仕留められなかったか」


 舌打ちをしながら後方からゆっくりと誰かが近づいてくる。不思議とその声には聞き覚えがあった。


「抵抗されたら面倒ですし、足と腕撃って完全に動けないようにしときますか?」

「え……?」 


 聞き覚えがあるのも無理はない。だってそれは先ほどまで俺の横に立っていた芦屋だったのだから。


「……そうか」


 志水が障壁を張っていたいたにも関わらず、なんで撃たれたのか今分かった。先ほど志水は前面に障壁を展開させていた。しかし後方には張っていなかった。つまり志水は後方から撃たれたのだ。いつに間にか意識を取り戻していた芦屋によって。

 ……こいつもまだ動けたのか。


「いや、殺せ。どのみちもう引き返せねえんだ。今さら一人殺したぐらいでどうってことねえ。それにこの嬢ちゃんはウィザードだ。何されるかわかんねえし、殺したら殺したらで、人質の重要性を警察連中に分からせることもできる。一石二鳥だ」

「なるほど。わかりました。じゃあ、殺しますね」


 芦屋が(うす)ら笑いを浮かべて銃を志水の頭へと向ける。


「おい、あんたらやめろ! 殺すまでもないだろ!」

「芦屋。そいつちょっと黙らせろ」

「―――――がっ」


 俺の言葉を無視して、後頭部に蹴りが入れられる。一瞬意識が遠のきそうになるが、歯を食いしばってなんとか耐える。が、痛みでうまく立つことができない俺には止めることすらできそうにない。

 それにもし仮に止められたしても、抵抗した俺が殺されることになるのは明白。こんな所で死ぬ気なんてさらさらないが、かといって志水を見殺しにすることもできない。

 くそっ。だからあそこでうまく隠れてやり過ごしときゃ良かったんだよ。

 後悔の念が今さらながらに湧き上がってくるがもう遅い。

 ゆっくりと芦屋が引き金にかけた指を引いていく。


「やろ―――」 


 ――――――ろ、と言いかけたその時、轟音が響き渡った。

 壁を穿ち、砕く音に遅れて飛び交う悲鳴の数々。

 崩れゆく壁の中を堂々と闊歩(かっぽ)する音。

 姿を現したそいつはその場に似合わぬ調子で言った。


「助っ人さんじょー……なんちゃってね」


 今まで起こっていたことが嘘のようにすら思える静寂の中でてへっと可愛らしい仕草で頭を小突くその姿は明らかに場違いだったが、タイミング的にはバッチリだった。

 俺も一瞬、この場の例に()れず驚いてしまったがこいつ(・・・)が来ても別におかしくはない。なんせこいつは呼んだ俺ですらその存在を忘れていた我が家の居候様であったのだから。


「……よお、遅かったな。クロノス」

「あ、クロード、無事……じゃないか。なんともみすぼらしい(てい)たらくだね」


 家に帰ってそのままだったのか、服装は制服で、まるで買い物帰りにたまたま寄ったみたいな気軽さだった。


「お前が来るのが遅すぎたんだよ」

「って言われてもねえ。私だって家でゆっくりしてたトコにいきなり『いたがんこうにいるきめくれ』なんてわけのわからないメール送られてきたらそりゃ困るよ」

「あれ。ちゃんと送れてなかった?」

「うん。バッチリね」


 ミスったな。ガラスの反射を利用してメールを打つんじゃなかった。でもあの場じゃああするしかなかったし、それに来たにはきたんだし、別にいいか。


「おい、なんだお前……ど、どっから来やがった」


 未だ固まっているリーダーをさておき、いち早く硬直から回復した芦屋がクロノスに銃口を向けながら、おかしなことを言う。そりゃ、見れば分かるだろう……


「どこからって。あっち」


 どうでもよさげに自分の来た方――――破壊された壁の方を指す。


「てか、壁壊して入って来なくてもよかっただろ」

「急いでい来たんだから仕方ないでしょ。ていうか、せっかくきてっやったんだから少しはありがたがったら?」

「そんな真似しねえよ。お前には今回のこの件を踏まえても相殺しきれないほどの迷惑をかけられてるからな。つーか逆にお前が俺にありがたがれ」

「―――な、なんであなたが……」


 腹部からの出血すら忘れ、クロノスを見て絶句していた志水が苦しみを噛み殺し、睨むような視線を向けてゆらゆらと立ち上がる。


「別にー。呼ばれたから来ただけだけど」

「何をする気ですの」

「この状況見れば分かるでしょ。助けに来たの」

「だ、誰があなたなんかに助けを乞うものですか」


 真っ赤に手を染めながら傷口を押さえ、ゆらゆらと立ち上がり、芦屋を睨む志水。

 こんな状態でも志水はクロノスに助けを求めないのか。自分が死ぬかもしれないというのに。


「この(アマ)まだ立てたのか。いい加減死ね!」

「あぶな――――――」


 予期せぬ発砲音とクロノスの声。

 いつの間にか硬直から回復していた強盗グループのリーダーがいつの間にか銃を構えていた。

 しまった。つい、クロノスが来たからといって安心感に浸っていたが、今のこの状況は一歩間違えると死んでしまう、そんな状況だったのだ。

 だが、どうあっても間に合わない。

 状況を理解したからといってすぐに行動できるはずもない動けるはずもない。

 銃の向けられた場所はおおよそ頭部。さすがにあれは受けたら志水でも致命傷どころか即死は確実。

 ゆっくりと流れる思考の中で、目の前をまともに知覚できないほどの速さで何かが通り過ぎていった。

 次いで床に聞き慣れた音。この音は響くような金属音は先ほど嫌というほど聞いた銃弾の落ちる音だ。

 思考に体が追いついて志水の方を振り返る。


「なっ―――――クロノス」


 クロノスがいた。それも志水の前でまるで盾になるように。

 ん? と、するとだ。こいつは俺が一八〇度振り向くより早く志水の前に移動したことになる。でも、クロノスは自分では魔法は使えないと確か以前言っていた。となると今のはただ単に普通に魔法も使わず、身体能力だけで移動したってことになるのか? 

 いやいやいやいや――――――


「えええええ! ちょ、おかしいだろ! いくらなんでも速すぎるって! ていうかもう短距離のテレポートですよ、それ!」

「な、なななな! 今までそこにいたのに!」


 俺と同意見なのか、芦屋がろれつが回っていない怯え混じりの声を上げる。


「別にテレポートとかそんな大それたもんじゃないよ。ただ動いただけ」

「ただ動いただけって………」


 まだテレポートとかの方がよっぽど常識的に思えるこの気持ちって、一体何なんだろうか。どうやらいつの間にか俺の中の常識メーターが非常識(クロノス)に侵略されてつつあるようだった。


「てめぇもウィザードか!」


 リーダーが激昂した声を上げ、近くに倒れていたメンバーから小銃を取り上げる。

 ……あれは先ほど見た連続発射が可能な銃か。


「ざ~んね~ん。私ウィザードなんかじゃありませ~ん」


 こっちはこっちでリーダーとは反対に俺から見ても非常にうざったいぐらい調子で問いに答える。


「っ。もう女だからって容赦しねえぞ、ガキ! おい、芦屋! まずこいつから始末すんぞ!」

「え、あっ、はい」


 ほら見ろ! お前がそんな態度だからリーダーさん怒っちゃったじゃねえか! 

 …………ていうか間違って撃たれませんよね?


「あーあ、めんどくさいけど我が家の食料生産機(フードメーカー)に危害を加えられちゃ困るからね。一丁手短に片付けてあげる」


 食料生産機(フードメーカー)ってなんだよ……。俺は何も好き好んでお前の食事を作ってるわけじゃないんだぞ、ていうかむしろ作りたくないんですけど。

 

 パシンッ。


 手を打ち合わせて不敵な笑みを浮かべ、ゆっくりとリーダーの方に歩いていくクロノス。

 まるで最初から勝ちは決まってますよと言わんばかりの勝者の歩み。……まあ言わずとも最初からこいつが銃持った強盗如きに負けるなんて思いもし

ないが。


「芦屋撃て!」

「はい!」


 瞬間――――先ほどと同じように銃口から光を放ち、数多の銃弾がクロノスへと放たれる。

 だが、それでもクロノスはまったく微動だに、それどころか防御の姿勢すらとろうとしない。この前の時みたい黄金の障壁も展開されていないのに。

 銃弾が切れたからか、それとも別の理由からか。リーダーと芦屋はそれぞれいきなり撃つのをやめ、足下に銃を落とした。


「ば、化け物!」


 さっきまでの怒りが嘘のようにリーダーが怯えだし、芦屋も同じように恐怖に顔を歪め、体を小刻みに震わせ始めた。

 何事かとクロノスをよく見ると、その変化にここに至って気づいた。

 制服は銃弾を受けたためか、所々破けたり穴が開いたりしていてとても裁縫というレベルで直せる領域を越えていて、ボロボロだった。それも当然だ。制服には銃弾を防ぐ仕様など施されていないのだから。

 だが、おかしい。

 誤魔化しきれないほどの違和感がそこにはあった。

 服がボロボロなのに――――血の一滴すら流れてない……?

 そう。

 クロノスからは血の一滴も流れていなかったのだ。制服のダメージに似合わずまったくの無傷。

 異常なほどの強度。決してウィザードやエルフ、いや、まともな生き物ではありえない頑丈さ。

 多分、それに二人は驚いているのだろう。


「そんな……魔法障壁もなく、生身で……それも無傷だなんて……」


 そして志水も。


「ちょっと痛いけど我慢してよね」


 言うか早いか再びクロノスの姿が消える。前方にいたリーダーが吹き飛ばされ、壁に激突。ついでいきなり何かが俺の横を通り過ぎていく感じ。

 振り返るとクロノスがいつの間にか、芦屋の前に移動していた。

 ゆっくりと。まるで焦らすように、恐怖を煽るように芦屋に近づいていく。

「く、来るな来るな来るな!」


 恐怖からか芦屋が(ふところ)から拳銃を出し、クロノスの顔面へと連射する。

 ガクンッ。

 反動からかクロノスが顔を仰け反らせる。


「あたっ」


 それだけだった。ありえなかった。

 銃弾が直撃したであろう額には例に洩れず血の一滴どころか、傷すらついていない。明らかに急所を撃たれて後とは思えないような光景だった。


「ったく。何してくれんだか。ま、いいや。とにかくこれではい、終わり」


 放たれる掌手が芦屋を捉え、その体はある程度床を転がったところでその動きは止めた。

 なんとも痛そうな一撃だった。


「ていうか、殺してないよな」

「失礼な。ちゃんと手加減してるって」


 芦屋の転がる様やリーダーの壁への衝突具合を見ると、とても手加減しているような一撃ではなかったように思えるけど、たしかにクロノスが本気ならばまず上半身は吹き飛んでいるな、と思い返し、まあ手加減はしてるなと一つ安心する。

 まあなんにせよ、と倒れ伏す強盗集団を見る。


「なんとか終わったか」


二人とも動かなくなったところを見ると、どうやら事件は一通りの解決を見たと思って間違いはないだろう。

 それにして死ななくてほんとによかった。身に迫る危険が危険なだけにさすがにこれはヤバいのではと思ったが、日常的な危険には非日常的なものが有効ということの表れなのか、クロノスのおかげでなんとかなった。ほんとこういう時だけは頼りがいのある奴だよ。


「じゃ、帰るか」


 と、立とうとしてから自分が撃たれていたことにいた。


「っ、ヤベ、かなり()てっ」


 出血量は撃たれた直後に比べれば少しは収まったが未だにまだ見て分かる程度には流れ出ていた。

 さすがにこれじゃ立てないな――――いや、今はそれより、


「おい、志水、大丈夫か。その出血だと……」


 言いかけて、言葉を止める。


「心配、いりませんわ。回復魔法で多少なりとは傷は塞ぎましたから……」


 志水の言うとおり、俺より酷い傷だったのだが、傷口からはもう出血は見られなかった。


「と言っても応急処置ですから……早く処置を受けないとありませんけど」

「んじゃ、早く病院に行った方が―――――――――」

「いえ、今はこの場を立ち去る方が賢明ですわ。さすがにそろそろ警察も来ることですし、色々と捕まったら面倒ですわ」

「ちょっと待て。記憶操作とやらはどうすんだよ」

「話している時間はありませんわ。警察が突入してくる前にここを出ますわ」


 言って志水がゆらゆらと立ち上がる。


「おい、無理すんなって。そんな体じゃ満足に動けないだろ」

「それは朝野さんも同じですわ」

「……っ」


 確かに志水より傷は酷くはないが、足を撃たれてるからな。さすがに満足どころか歩くことすらできないだろうな。くそっ。


「仕方ないなあ。特別に私が肩かしてあげる」


 突然脇腹あたりを掴む感覚と甘い匂い。気づくとクロノスが俺の体に手を回していた。


「ちょ、お前、なにして」

「歩けないんでしょ。ほら立った立った。手伝ってあげるから」

「……まあ仕方ないか。んじゃ、肩貸してくれ」


 女に肩を貸してもらうってのは不本意だが、このままこの場にいると面倒ごとに巻き込まれるのは火を見るよりも明らか。よって肩を貸してもらってでも早く立ち去るにこしたことはないだろう。

 肩を貸してもらい、なんとか立ち上がる。


「志水、さっさと出ようぜ」

「言われなくてもわかっていますわ」


 言って俺たちより先にクロノスが穴を空けた壁から外へと出て行く。

 俺より傷が酷いってのに頑張るもんだねえ。


「じゃ、俺たちも行こうぜ」


 と、クロノスと二人壁の穴へ向かって歩き始めようとしたところで、


「ひっ」


 近くで悲鳴が上がった。

 見やると近くにいた人質の女性が怯えた目で俺たちを見ていた。いや、その女性だけではない。人質全員がまるで異様な物を見る目そのものだった。時折、「ば、化け物」なんて声まで聞こえてくる。

 もちろんそれは俺に向けられた言葉ではないだろう。


「さ、行こ行こ」


 まるで急かすように(いや、実際早く出なきゃ行けないんだけど)口早にそう言って歩調を速めた。その顔は横顔しか分からなかったけれど、俺にはどこか憂いのような、けれども慣れたものへ辟易している。そんな風に感じられた。

 そうして志水の後に続いて俺たちは銀行を後にした直後、


『突撃!』


 という声が響き渡った。 

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