自動販売機で出会った災厄4
「……お茶です」
「あ、どもども」
今、俺はものすんごく可愛い女の子を家に上げている。その点だけ見れば普通にうれしい。
だが、どうやらこの女の子は普通じゃない。さっきの大剣を振り回していたのからして明らかだ。銃刀法を知らんのかこいつは。
見た目は可愛いのに化け物じみた力を持っている。そして性格もあまりよろしくない。なんとも惜しいものだ。
と、まあそんなことは置いといて。
「で、あの棒人間? はなんなんだ。そして君はなんだ? 見た感じだとこの世界の人間じゃないだろ」
「ん、まあそのとおりかな」
出した茶菓子を頬張りながら話す。おい、食べながら話すな。こぼれる。
「じゃあ、まず最初にあの棒人間はなんだ?」
「あれは世界と世界の狭間に存在するモノ。いや生物かな。私は『グール』と呼んでいるけどね」
「グ―ル? っていうか、生まれてこのかたあんなの見たこともないんだが」
「そりゃあ、あれが現れるのは次元の断層に穴が開いた時だけだからね」
「断層って、何?」
「世界と世界を遮っているものってことかな」
「世界と世界を遮るって……でも異世界人とかこの世界に普通にやって来てるぞ」
「今は転送装置があるから次元の断層とかあんまり関係ないんだよね~」
「そ、そうなのか……」
転送装置とかそんな専門用語とか言われてもよくわかんないんだけど。
「じゃあ、なんでその、グールだっけ? そいつが現れたってことは穴開いてるんだろ。その断層とやらに? 普通なら開かないはずなのになんで」
「ああ、それ私がこの世界に来る時に開けちゃったから」
「はい?」
今聞き捨てならないことを聞いたような。
「いや~、ゲート使うとお金掛かるからさ。あれ結構お金かかるんだよね」
「お前のせいかああああああああああああああああああ!」
クソ、こいつのせいで俺は酷い目あったのか。ほんとに死ぬかと思ったんだぞ。こっちは。
「あはは、ごめんごめん」
少女は笑いながら謝った。こんなに謝罪のこもってないごめんを聞いたのは初めてだよ。
「ん、まあそれは置いといて人に世界と世界を渡る力なんてあるのか?」
そんな力があるなら別に転送用ゲートとかいらないと思う。それにもしできたとしてもあんな大がかりな転送用ゲートまで使っているのだから相当難しいことじゃないだろうか。
「あ、えーと。私の種族はそういう力持っているんだよ」
「ああ、なるほどな……」
異世界には色んな種族がいるそうだからそんなのがいても別段おかしな話ではない。うん。納得だ。
「にしても凄かったな」
異世界人だから普通かもしれないがさっきのはかなり凄かった。あの流れるような体捌きは今でも忘れられない。まるでハリウッドの派手なアクション映画のようだった。
「何が?」
「君の体捌きだよ。あんなデカイ剣よくブンブン振り回していられるな」
「別にすごくないよ。持ち前の力だから……」
どこか憂いを含んだ目で少女は言った。
「住んでいる世界によって身体能力とかも変わってくるだよ。だから私の身体能力も大きな視点で見ると別に珍しくないよ」
「あ、そうなのか」
ありふれてるって。こんなのみたいなのが他の世界ゴロゴロいるのか。ちょっとした恐怖だ。
「……………ま、それでも普通の生物より遥かに上だけどね」
「ん、何か言ったか」
「い、いや。何も言ってない」
今ぼそっと何か言ったような気がしたが気のせいか。まあ、別にいいか。
「で、君はあのグールっていう化け物が現れるきっかけを作ったから後始末してるってわけか」
「まあ、そんなとこ」
「警察とかじゃ駄目なのか?」
「絶対駄目。無闇に近づいたら大変なことになるからね」
「大変なこと?」
「グ―ルは君も襲われたから分かると思うけど形が変化するの。まずは知的生物の体を通過して生物の固体情報を得て、世界という空間内で自由に動くための体を得る。次に確実な実体を得るために接触対象の恐怖する物のイメージを元に強固な体を疑似的に構築する。そして最後に知的生物を自らに取り込んで疑似的なものから完全なものへと変化させるの。段階に達した際の力は未知数、私でも勝てるか分からないぐらい強くなるだよ。もしこんなのが大量にこの世界に侵入したらどうなると思う?」
「大惨事だな」
「ま、そんな感じかな」
でも見た感じだとそんなヤバそうには見えなかったけどな。いや、見た目が見た目だったからかもしれないが。
この少女の話が本当なら俺はとてもヤバいものに遭遇したことになる。この少女が現れなかったら俺は今頃どうなってか。ああ、怖い怖い。
「まあ、ちゃんと私が狩りまくってやるけど」
狩るねえ。―――――そういえばさっきでっかい剣振り回してたな。ん、剣?
「今、気付いたんだけど君さっき大きな剣を持っていたよな。あの剣は?」
確かさっきとてもどでかい大剣を持っていた。でもそれは今見えない。外にでも置いてきたのだろうか。
「ああ、それならここにあるよ」
次の瞬間少女の手に光が集まったと思ったら光が剣の形を形成していき数秒後には先ほどのドでかい剣が少女の手に握られていた。
「はい、この通りここにありま~す」
「……もしかしてウィザードかなんかなの?」
「ウィザードじゃないけどこんなこと出来るよ」
少女は右手をゆっくりとあげる。
「はあっ!」
次の瞬間、光る何かが俺の横を通ったと思ったらリビングの窓が爆発した。
「………」
視線を窓があった方に移すと形も分からぬほど無惨な姿になった窓が黒く焦げて吹き飛んでいた。
「おい」
怒りを含んだ声で少女に呼びかける。
すると少女はどこかばつの悪そうな顔をして、
「な、何?」
「何じゃねーよ」
窓の方を指差す。
「これどうしてくれんだよ」
「や、やりすぎちゃった。て、てへっ」
「やりすぎちゃった。てへっ。じゃねーよ! お前これどうしてくれんの? 穴開いちゃったよ。風スースー入って来ちゃうよ。どうすんのこれ!」
「………ほんと、ごめん」
「ちょ、直してくれよ」
「私……魔法使いじゃないから直せないよ。ごめん」
な、なんてこった。こいつ直せないのにやったのかよ。
どうすんだよこれ。空き巣とか入り放題だよ。
今日中に業者に連絡しとかないといけないな。
いや、待て。これ結構お金かかるんじゃ……う~ん、こいつ金持ってないだろうし。どうする俺?
と爆散した窓について考えていると、
「そういえばちょっと訊いていい?」
「ん? なんだ」
この最悪少女から質問がくるとは。一体どんな質問なんだか。
あ、もしかしたら「窓、弁償するから金額教えて」って質問だったりして。
「君の名前。訊いてなかったよね」
「………」
ま、そうだよね。普通に考えてそんな質問くるはずないよね。少しでも期待した俺が馬鹿でした。
「私はクロノス。君は?」
「あ、ああ。俺は蔵人。朝野蔵人」
「……朝野蔵人。よろしくね、クロード」
「く・ろ・う・どだ。クロードじゃない」
「別にいいじゃん。言いにくいし」
なんでみんなクロードって伸ばすのだろう。人の名前はちゃんと呼べっての。
それにいきなり呼びすてだし。
「ああ、よろしくな。クロノスさん」
「さんは余計。クロノスでいいよ」
「そうか。ならそうするよ」
一応初対面だったから「さん」を付けてみたが余計だったらしい。俺は初対面でもちゃんと「さん」とか付けられたほうがいいがどうやらクロノスは違ったらしい。
「あ、そうだ」
とクロノスがコートの内側に手を突っ込んで何かを取り出す。
そして俺の前に取り出したそれを差し出す。
ブレスレット?
「何これ?」
「ブレスレット」
「いや、見れば分かる」
このブレスレットはなんだろうか。異世界の物だろうとは思うけど…‥…
「これ付けて」
「なんで?」
「これ付けたら魔法使えるよ」
「マジで!」
俺はクロノスの手からブレスレットを取り腕にはめる。
イエーイ! これで俺も魔法使い! RPGのキャラみたいに魔法使えるぞ!
と思った瞬間、
「いたっ!」
ブレスレットが急に小さくなって俺の腕すっぽりとはまる。
「ちょ、おい! これなん――――」
「はあーい、引っかかった!」
「はい?」
クロノスがいきなり嬉しそうに言う。
……ドユコト?
「おい、引っかかったってどういうことだ。あとなんでいきなり俺の手にジャストフィットした」
「これはね契約の魔法が付与されている腕輪でね。言うこと聞かないとこうなります!」
「いだだだだだだだだだ、痛い、痛い!」
腕にはめていたブレスレットが急に狭まり腕に食い込む。
手首ちぎれる。マジでちぎれる。
「と、こんな感じで締め上げちゃいまーす」
ブレスレットによる締め付けがなくなり痛みから解放される。
……ま、マジで手首取れるかと思った……
「おい、これ今すぐ取れ!」
「取ってあげないこともないけど、条件があります」
「条件?」
「私は今この腕輪にがグールを狩り終わるまで外さないという契約を与えました。つまりは早くグールを狩り終わらないと君は解放されないわけ。ってことでグール狩りを手伝ってもらいまーす!」
「はあ! ふざけんなよ。んなこと誰がするか!」
あんな化け物とも二度と会いたくない。てか見るのも嫌だ。
それに下手したら死ぬかもしれない。ぜってー御免被るね。
「そんな聞き分けのない子にはこれだ!」
「ちょ、痛い痛い痛い痛い!」
再びブレスレットが俺の腕を締め付けてきた。
………このクソ女。
「わかった、わかった! 言うこと聞くからちょ、勘弁して!」
「よろしい」
手首を締め付ける力が弱まり楽になってきた。締め付けられていた手首は真っ赤なっている。
はあ、痛かった。
多分これまで味わってきたどんな怪我より痛かっただろう。
ていうかなんでこんな目に俺が…………
「はい、そういうわけでクロードにはこれから一週間くらい私と一緒にグールを狩ってもらいます。返事は?」
「はあッ? ふざけんな。長すぎる」
「返事は?」
クロノスが俺の手にあるブレスレットを見ながら言う。
こ、こいつまたブレスレットで締め付ける気だな。
「あ、はあ~い」
俺は仕方なく返事を返す。だらしなく。
「よろしい」
今日はロクなことがない。
自販機でこいつに会って恥じかいたし、化け物に襲われたり、終いにはなんか変な腕輪はめられて化け物倒す手伝いするはめになったり………あ、なんか悲しくなってきた。
いきなりクロノスがおもむろに立ち上がる
「じゃあ、今日はもう遅いから帰るね」
時計を見るとまだ五時をちょっと過ぎたくらい。そんなに遅い時間ではない。
「そんなに遅いか?」
「私には色々やることがあるの!」
「ふーん」
「じゃ、明日また来るね」
「もう来るな!」
「契約したでしょ。グール狩るの手伝ってくれないとその腕輪外れないよ」
クソ、そういえばそうだった…………
「あ、ああ、わかった」
「じゃ、また明日」
そう言って笑顔で俺に手を振って帰って行った。
普通にしてりゃ、可愛いのに。なんとも残念なやつだ。
にしてもなんかやけに風が入ってくるな。
一体どうしたのだろう。
不思議に思って外を見る。
―――窓が割れていた。
いや、正確には窓とその周辺が焦げて酷い有様になっていた。
「忘れてた―――――――――――――――――――――――――――!」
そうだった。さっきクロノスが魔法とやらぶっ放したんだった。
―――そうか!
あいつ窓のこと突っ込まれるのを恐れて「もう遅いから」とか言って帰ったんだな。
この朝野蔵人一生の不覚。
再びリビングを見渡す。
割れたガラスが床に散乱し、窓は吹き飛んでいる。
「…………悪夢だ」
俺は肩と声のトーンを落としてそう呟いた。
アドバイスや感想など、書いてもらえたら助かります。