日常の中の非日常 6
成宮の口から志水の過去を聞いた翌日。
別に志水の過去を聞いたからといって何か物思いにふけるわけでもなく、俺は通常運転で午前の授業を終え、束の間の安息と言ってもあながち間違いじゃないんだろうかと思えるぐらい貴重な休み昼休みに竹中となぜかいつも仲の良さげな女子を差し置いて俺たちの所に来るクロノスと昼食を食べていた。
「あれ、黒乃さんとクロードのお弁当中身が一緒じゃないか」
「まあ一緒の家に住んであげてるからね。お弁当の中身が一緒なのは当たり前だよ」
「なぜにお前はいつも上から目線なんだ。言っとくけどお前の弁当作らなかったら俺の睡眠時間はもう少し長くなってるからな」
「別にいいでしょ、少しなんだから」
「お前はもう少し人を労るってことを学べ。じゃないとお前だけコンビニ弁当にすんぞ」
「してみれば? そんなにコンビニ弁当にお金かけたければだけど」
「はあ、ふざけんな。弁当はお前の自腹だ」
「無理無理。だって私、お金ないし」
「じゃあ、食べんな」
「ちょっと! こんなか弱い女の子をさらにか弱くする気!」
「か弱くねえよ! てか、昼飯抜いたくらいでお前が弱くなるか!」
クロノスのあまりにふざけた言動に思わず怒鳴り返してしまう。
「ま、まあまあ二人とも落ち着いて。ほら、みんな見てるし」
俺たちの言い合いを見かねたであろう竹中の仲裁により我に返り、周りを見るとクラス中の視線がいつの間にか俺たちに集まっていた。
うっ。我ながら熱くなりすぎたな。いかんいかん。冷静になれ。あくまで俺はクラスでは目立たない男子なんだから。
「すぅー、はぁー」
深呼吸して気持ち落ち着ける。
「と、とにかく俺に感謝して食べろよ」
「はいはい、わかりましたよー」
クロノスの微塵も感謝のこもってない返答を聞き流しつつ、再び弁当を突く作業に戻ること数分。三時間目の休み時間に一気飲みしたジュースが原因なのか、いきなり尿意が襲ってきた。
くっ、せめて飯食ってから行きたかったんだが……こりゃ、ヤバイな。
「悪い。食事中になんだけど、ちょっとトイレ行ってくる」
「相変わらずマナーがなってないね」
「あー、はいはいすいませんね」
てか、お前にマナー云々言われたくねえよ。
クロノスを適当にあしらいつつ、トイレに向かうべく教室を出る。
さすがに飯時ということもあり、廊下には先ほどの休み時間と違い集団で駄弁る生徒も誰もいなかった。
自分の教室から一番近いトイレに向かう。
それからちゃちゃっと用を足し、自分の教室に戻ろうとした時、
「あら、朝野君」
「あ、朝野さん」
運がいいのか、悪いのか。ばったりと入界管理局の二人と鉢合わせしてしまった。な、なんでこんな人通りが少ない時に。
しかも、志水と遭遇してしまったせいか、先ほどまで全然気にしてなかったのになんか話しかけづらいような気がしてきた。
「ちょうど良かったですわ。成宮さん、別にここで話しても問題ないですわよね。人通りも少ないようですし」
「問題ないと思うわ」
「では私たちも暇じゃないので手短に説明しますわね。今日入界管理局に来てもらいますわ」
「手短すぎてわからん」
「頭の悪い。さすが彼女の下僕だけはありますわね」
「下僕じゃねえし、それだけじゃ全然伝わんねえよ! もうちょっとわかりやすく頼む」
「はあ。まったく頭が回りませんわね」
なぜそこでため息をつく。まるで俺が悪いみたいじゃないか。
「つまり研修ですわよ、研修」
「研修! え、そんなのまであるのか!」
研修ってなにすんだよ、一体。もしかして危ないことじゃないよな………
と、志水の横にいた成宮が補足してくれた。
「大丈夫よ。研修といってもこの前説明し忘れたことを補足するだけだから」
「な、なんだそんなことかよ」
……良かった。訓練とか言ってこの前のみたいにアキノさんみたいにいきなり斬りかかられでもしたら最悪死ぬからな。
「ではホームルームが終わったら校門まで来てくださる? 不本意ではありますけどわたしが説明役に抜擢されましたし、今日は成宮さんも学校を離れられませんから二人で行きますわよ」
「……え」
マジかよ。昨日あんな話を聞いて若干気まずいのにそれが当事者である志水と二人で入界管理局に行くなんてことになったら気まずいどころじゃないぞ。
「なんですの、その反応は。別にいいんですのよ。朝野さんが一人で入界管理局まで行ってロックを外し、自分でマニュアルでも読んで理解してくだされば、ですけど」
「うっ……」
あの入界管理局の入り口となっているビルに入ってロックを解除し、おまけに迷路のような通路を進む、だと?
…………無理だ。
「すいません。やっぱ一緒に行ってください。お願いします」
「はあ。仕方ありませんわね。その殊勝な心がけに免じてこのわたしが一緒に行ってさしあげますわ。せいぜい私に感謝することですわね」
相も変わらず悪態をついてくるが、昨日の話のせいかどうにも言い返し辛い。が今はそれでいい。今まで忘れていたが俺はトイレに行かなくてはならないのだ。
このままいらないことを言って話を長引かせると俺の尿意が限界点まで達し、女子の前で漏らすという社会的地位を脅かす失態を犯してしまいかねん。
――――――うおっ! 言ってるそばから尿意が!
「悪い。急用があるから俺はもう行くな」
「ちょっと朝野さん!」
「ホームルームの後、校門前で待ち合わせでいいんだろ」
「ええまあ」
それだけ確認して俺はすぐさま男子トイレに向かい、ルービックキューブの達人もかくやといった具合に社会の窓を解放した。
「はぁ~」
危うく漏れるか膀胱炎になるところだった。危ない危ない。
……にしても志水と二人でかぁ~。
あまりというか気乗りしないな。昨日のこともあるし、二人だけではどう会話したものか………
それから俺はしばらくの間、放課後のことを考えながら便器の前の壁をなんとはなしに眺めていた。
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