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青春に必要な物 4

「―――――と、まあ死んだ家内も写真が好きでな、よく二人で撮りに行ったもんじゃ。じゃが、そんな家内も病に犯されての段々と二人で写真を撮りにも行けなくなってしまった。家内は一日中病室に入っていなくてはいけなくなっての。そんな家内にワシは外の風景を見せようとひたすらに写真を撮った。家内の喜ぶ顔が見たくてな。

 じゃが、そんな風に写真にかまけてばかりおったせいか、ワシが写真を持って妻の病室に訪れた時には、妻は死んでおったよ。何とも皮肉な話だ。妻を元気づけるために撮り始めた写真のせいで妻の最後に立ち会えなかったじゃからの。じゃがな、そんなワシに家内は手紙を残しておいてな、最後にこう書いておったのよ。

『私とあなたが大好きな写真をこれからもどうか大切にしてください。そして願うならあなたが大事にしていた大事な大事な写真を誰かに教えてやってください。私にとっての写真が生きる支えになったのと同じできっと誰かに支えになる。だからあなたもその写真(ささえ)大事にしてくださいね』

 とな。

 ワシは妻がそこまで言ってくれた写真を誰かに教えたいんじゃ。これは妻に言われたからではない。ただ妻が好きだった写真を誰かに教え、少しでも知ってもらいたいからなんじゃ。

 ――――おっと、長々と年寄りの話を聞かせてしまって悪かったの。まあ、何にせよ、入ってくれて嬉しいぞ」

 

 実に嬉しそうに笑う瀬木谷教諭。


「………」


 その光景を俺はただやるせなく見つめていた。

 ……ヤバい。とても今さら入りませんなんて言える状況じゃない。ていうかなんでこのタイミングでこんな重っ苦しい話すんだよ。このじいさん、絶対意図的にこの話しただろ。


「ずずっ」


 妙な音が聞こえ、視線を横に移す。

 すると竹中が涙目になって鼻をすすっていた。

 こ、こいつ、こんなに涙もろかったのか。知らなかったぞ。

 そして俺と目が合うとなぜか意味ありげに頷いた。何の頷きだ、そりゃ。

 次にクロノスに視線を移すが………棚の中のフィルムをなぜか分解している様子から全然聞いてなさそうだ。見ただけ無駄か。


「ほれ、入部届じゃ。これに記入して部活動見学が終わる三日後までに持って来てくれ。そうじゃな、ワシとしてはできるだけ早くがいいから明日にでも持って来てくれると助かる」

「あ、はい………」


 そして瀬木谷教諭は近くの机から三枚の入部届を取り出し俺に渡してきた。

 さすがに拒否することができず、渋々受け取る俺。


「いやあ、今年は三人も入って安泰じゃ、安泰!」


 そう言って立ち上がり、瀬木谷教諭はポケットから鍵を取り出した。


「さて、今日はもう閉めるからのぉ、今日はこれでお開きじゃ」


 いや、お開きも何もまだ入ってすらいないんですけど。

 それから部室を出る瀬木谷教諭と部室前で別れ、三人で生徒用玄関へと向かう。


「クロード。僕、写真にあれだけの感動があるとは思わなかったよ」

「写真っていうよりあの先生の話が感動的だっただけだろ」

「まあそこはともかく僕は感動したんだ。これは頑張らないといけないよ!」

「聞けよ、人の話」


 多少呆れながら頭を押さえる。感動したから頑張るってどういう思考回路してんだ、お前は。


「というか今日まで写真に微塵の興味すらなかったのによく言うよ」

「興味がなかったからこそ興味が持てるようにこれから頑張るんだよ。それに写真なんて趣味としてはぴったりじゃないか」

「お前の趣味はサブカルチャー全般じゃなかったのか?」

「趣味は別に多くても困らないしね。何事に手を出しておくのも悪くはないよ」

「そーですか」


 確かに多趣味なのも悪くはない。世の中知っていて損なことはないからな。でも、写真を趣味とするとそれを撮るカメラなんかの機材がいる。それらは決してタダというわけではなく、それなりに高額な物だ。残念ながら俺にはそこまで金を出してまで写真なんて撮りたくはない。俺は趣味と出費を増やすのごめんだからな。


「で、お前はどうする」


 視線をやや右後方に移し、クロノスに問いかける。


「え、私? うーん、どうしようかな」

「三人分の入部届けはもらってきたぞ」


 一応、こいつに入るかどうか訊いてみたが、ぶちゃけ、俺はこいつと同じ部活なんて嫌だ。ただでさえ家でもこいつの顔を見なくちゃならず、学校でも見なくてはならなくなったのだ。放課後くらいはこいつの顔を見たくはない。

 というかこいつといると何かと変なことに巻き込まれそうな気がする。それは前例もあるのであながち気がするという以上に正確なものだろう。

 だが、だからといってこいつを一人にするわけにはいかない。こいつは異世界人である上に入界管理局に恐れられている存在であり、常識がぶっ飛んでいるアホだ。

 もし、下手に騒ぎを起こされては一緒に住んでいるこちらまでいらぬ注目を浴びてしまう。そんな真似をさせないためには不本意だが俺がストッパーになるしかないのだ。だからこいつには俺と同じ部活に入ってもらう。

 つまりは写真部に。

 別に写真部でなくとも同じ部活ならどこでもいいのだが、まあ……さっきの瀬木谷教諭の喜びようを思い出すと断るのは少し気まずい。ここはもう写真部に入るしかないだろう。


「写真ねえ……うーん、でも運動部のほうが……」

「じゃあ、家に帰ったらこれに名前書いとけよ」

「ちょっとまだ私何も言ってないんだけど!」

「もう別にいいだろ。俺たちと一緒の部活で」

「えー!」

「それに」


 と、小声で続ける。


「一緒にいたほうが、もし入界管理局の仕事をしなくちゃならなくなった時に俺を手伝いやすいだろ。お前、手伝ってくれるって言ったよな? というか手伝うべきだ」

「あー、はいはい。わかったってば。入ればいいんんでしょ、入れば。ま、確かにそっちのほうが動きやすいから仕方ないか。まあそれとは別にクロードを手伝わないって手もあるんだけど」

「ふざけんな。そんなのは認めん」

「冗談だってば。冗談」

「冗談なら言うな」

「ん、二人で何を話してるんだい」


 少々声が大きすぎたようだ。やや前を歩いていた竹中がこちらを振り返る。


「いや、なんでもない。気にすんな」

「そう? ならいいんだけど」


 竹中が俺たちと歩調を合わせて俺の隣に並ぶ。


「それで黒乃さんはどこに入るの。やっぱり写真部?」

「うん。写真部にするよ。誰かさんが入れ入れうるさいから」

「おい、ちょっと待て。その言い方には語弊があるぞ」


 誰も好きでお前と一緒の部活に入るか。ただこればっかり本当に仕方ないからどうにもならんが。


「まあまあ、そんなに照れなくたっていいじゃないか、クロード。心配なんだよね? 黒乃さんのことが」

「違うわ!」 

「とにかく、明日から僕らは写真部だ。頑張っていこうじゃないか」


 ま、ほどほどには頑張るよ。

 廊下の窓に視線を移し、徐々に暗くなる空を見ながら俺はふと、ため息をついた。

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