青春に必要な物 3
「結局どの部活もいまいちだったな」
「確かに僕の思ったようなおもしろい部活はなかったね」
「うん。どれもパッとしなかったね。やっぱ私、運動部に入ろうかなあ」
「それだけはやめろ」
あれから俺たちは文化部が集まる特別教室棟へ行き、竹中やクロノスの気になる部活を適当に見て回った。全部見たというわけではないが、どれもなんというか、パッとしなかったと言うべきか、特にこれといって二人の気を引くものもなく、俺も別段気になるような部活もなかった。
唯一竹中が期待していたサブカルチャー研究会もいざ行ってみると太った先輩とやせ気味の先輩が狭い部室(主にどこから調達したか知らない等身大のフィギアなどが場所をとっていた)に数人いて美少女変身もののアニメを見ながら熱く語り合っていたり、デスクに置いてあるパソコンで女の子のイラストを描いたりなど色々とやっているようで一応、活発に活動しているようには見えた。
しかし、どうにも入ろうという気になるような部活ではなかった。多分、それには男しかいないというどこかむさ苦しい感じと部屋を占める汗臭さが影響したんだと思う。
そんなむさ苦しい空間に一応女であるクロノスが入った時の部員の顔は今でも忘れられそうにないほど喜びに満ちていた。が、クロノスも俺と同じように居心地が悪いと感じたのか、中をちゃんと見る間もなくすぐに出て行った。竹中も期待してわりにはよく見ることなくすぐに出て行ってしまい、俺もそれに部室を出た。
「竹中、お前結構サブカルチャー研究部に期待してたようだけど入らなくて良かったのか?」
「うーん……活動内容的には割と良かったんだけどなんというか……その、居心地が悪くてね」
まあ、美少女の変身シーンを何回も繰り返し見て、汗を滲ませながら討論してる男たちを見ればさすがに居心地を悪いと感じるさ。俺だってあんなのに仲間入りしたくはない。
「同感。俺もむさ苦しくて入ろうとは思わなかったよ」
さて、これで当てが無くなったな。これからどうするか。
「これからどこに行くんだ? 大抵の部活は回ったけど、どうする?」
「そうだなあ………」
竹中も期待していた部活以外のことは考えていなかったのか、考えるように唸る。
「僕はこれといってこれ以上回りたい部活はないよ。クロノスさんはどこか行きたいとこある?」
「私はとにかく一応全部の部活動を見て回りたいかな」
「うわっ、なんて面倒な」
「いいでしょ。こっちの文化に触れる良い機会なんだし」
「こっちの文化?」
竹中が不思議そうにクロノスを見る。
「ああっ、なんでもない! 気にすんな。それより竹中これからどうするんだ? もう帰るか?」
「うーん、何にも入らないってものなあ………そうだ。まだ文化部で見てない部活もあるし、ちょっとだけ見ていかない?」
「別にまだ時間あるから俺は構わないぞ」
「私も別にいいよ」
「じゃあ、次は文芸部でも見に行こうか」
「ああ」
「文芸部って何してる部活なの?」
と、クロノスが竹中から借りた紙を見ながら首を捻る。
「文芸部っていうのは主に物語なんかの読み物を作っている部のことだよ。そうだね、例としてはライトノベルとかラノベとかかな」
「おい、被ってるぞ。それ」
どんだけラノベを推すんだよ、こいつは。
「つまり本を作る部活ってこと?」
「まあ、あながち間違いじゃないな」
「本を作る部活ねえ………。ま、見てみてもいいかな」
「じゃ、行くか。クロノス―――じゃなくて黒乃。その部活の場所が書かれた紙見せてくれ」
ふむ。三階の端の方か。
場所を確認し、歩き出した俺に付いてくる二つの足音を聞きながら文芸部へと向かう。
そうして数分足らず。もう文芸部についてしまった。
比較的先ほどいた場所から距離が近かったためあまり時間が掛からなかったが、いざ放課後行こうと思えばそれなりに時間は掛かるだろう。まあ、特別教室棟の中でも一般棟から一番遠いエリアに位置しているから無理はないんだが。
「ここが文芸部ねえ。なんか静かだな」
今まで見学に行った部活はどこもドアの外からでも分かるくらい賑やかだったが、ここは妙に静かだった。
「そりゃそうだよ、クロード。ここは本を主軸に活動している部活だよ。静かなのも当たり前さ。図書館とかじゃ静かにって言うだろ? 昔から人は本に関することには静かに打ち込むって決めているんだよ。読むにしても書くにしてもね」
「殊勝な心がけなことで」
目の前の誰かさんにも見習ってほしいね。静かに目立たないようにしてくれって。
と、その目の前の誰かさんがドアを軽くノックし、ドアノブを捻る。
「失礼しまーす。少し見学させてくださーい」
お前失礼しますって言う前から入ってるぞ。
「おお! 新入生か! 入ってくれ! 入ってくれ!」
しかし、そこから聞こえたのは学生の声とは到底思えない年齢を重ねたしゃがれた声だった。
「いやー、まさか新入部員が入ってくれるとは。今年は誰も入らんとあきらめておったんじゃが、世の中待つもんじゃな」
クロノスに続いて中に入るとそこには白髪頭の男性がいた。歳はお世辞にも五十代とはいえない。多く見積もったら六十代後半、もしかしたら七十くらいかもしれない。
「………」
えーと………このじいさん誰? もしかしてこの学校は老人福祉施設でも備えているのだろうか。
俺が不思議に思っていると、竹中が俺の思っている疑問を口にした。
「あのー、すみません。あなたは………」
「ワシはここ、写真部顧問の瀬木谷善吉じゃ。お前ら一年生には教えんが三年生の方で古典を教えておる」
なるほど。ここの顧問の先生だったか。
いや、考えてみれば当然か。ここは学校だ。先生でなければこんな所にこんな年老いたじいさんがいるわけもない。うん。納得、納得―――――じゃなくて!
「あの、今、何部って………」
「? 変なこと聞くな。ここは写真部じゃよ」
「……え?」
まさかと思いつつ、視線をまだ開きっぱなしだったドアから廊下に移すと、この部室から見て反対側のドアの上の方に文芸部と書かれた板があった。
………ミスったな。どうやら文芸部は反対側だったようだ。
「それにしてもよく来てくれたわい。ここ数年部員が少しも来なくてな。今年、新入部員が入らなかったら廃部決定だったんじゃ……」
何やら語り出す瀬木谷教師。
え、なに? このもう入ること決定しましたよみたいな感じ? 俺別に写真なんかに興味ないんですけど。
ちらっと竹中を見ると目が合った。
竹中は俺と目が合うとやれやれという風に首を振った。その顔には「少しくらい話を聞いてあげよう」というニュアンスが含まれていた。
次にクロノスへと視線を向けると、
「あ、これテレビで見たことある。確かこの世界の古い記録媒体だっけ?」
なんて言いながら部屋の隅に位置する棚の中に置いてあるフィルム式のカメラをまじまじと見つめていた。
そんなに古いカメラを見てどこが楽しいんだか知らないが、とにかくあいつのことはどうでもいいとして、少しこの瀬木谷というじいさん――いや、先生の話を聞いてやろうじゃないか。んで、ちょっと聞いたところで適当に理由でもつけて出て行けばいい。この先生には悪いが俺も竹中も写真には興味はない。
「思えば、ワシの子供の時は戦争が終わった直後でな、まだ生活も今ほど豊かなものじゃなかった。そんな世の中だからのお、どちらかと言えばインテリだったワシには子供時代にこれといって楽しみもなかったんじゃ。しかし、そんな時、当時通っていた小学校の先生にカメラに詳しい先生がいてな。その先生にカメラの良さを教えられてカメラと出会ったんじゃ」
インテリねえ。俺にはあんたが自由主義的な知識人には全然見えないんだが、意味知ってるのか、この人。まあ、話の腰を折るのも面倒だし、意味の確認なんてのもどうでもいいから黙って先を促すとしよう。
「それから中学に進学したワシはカメラを買うために一生懸命お金を貯めてのお―――――」
意気揚々話し出した老教師の声を一応聞きながら竹中と二人、近くの椅子に座る。
年寄りの昔話を聞くものほどつまらないものはない、とは言えないがつまらなくないともとても言いがたい。早く終わってくれないだろうか。
そんな思いを内心に抱きつつも、俺はなるべく愛想のいい顔を作って老教師の話に耳を貸した。




