自動販売機で出会った災厄3
竹中と別れた後、俺は駅前のスーパーに行くために急いだ。
「い、いかん。時間過ぎちまう」
時計を見るともう四時二十分。あと十分で卵のタイムサービスが始まってしまう。
俺は体中のカロリーを全部消費するぐらいの覚悟でスーパーに向かって必死に走った。
それから間もなく、どこかの彗星の如く通常の三倍の速さぐらいで急いだ甲斐もあってかなんとか卵をゲットできた。
ふ、さすが俺だ。
スーパーから出て帰ろうとすると、黒いコートにミニスカートという出で立ちの少女が入り口近くの自販機の下にしゃがみ込んで何かしていた。
――――いや、何かしているというよりお金を漁っていた。
道行く人たちは怪訝な顔をしてその少女を見ている。
関わり合いになると面倒そうなので俺は明後日の方を向いて、できない口笛をヒューヒュー鳴らしながら自販機の横を通り過ぎようとしたが―――
ガシッ。
ズボンの裾がいきなり掴まれた。
恐る恐る視線を下に移すと少女が俺の裾を掴んでいた。
もちろん掴まれたことにも驚いたがもっと驚いたことがあった。
先ほどは自販機のしたを漁っていたから顔が見えなかったが俺の方を見上げた少女はすごく可愛かった。外国の人だろうか。瞳は大きく、瑠璃色に輝いていて、髪は肩にかかるぐらいの、異国を思わせる栗毛。
そんな美少女がが俺を見上げていた。
でも、それはそれ。周りの人たちの視線が俺にも移るは勘弁してほしい。
「あ、あの離してもらえませんか」
一応、初めての人には敬語を使わないと。それが常識だ。
「私、喉渇いちゃって何か飲みたいけどお金ないの。ちょっとお金貰えないかな」
な、なんとお金をせびってきやがった!
「す、すみません。あまり手持ちに余裕がないんで。じゃッ!」
すぐにその場を去ろうとしたが足が動かなかった。
見ると少女がズボンの裾を先ほどよりがっしりと掴んでいた。
「………あの手、離してもらえませんか?」
「お金くれないのぉ」
と、涙目になって俺に上目遣いで俺に言ってくる。
う、な、なんとも反則過ぎるぐらいに可愛いが赤の他人に金をあげるほど俺も馬鹿じゃない。
「ほんとに手持ちないんですよ」
「ほんとにぃ~」
さらに俺をうるうるした目で見上げてくる。
心なしか通行人の俺を見る目が増えているような…………
い、いかん。このままでは俺まで変な人扱いされてしまう。
「わかりました。百五十円でいいですね」
俺は渋々財布から小銭を取り出し少女に渡した。
「ありがとっ」
満面の笑みでお礼を言うのはいいが二度と見たくない顔だった。
お金を渡した瞬間にズボンの裾から手が離れたので俺はそそくさとその場を逃げるように………いや、走って逃げた。
駅前通りを過ぎたところで俺は足を止めた。
は、恥ずかしかった。
「はあ、はあ」
おかげで息も絶え絶えだ。
ったくなんだよあいつ。人の金を無理矢理盗るような真似しやがって。おかげで通行人から変な目で見られた。
顔は可愛かったのに中身は最悪だ。綺麗な花には棘があるってのは本当だな。
早く帰って飯食って寝よ。そうすれば嫌なことでも大抵のことは忘れられる。
それから少し経って家まで五百メートルという所でいきなり目の前が歪んだ
それと同時に風が止み、付近の住宅などから聞こえてた生活音もいつの間にか止んでいた。
何か違和感がする。それにめまいにしては頭がハッキリしている。
いや、違う。これはめまいじゃない。俺の目の前の空間が歪んでいるんだ。なんだこれは?
「……な、なんか怖いんですけど」
急に悪寒のようなものを感じたので俺は気にはなったが帰ることにした。幸い家もすぐそこだし走ればすぐ着く。
そして家へ向けて一歩を踏み出したとき異変が起きた。
いきなり目の前の空間に亀裂が入りパキーンという何かが割れたような音とともに中から黒い球体のような物が出てきた。
「な、なんだ?」
俺は驚きのあまりその場に棒立ちになってしまっていた。
なんだこれは。夢? 現実? 俺の頭の中にはそんな言葉が渦を巻いた。
謎の黒い球体は立ち尽くしていた俺にゆっくりと近づいてきた。
俺との距離が二メートルぐらいになった時いきなり加速して俺の胸に当たった。俺は反射的に胸を押さえた。
「あ、あれ」
後ろを振り返ると黒い球体があった。どうやら胸を貫通したようだった。でも不思議と痛みはなかった。それどころか胸に手を当てると穴すら開いてない。
先ほどまで黒い球体だったものに視線を移すと、
パキキ。
という音とともに亀裂が入り割れたと思ったら腕のようなモノが生え、次に足が生える。最後に頭のようなモノができていく。
「おいおい、なんだ? こりゃ」
頭のようなモノができた直後黒い球体からできた人型のモノが俺を見た。
見ればみるほど奇妙だった。
体は細くて黒い。まるで棒人間だ。
気持ち悪い。ただそうとしか言えない。
いや、そうとしか言い表せない異様な姿だった。
ここにいたらマズイ。
俺の十五年程度の直感がそう告げている。そしてダッシュで走り出そうとした。しかし体は前には進まなかった。
振り向くと人型の黒いモノが俺の腕を掴んでいた。振り払おうとしたがビクともしない。棒人間みたいな体してんのになんて力だ。
クソ、何がどうなってんだ。コイツはなんだ?
そう思った瞬間、棒人間の体が淡く光出し全身を覆う。俺を掴んでいる腕が若干だが膨らんできているように感じる。
「え、ちょ、おい、なんだ?」
さっきから何回疑問符を使ってる、俺?
とにかくマズイ。なぜかわからないけどマズイ。
これから俺はどうなる? 死ぬのか? 終わるのか? 俺は………
ふと、俺はそんなことを思ってしまった。
なんか段々頭もぼーっとしてきた。
「ヤバイぞ、俺。気をしっかりと持て」
自分にそう言い聞かせるがまったく役に立たない。
意識も朦朧としてきて、体にも力が入らない。
ボーッとする頭の片隅で何故か良いタイミングで竹中が別れ際に言ったことを思い出した。
「………竹中君、通り魔よりヤバいのに遭遇しちゃったよ」
そう呟いた瞬間、俺を掴んでいた棒人間の腕が落ちた。
ガシン。という音を立てて何かが地面に突き刺さる。
「……剣?」
そこに刺さっていたのは人がどう頑張ったところで到底持てないであろうサイズの大剣だった。
無骨ながらも黄金色に輝く両刃の大剣はこんな状況ながらも綺麗だと思わせるには十分な存在感を放っていた。
そして突如上から何か降ってきた。
なんだ女の子?
俺は突然の出来事に目を丸くする。
何が起きたか寸分たりとも理解できない。
なんで女の子が上から――――っていやいやいやいや、そんな非現実的で胸躍るような展開あるわけがない。
でも、現に証拠があるわけで。
ああもう、さっきからなんなんだよ! まったく状況が掴めないぞ。何がおきているんだよ、一体。
「よっと」
声がして見るとそこには黒いコートを着た少女が立っていた。
―――いや、美少女が立っていた。と言った方が正しいか。
ワイシャツに赤いネクタイ、ミニスカートという格好の上から黒いコートを羽織った奇妙な格好。
風に靡く栗毛の下には金色に輝く大きな瞳が二つ俺を見据えている
忘れようにも忘れられない。先ほど俺から金をせびってきた少女だ。
少女が大きな目をさらに大きくして俺を振り向き、俺と目が合った。
「お、君はさっき私にお金くれた子――――って、な、なんで、この空間にいるの?」
何故かわからないけど俺を見て驚いた顔をしている。空間? 何のことだ。
しかしその顔は三秒も続かなかった。
「まさか君、入界管理局の人間なの?」
入界管理局? ああ、はいはいゲートの管理、運営をやっている組織のことだったな、確か。
「……悪いけど俺は生まれてこの方一度も入界管理局なんて組織と関わったことがない」
「だって君がこの空間に存在しているってことは――――――」
次の瞬間俺の脇腹のすぐ横を少女の脚が通り過ぎていった。何かを蹴飛ばす音とともに俺の近くに刺さっていた大剣をすばやく手に取り、栗毛をなびかせ俺の後方にダッシュする。
速すぎてよく見えなかったが少女は棒人間に多分蹴りをいれたのであろう。振り返ると棒人間はサンドバックを思いっきり蹴った時のような音を立てて後方へと飛んでいった。
振り返るとやはりさっきの墨汁を頭から被ったような人型の化け物がいた。
そして少女はダッシュとともに大剣でなぎ払う。
「―――何らかの手段を使ってこの空間に侵入したってことでしょ?」
次の瞬間、棒人間は体が真っ二つに切れ地面に崩れ落ちた。そして光の粒子となり消えていった。
「はっ? 何言ってんだ?」
「とぼけたって無駄だよ。私を出し抜けるとは思わないことね。それにしても侵入されるなんてね………厄介な」
と何かブツブツと言い出し、目を閉じた。
少女が目を閉じて数十秒後に再び目を開けて困惑の表情を浮かべる。
「空間に異常なし、なんで!」
先ほどからまるで状況が掴めない。
さっきから一体何を言ってるんだ? こいつは。
少女は俺の方に視線を移し、近づいて来た。
「こ、こっちに来るな!」
我ながら情けないが俺はこの少女に少し恐怖心を抱いていた。
だっていきなり現れたと思ったら棒人間を真っ二つにしてって。もう何が何やら分からない。
俺が逃げ出そうとするとまたもや腕を掴まれた。しかし今度はさっきの棒人間とは違い『可憐』とか『可愛い』という言葉が似合う美少女に掴まれたのだ。心ばかりかちょっと嬉しい。
「は、離せ!」
「ちょっと静かにしてっ!」
なんで怒鳴る?
それから俺の服をチェックするように触り、鞄の中までもぶちまけた。
ああ、ラノベやらゲームが散乱するぅ………
「入界管理局のIDカード無し。……おまけ魔力感じない。筋力的にも普通の人間レベル……君は一体……」
何を驚いているのか知らないが今がチャンスだ。
「はなせってーのっ」
力いっぱい腕を引っ張ったらやっとか掴まれていた腕が離れた。気のせいか先ほどまでより力が弱くなっていたような気がするがそんなのカンケーない。
謎の少女からの拘束から逃れた俺はダッシュでこの場から立ち去った。多分これまで生きてきた中で一番速く走れたと思う。
追いつかれる可能性もあったが見たところ俺が走り出す瞬間まで謎の少女は呆然と立ち尽くしていた。さすがに追いつかれてはいないだろう。
家も近かったということでちょっと走ったらもう家に着いた。
「はあ、さっきのは何だったんだよ。映画の撮影か?」
だが、あの棒人間はどうやったって今の3D技術を駆使してもあんなにリアルに造れないと思う。まあ、棒人間にリアルもなにもないと思うけど。
―――いや、もしかしてあれは異世界人だったりするのか? でもあんな棒人間みたいな異世界人テレビでも見たことがない。じゃあ、あれはモンスターか何かか?
色々思案するが納得のいく物が思い浮かばない。
「やめだやめ。考えたら終わりだ」
俺はこれ以上考えても無駄だと悟り、考えるのをやめてさっさと家に入ることにした。
そこで気づいた。
……あれ、そういえば何かないような。
しまったッ!
カバンを忘れてきてしまったあああああああああああ!
クソ、逃げるのに必死でカバンを回収するのを忘れてた。
ま、まあ、後で回収すればいいか。いや、待てよ。あの場所にいくのはもう危険だ。あそこに行ったらどうなるかわからん。
仕方ないがカバンはあきらめるしかないか。
いや、でも、中にはゲーム機とか入っていたし、買い直すのもなあ。あのゲーム機高かったし、もったいない。う~ん。どうすっかな。
「まあ、カバンなんて命に比べれば安いもんかあ………」
「心配しなくていいよ。私が持ってきてあげたから」
「ああ、なら安心だな―――ってうおっ!」
声のした方に振り向くといつの間にかさっきの少女がカバンを掲げて立っていた。
なんで? 俺はさっき猛ダッシュで家まで走ってきたはずなのに。それに追いかける素振りも見せてなかったじゃないか。
俺が唖然としていると少女が口を開いた。
「ねえ、なんで逃げたの?」
「なんというか関わったらめんどくさそうだったから」
俺は動揺のあまり正直に答えてしまった。
「誰が?」
「君が」
それを聞くと少女ははあ~っとため息をつき、呆れたように俺を見て、
「仮に命の恩人に言う台詞じゃないよね、それ」
「あ、あれ助けてくれたんだ」
「わかっているなら逃げちゃ駄目でしょ」
この辺で話を切り上げないといけない気がする。ああ、なんかめんどくさい臭がプンプンしてきたぞ。
「で、あの~、カバンありがとうございました。じゃ、さよなら」
咄嗟にそう言い、俺はカバンを掴み、玄関に急いで入ろうとした。
「ぐえぇっ」
「ちょっと待って」
しかし入り際に首根っこを掴まれて家に入れなかった。
こ、こいつ異様に力が強い。ほんとに女か、こいつ。
「は、放せ。首が絞まる!」
「ああ、ごめん、ごめん。つい掴んじゃった」
そういうと謎の少女は掴んでいた俺の首から手を放した。
「あ、あの~、ところであのまだ俺になんか用なのかな?」
そういうと少女は少し呆れながら俺を再度見た。
ああ、ちゃんと礼を言えってことか。
「改めてありがとう。君のおかげで助かったよ」
「いや、そんなことどうでもいいから」
いいのかよ!
「俺の感謝の意を返せっ!」
「とにかく、ここで立ち話もなんだから。家に入れてくれない?」
「家に? まだ何か用があるのか」
「家に入ってから本題は話すよ」
「分かった。じゃあ入ってくれ。あまりキレイなところじゃないけど」
そしてなぜか知らんが謎の少女をとりあえず家に入れる運びになってしまった。