Mother strong; do 3
アキノさんに引っ張られるまま支部内の通路を移動し、着いたのは以外な場所だった。
「……ど、道場?」
そう。俺が連れてこられたのは道場だった。きれいに掃除された板張りの、古くから日本にあるような道場だった。壁には『強』という文字が書かれた額が掛けられている。
なんとなく嫌な予感がした。
「さあ、朝野君、荷物を置いて」
「へ?」
「今から私と手合わせをするんだから荷物は邪魔でしょ?」
「ちょ、今なんと!」
「手合わせをしようって言ってるのよ、朝野君」
「いきなりなんでそんな話に………」
意味が分からん。
「この前、朝野君が準知的生命体と戦ってる映像を見て、あなたに興味を持ったの。だって普通の人間であんな戦闘能力持ってるって話なんですもの、気になって。それで忙しいと思うけどあなたにわざわざ来てもらったの」
「別に忙しくはないですけど………」
つまりこの人はこの前のグールとの戦闘を見て、常人である俺がグールを倒したことが気になっているということか。
まあ分からない話でもない。俺みたいな普通のどこにでもいそうな男があんな超常的な生き物ともつかない物を倒したんだ。そりゃあ俺が逆の立場だったとしても気になるよ。
でも、あれはヴァーリーを使ったから倒せたわけで、俺自信には特別何の力もない。なぜなら俺は普通の常人だからだ。
俺は嘆息しながら荷物を隅の方に置いて、アキノさんを見る。
「あの、言っときますけど俺は別にただの人間であって特別優れた力も何も持ってませんよ。もし、俺と手合わせをするって言うのならそれは筋違いな話で――――――――」
言い終えるより早く、いきなり世界が逆転した。いや、この浮遊感、俺が逆転してるのか。
ドン。
そう思った時には、俺は天井を見つめていた。途端に背中に衝撃が走るとともに徐々に痛んでくる。
一体何が起きたのか分からず、視線を動かすとアキノさんが驚いた顔で俺の腕を掴んでいた。あー、なるほど俺投げられたのか。
「ごほっ、ごほ………」
まとも受け身も取れなかったもんだから勢いよくむせてしまった。
一応、中学の体育の授業の一環で柔道をやった時、受け身も習ったつもりだったのだがこれほど早く投げられてはまったく役に立たない。
「だ、大丈夫、朝野君!」
慌てた様子でアキノさんが俺の腕を掴み起き上がらせる。
「いたた……いきなり何をするんですか………」
「ご、ごめんなさい。荷物を置いていたものだったから準備万端なのかなあと思ってしまって、つい」
ついって。
「言っときますけど、俺普通の人間ですからね。人間の俺が体術でアキノさんと手合わせなんてできるわけないじゃないですか」
呆れながらそう言うとアキノは「え、だって準知的生命体の第三形態を倒したんじゃ………」とどこか困ったような声を上げていた。
それにしても痛かった。まあ、受け身も取れなかったんだから無理もないか。どうやらこの人見た目のおっとりしたイメージと違って結構過激なところがあるようだ。それに素人目でだが、明らかに普通の人できる芸当じゃない。さすが成宮と同じエルフってところか。
まだ痛みつつある背中を摩りながら立ち上がると、黙って一部始終を見ていたクロノスが口を開いた。
「クロードの言うとおりクロードはれっきとした人間だよ。でも―――――――」
そこまで言って手の平大の何かを投げてきた。
「これは……‥」
投げられた物をキャッチして手を開くと、そこには見慣れた物があった。
「――――でも、これを使えばあなたの相手をするぐらいにはなれるよ」
俺が手にした物はヴァーリーだった。
それはつい先日まで俺がグールを倒すためにクロノスから与えられていた、見た目がどこにでもありそうな日本刀のキーホルダーのような魔法具だった。
「えーと、これでどうしろと……」
「顕現させて」
「なんで?」
「いいから」
理由がはっきりしなかったがこれ以上理由を追及するのも面倒だったので俺は呟いた。
「……顕現しろ」
次の瞬間、キーホルダーサイズだった刀が瞬時に実物大の刀へと変わる。
それと同時に一瞬、寒気が走り、体が軽くなったような感じがした。
「魔法具? ああ、そういえばあなたは映像の中で刀を持っていたわね。ははあ、なるほど」
いきなりアキノさんの右腕にはめられた時計のような物が光り出し、光が収束するとその手にはサーベル風の片刃の刀が握られていた。
それこの前成宮と志水も使ってたよな。この前は必死すぎて気にならなかったが、これって結構すごい技術だよね?
「なら、あなたの得意な剣術で手合わせをお願いしようかしら、うふふ。―――行くわよ、朝野君」
いきなり出てきたサーベルに目を奪われていると、いきなり視界からアキノさんの姿が消えた。それと同時に何かが後ろに回ったような感じがした。
ちっ、まさか後ろに回られたか。
勘の働くまま、素早く前にダッシュする。
一瞬の後、空を切る音が聞こえた。
振り返るとアキノさんがなぎ払いをかけたような格好で立っていた。
「すごい! まるでさっきのが嘘みたいな動きだわ。やっぱり朝野君は剣術が得意なようね」
感嘆の声を漏らし、きらきらとした目で俺を見る。適当に勘で避けただけなんですけどね。
「ちょっと、危ないじゃないですか!」
「さあ、どんどん行くわよ」
再びサーベルを構え、今度は正面から俺に斬撃を繰り出してきた。あ、あぶねえ!
「ちっ」
仕方なく俺も受け流すために刀身を逆にして峰の方で刀を振るう。
「えっ!」
刀を鞘から出したところで俺は驚きの声を上げた。
「なんで刀身が銀色なんだよ……」
普通の日本刀しか知らない人なら「普通刀身は銀色だろ」なんて思うかもしれないが、このヴァーリーはそんじょそこら日本刀とは違い、刀身が赤くなるんだ。そして刀身が赤い状態だと蓄えられたエナジーの補助を受け、俺みたいな普通の人間でもエルフ並みに身体能力が高くなる。
だから今この刀の刀身が白銀だということはつまり、エナジーの補助が受けられないってことだ。
「クロード、ファイト~」
近くから応援する気がまったく感じられない声が聞こえるがいちいちツッコんでる暇はない。一瞬でも気を抜くとやられちまう。
まあやられると言っても幸いアキノさんは峰の方で振るっているから確実に殺られる心配はないんだが、刃がないと言ってもやっぱり金属であるからして当たったら痛い。それにエルフの筋力でんなモン振るわれて当たったりでもしたらさすがにヤバい。ここはマジにならないと。
「くっ」
にしても手が痛いな。一撃一撃が重すぎる。やはり筋力に差があるからか。これは長く受け続けることはできないな。
「受けっぱなしじゃ何もできないわよ! 反撃していいのよ、朝野君」
「言われなくても!」
迫り来るサーベルを防ぎながら俺は仕方なしになんとか右足を振り上げる。
女の人に手を上げるなんて気が進まないけど、やらなきゃこっちが痛い目見るから仕方ない。
それに手加減はするし、問題はないだろう。
「甘いわよ」
「なっ」
繰り出す刃を止め、俺と鍔迫り合いの状態のまま、アキノさんは俺の放った右足を自らの左足で止めた。それと同時に瞬時に左足を戻して、俺を支えている左足を蹴った。
ヤバい、蹴りを入れた後の技後硬直で右足を戻して踏ん張ることができない。
「のわっ!」
足払いされたようになり、姿勢を崩した俺はそのまま床に転がる。
い、いかん。早く体勢を起こさないと――――――
起こそうとして上を見るとサーベル構えたアキノさんがいた。え、マジ。
「ちょ、手合わせって殺しませんよね! 手合わせですよねぇぇぇぇぇぇぇぇ!」
刺される! 殺される! そう思い、恐怖に目を閉じた俺だったが、一行に痛みも感じなかった。その代わりにキンッという音がすぐ横で聞こえた。
恐る恐る目を開くと顔のすぐ横に刀身があり、床に刺さっていた。
「ひいぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!」
我ながらなんと情けない声だっただろうか。でも仕方ない。だって顔のすぐ横に刀が刺さっているんだもの。
顔中から変な汁を流しているとアキノさんが上から見下ろしてきた。
「勝負あり、でいいかしら?」
「あ、はい。それでお願いします」
俺が負けを認めるとアキノさんはサーベルを鞘に収め、手にはめられた時計のような物を操作してサーベルを消した。
「大丈夫? 朝野君」
「あ、はい、なんとか」
アキノさんの手を取り、体を起こす。それと同時に安堵の息が漏れる。
はあ、マジで殺されるかと思った………
「それにしても朝野君、あれが本気なの? 確かに人間の動きには見えなかったけどそれでも全然の素人の動きだったわぁ」
「本気も本気ですよ。こっちは殺されるって思ったんですから」
「そう? ……でも、今の動きからはあなたが準知的生命体を倒したなんて思えないわねぇ」
「あれはたまたまですよ。この魔法具のおかげです」
床に転がったままのヴァーリーに視線を移す。
にしてもなんで刀身が少しも赤くないのに身体能力が上がったんだ? この前はエナジーが切れたらいつもの俺の身体能力に戻ったのに。
「なあ、クロノス! なんで刀身が銀色なのに身体能力が上がってたんだ?」
壁に背を預けているクロノスに訊いてみる。
「……やっぱり、ね……だとすると………」
しかし、クロノスは何やらブツブツと呟いていて俺の話を聞いていないようだった。
聞こえてないのか?
「おい、クロノス!」
「ん、なに?」
先ほどより声を大きくして呼んだらやっと気づいたようで顔をこちらに向けてきた。
「なんでヴァーリーの刀身が赤くもないのに俺の身体能力が上がってんだ」
「え、ええと………た、多分、ヴァーリーに体が慣れてたんじゃないかな………」
「慣れたって……具体的に言ってくれよ」
「私もヴァーリーのことよく知らないからわかんないの!」
少し声を大きくしてムッとしたような声でクロノスは言った。
「そんなムキにならなくたっていいだろ」
「べ、べつにムキになってなんかいないけど」
いや、明らかに動揺してるよね。ていうか絶対に何か隠してるような気がする。
次になんて問い詰めようかと考えているとアキノさんが声をかけてきた。
「クロノスさん、だったかしら? 少しお相手してもらえる願える?」
「それは私が災厄の使徒と知って言ってるの?」
「ええ、もちろん」
「そう」
短く呟いて、まるで悪ガキのように口の端を少し上げて微笑んだ。
それにしてもクロノスに戦い吹っ掛けるなんてアキノさんいい度胸してるなあ。
まったくビビった様子もないし、やはりこの人は見た目のおっとりした印象とは異なって好戦的なのかもしれない。
「いいよ。じゃあ、少し相手してあげる」
クロノスがそう言うとアキノさんの手が光り出し、先ほどのサーベルが現れる。
「私の方は準備終わったわ。さあ、あなたも顕現武装っていう物を出したらどう?」
「別にいいよ、素手で」
「なるほど、組み手ってことかしら」
「いいや、違うよ。あなたは武器あり、私は武器無しで手合わせするっていうこと」
いや、剣相手に素手は無理だろ。
「さすがに丸腰の相手に武器ありで挑むのもねぇ……」
どこか困った表情でアキノさんが唸る。
「忘れてるようだから言ってあげるけど、私はあなたたちのいう災厄の使徒だからね。例え相手が武器持ってようが関係ないよ」
そうだった。こいつは俺たち人間なんかよりよっぽど強い奴だ。それはエルフと比べたって比にならないほどの。
少し悩む素振りをしたあと、アキノさんは仕方なさそうに言った。
「なら、あなたの言うように私は武器ありでいかせてもらおうかしら」
「うん。別に構わないよ」
それからアキノさんがサーベルを構え、準備万端の体勢を取る。
見えない何かが二人の間で衝突しているような。そんな何とも知れぬ緊張感が室内に充満してきているような気がする。
え、なんか微妙に怖いんだけど。
「さあ、いつでも来てもらっていいのよ」
「そういうのは格上の相手が言うもんでしょ。私はいいからあなたからどうぞ?」
「……ならそうさせてもらおうかしら。私を舐めていると痛い目見るわよっ!」
ギインッ。
瞬間、アキノさんが動いたと思った時にはクロノスの腕がアキノさんのサーベルを受け止めていた。その手には僅かに金色の光が纏われている。
い、今のは居合い、か?
早すぎて見えなかったが多分そうだろ。鞘にサーベルを収めていた状態からのこの瞬間的な一撃は居合いしか考えられない。
す、すげえ…………! アニメやゲームとかではよく見たりするけど、現実では迫力がまるで違う。実際にできる人がいたなんて。………エルフだけど。
「へえ、今の速度はなかなかのもんだね。凄いよ」
いや、お前がすげえよ! ありえんだろ、素手で剣止めるなんて。
「ま、まさかこの至近距離での初撃に対応できるなんてね………」
アキノさんの顔から汗が一筋流れる。
「これくらい反応できなきゃ、やっていけないからね」
「――――なら反応できないくらいの数ならどう!」
クロノス手からサーベルを放すと流れるような動作で次々と斬撃を放っていく。
明らかに人間、いや、エルフでも反応しきれないんじゃないだろうかという速度の斬撃。しかし、そのすべてをクロノスは、どこか微笑みながらすべて手で弾いていく。
その異様な光景に俺は目を奪われていた。
やっぱりクロノスのやつ、強いな。ありえないほどに。もっともそれはこの前のグールとの戦闘で分かり切っちゃいるんだが。
防戦一方に徹しているクロノスだが、攻撃を仕掛けているアキノさんが優位とは言いがたい状況。
それをいけないと思ったのか、アキノさんが急に姿勢を低くして、クロノスの左脇腹辺りに入ると同時にステップを踏み、反転しながらサーベルを横になぎ払った。
もちろんそれはクロノスに防がれた。
しかし、次の瞬間――――
「はあ!」
反転してクロノスの後ろを捉えたアキノさんはさらにステップを踏み、まるでフェンシングのようにその鋭く光る刃を一気に突き刺した。
おいおい、これはヤバいんじゃないか………!
だが、俺のそんな心配はどうやら余計だったようだ。
パキィィィン。
金属音とともに何かが床に突き刺さる音がした。
見るとそれは折れた刃だった。
「!」
アキノさんに視線を移すと驚いた表情で自らの右腕に握られたサーベルを見つめていた。
―――――なるほど。そういうことか。
俺はアキノさんの持っている中程から刃の折れたサーベルを見て納得した。
つまり、クロノスはアキノさんのあの突きが自分に当たる前にサーベルを折ったのだ。それも手刀で。
ありえんだろ! 物凄くありえんだろ! あ、いや、素手で剣相手に戦ってるあたりからありえなさすぎるんだが、とにかくありえんだろ!
半ば呆れつつ、クロノスをジト目で見つめているとアキノさんが元のンニコニコ顔に戻ってこちらにやって来た。
「さすが災厄の使徒ってところかしらね。私程度の戦闘能力じゃ全然相手にならないわ」
「いーや、あなたも常人にしては中々やった方だよ。まあ、それでも私とは天と地ほどの差があるけど」
アキノさんがお前と比べて天と地の差だったら人間の俺はどうなんだよ。それこそ冥王星と地球ぐらいの差があるぞ。
「それに朝野君も人間にしては良い動きだったわ。もっともさっきの動きは魔法具を使ってのものだったけど、めちゃくちゃな剣筋の中に見込める所があったわ。きっと鍛えればもう少し強くなるわよ」
「あ、あはは、ありがとうございます……」
見込める所があったねえ………
褒めていただいて悪いんですが、自分を鍛えるなんてこと絶対したくないですね。だってこれ絶対将来的に私生活で絶対使わないし。
「それで今日、俺たちをここに呼んだのって手合わせするためだったんですか?」
「ええ。一応、非常勤職員とはいえ、少し危ないことの付いて回る仕事ですもの。朝野君の実力がどれほどのものか見ておきたかったの。まあ、今のを見る限り、心配はないと思うわよ、朝野君」
「そ、そうですか………」
そんな理由のためにこんな危ないことさせたんですか! もっとマシなやり方あったでしょ!
「じゃあ、もう用はないってことだよね? 行こう、クロード。お腹空いた」
クロノスが腹を押さえながら言う。そういや、まだ昼飯食ってなかったな。
「そうだな、何か食いに行くか。俺も腹減ったし」
もう集まりも終わったし、それにアキノさんの用とやらも終わっただろうからここにいる理由はないだろう。
「じゃあ、俺たちはもう帰りますね。今日は、その……なんていうかありがとうございました」
一応、お礼らしきものを言って頭を下げる。
「お礼には及ばないわよ、朝野君。それに私も彼女と手合わせできて良い経験になったわ」
それから剣道場のような場所を後にして、案内板を頼りに外へ通路に向かっていると、後ろから誰かが俺の名を呼びながら走ってきた。
振り返るとそこには、
「ちょっと待ちなさい!」
なんて言いながら走って来る成宮の姿があった。
………母ちゃんの次は娘ですか………
「あ、朝野君、やっと見つけたわ」
「まだいたのか、成宮」
「当たり前よ! あなたに渡す物があったんだから! それにいざ、渡そうと思ったら、あなたどこかに行ってて、受付に尋ねたらまだ支部から出てないって言うしで捜すの大変だったんだのよ!」
よほど、イライラしていたのか、俺が立ち止まると口からベラベラと文句を垂れてきた。
「そんなこと言われても知らねえよ。そんなに言うなら前もって言ってくれ」
「確かに言ってなかった私も悪いわね。まあ、そんなことはいいわ。はい、これ朝野君」
そう言って自分のカバンを漁る成宮。
「なんだ、これ」
カバンの現れたのは手の平サイズよりちょっと大きいくらいの箱だった。
「これは武装用転送端末よ」
「はあ?」
手渡された箱を開けてみるとそこには腕時計が入っていた。
ん? これ見覚えあるな。そういえば確か、これに似たような物をこの前のグールの一件の時、成宮たちがはめていたような……それと同じ物か?
「これ何に使うんだ?」
「武器なんかを呼び出したりする物よ」
「え、武器?」
「まあ、朝野君は入ったばかりで武器なんてないだろうから、主に連絡用に使う物になるわね」
「連絡用って………それなら携帯でいいんじゃないか?」
「一般の携帯だと電波を傍受される危険があるのよ。でもこの端末は一般の回線を使用しないから傍受される危険が少ない。だからこれからは使って入界管理局のことは連絡するわ」
「ふーん。ま、連絡用に使うっていうのならもらってた方が良さそうだな」
さて、これで用は済んだな。早くここから出て、昼飯でも食べるか。クロノスが腹減ったって騒いでも面倒だし。
「わざわざありがとな。じゃ、俺は帰るんで」
「ちょと待って朝野君。まだ用は済んでないわ」
「え」
受け取る物は受け取ったんだし、もう用はないだろうに一体何だ?
「あなた使い方分からないでしょ? だから説明してあげるわ」
「別にいいよ。どうせパソコンとかと一緒で弄ってたら勝手に使い方覚えるだろし」
「普通の電化製品と一緒にしないで。そんなに単純な物ではないのよ、それ。それにその設定だってやらなきゃいけないのよ。あなたにそれができる?」
「…………た、多分時間かければ、できる」
「私たちには時間がないのよ! ただでさえ、もうすぐゲート装置の運転が再開されて人の出入りが増えるっていうのにそんな暇ないわ!」
「お、おっしゃるとおりで」
成宮のあまりの剣幕に少し言葉に詰まってしまう。
「なら、こっちに来て。説明するから」
「あ、でも昼飯が……」
「そんなのは後よ」
「えー、クロード、お昼はー」
「どうやらもう少し長引くな」
「えー」
不満そうな顔で口を尖らせるクロノス。
ていうか、こいつさっきからなんで一人で食べに行こうとしないんだ? もしかして俺と食べたいのか? いや、それはないな。
ならなんでだ?
……もしかしてこいつ、俺のことを気遣って一人で食べるのを遠慮しているのか?
「別に俺のことは気にしなくていいから先に食ってていいぞ」
「いや、別にクロードのことはどうでもいいけど、私お金無いんだよね」
ですよねー。お前が俺のこと気にするわけないですもん。
「長引くっていうなら私に財布貸して。先に食べてるから」
「いやだ」
「えー、貸してよ。これじゃあ、私いつまで経っても食べられないし」
「お前が食べて俺が食べられないなんて気にくわないんだよ。そもそも俺がここに来るハメになったのも原因を辿ればお前のせいなんだからな」
それにこいつに財布なんて貸したらどんな風に使われるか知れたもんじゃない。こっちは節約を心がけているんだ。余分なお金は使いたくない。
「だからお前もここに残って俺と一緒にここにいろ。いいな」
「えー」
「二人とも話は終わった? じゃあ、こっちに来て」
それから成宮に説明やらを一時間半くらい聞かされやっと俺たちは解放された。
「まったく、やっと食べられるよ」
とクロノスが一人愚痴りながらハンバーグを口に運ぶ。
「悪かったよ。まさかあそこまで時間がかかるとは思わなかったんだ」
あれから成宮に武装用転送端末とやらの説明を受けたんだが、どうにも扱いが難しくて思った以上に時間がかかってしまた。
そして今はぶつくさ文句を言うクロノスを連れて、入界管理局のカモフラージュ用のビルの近くにあるファミレスで昼飯を食べている。
大体、あの空中投影ディスプレイの扱いが難しすぎるんだよ。
なんていうかタッチパネルと操作は似てはいるんだが、空中に浮いている分実体があるわけじゃないからスッと画面を通り抜けてうまく操作しにくい。
便利だからっていい物ってわけでもないと改めて思い知ったよ。これなら普通のスマホとかの方が使いやすいだろ。まあ、スマホ持ってないんですけど。
「はあ」
クロノスがハンバーグ定食を食べる姿から外に視線を移し、ため息をつく。
なんとも面倒なことになった。だから世界ってやつは嫌いなんだよ。理不尽なことばかりが起きて。
それと今後はなるべく入界管理局に行かないようにしよう。また、手合わせとか言われて投げられたり、斬りかかられたりしたら堪ったもんじゃないし、何より筋肉痛が襲って――あれ?
そこでふと気が付いた。。
……そういえば筋肉通が襲ってこない。
先月まではヴァーリー使用後はとてつもない筋肉通に見舞われたのだが、使用後だというのに今は全然その兆候、それどころか僅かな痛みすら感じない。なぜだ?
理由を考えてみるが、当然の如く俺には分からない。なにせこれはクロノスから渡された物であって、詳しいことまでは知らされてないのである。だからヴァーリーについて考えても何も、正直思い当たる点すらない。しかし、先ほどクロノスの言葉を思い返すと得心がいった。
目の前に座るクロノス(こいつ)は、「慣れてきたんじゃないの」と言っていた。随分と適当な返答だったと思ったが、今思えばたしかにそうかもしれない。
先月あれだけヴァーリーを使ったのだ。なら体がヴァーリーの強化とやらに慣れていたとしてもおかしくはない。
ならきっとそれが理由だ。
一瞬とはいえ少し真剣に考えたことが馬鹿馬鹿しくなり、テーブルのへと視線を落とす。
くだらない。そんなこと考えたってこの最悪の現状が覆るわけでもあるまいに、我ながら無駄にカロリーを使ったものだ。こういったくだらないことに割く思考が、積もり積もって必要カロリー量が増えていき、後々我が家の家計を圧迫するのではないだろうか、などとまさにくだらないことを考えながら、今来たばかりのカルボナーラをフォークで巻き始めた。
評価や感想、アドバイスなどをいただけたらとても嬉しいです。
P.S.辛口でも全然かまいませんのでお願いします。