災厄な高校生活5
「あちゃー、バレちゃったかー」
入界管理局本部へ通ずるカモフラージュ用のビルに入り、受付でIDがどうのと色々と訳のわからないことを言われ、手続きを済ませた後、やっと入界管理局本部に入り、局長がいるであろう指令室っぽい所を捜してうろうろしていると、局長が自販機でカフェオレを飲んでいたのですぐに朝クロノスが言ったことを訊いてみたところそんな答えが返ってきた。
「いやー、まさかバレるとは予想外だ」
「やっぱり本当なんですか」
「ん、ああ、本当だ」
あっさり認めやがった。
「あの俺が言うのもなんですけどもうちょっと誤魔化したりは……」
「誤魔化したって仕方ないだろう。だってもうバレてるし」
「………」
うわー、超テキトーだこの人。
ま、まあそれはともかく、認めたんだ。俺が言うことは一つ。
「なら、俺もう働かなくていいですよね。働く理由もなくなったわけだし」
「残念ながらそれはできない無理な相談だ」
「え、なんでですか!」
「ここで君を失ったらゲートの運転ができなくなるだろう? それにもう人事部に書類通しちゃったもんねー。残念でした!」
「なっ――――」
「あ、君は気づいてないと思うけど、昨日書かせた書類の中には『入界管理局に一千万円分の利益、貢献をするまでやめません』っていう契約事項があったんだ。だからもしやめようと思っても契約違反で君は一千万円払わなきゃいけなくなる。だからもしやめるなら一千万円払ってからにしてくれよ」
「えええええええええええええええええええええええええ!」
「ハハハ、じゃあ、サナギラスをバンギラスに進化させないといけないから俺はこれで」
自販機で買った紙パックのカフェオレをチュウチュウ吸いながらそのまま局長は歩いて行った。
「…………」
ハメられた。
どうしようもないくらいハメられた。
ていうか手遅れだった。あと、局長、人格最悪だ。
せっかく働かなくていいと思ったのに……
「あんたどこの詐欺師だあああああああああああああああああああああああああ!」
俺の叫び声が虚しく廊下に響き渡り、余計俺を虚しくさせた。
あれから俺は放心状態のまま、ずっと自販機で買った紙パックのいちごオレをすすっていた。もう五パック目。中身はなくなり空気だけを吸って紙パックはしわくちゃだ。
「はあ……」
ため息をつくと、しわくちゃだった紙パックが徐々に膨らんでいく。
要するにだ。昨日のあのやりとり。人機の修理代云々は所詮フェイクで、単に俺を所属させるための口実だったってことだ。
「はあ……」
またため息が漏れる。
あー、なんかもう何もやる気が起きない。
こんなことならク聞くんじゃなかった。余計虚しくなるだけだったのに。
そもそもクロノスが俺に期待を持たせるようなことを言うから悪いんだよ。こっちはマジで期待持ってたっていうのに。
ってすべてはあいつのせいだったな。
ああ、一週間ぐらい前のまだ休み悠々と過ごしていた時の俺にこれから起こることを説明してあげたいよ。そうすればクロノスに出会わず、こんな面倒なことにならなくてよかったのに。
さすがに空の紙パックを吸うことにも飽きたので捨てようと立ち上がり、ゴミ箱に入れようとしたら、
「あれ、君は………」
いきなり声を掛けられた。
声のした方を振り向くと、白衣を羽織った眼鏡をかけた男が立っていた。年は見た目からして俺よりちょっと年上といったところ。そして若干茶髪気味のボサボサの髪からは尖った耳が少しだけ出ていた。……エルフか、この人。さすが入界管理局、色んな人がいる。多分、この人も見た目は俺と同年代くらいに見えるが、俺より確実に年齢は上だろう。
「あの、あなたは……」
「ああ、僕かい? 僕は技術部の人間だよ」
ここって技術部ってのもあるのか。いや、機械とか色々使いそうな所だから当然か。
「えー……俺は昨日無理矢理入界管理局に入れられた朝野という者です」
「ああ、知っているよ。なんせ君は有名人だからね」
少し皮肉を混ぜてみたつもりだったが自称技術部の男は気にした様子もなく笑顔でそう言った。
「それにしても君には悪いことをしたね。君、無理矢理ゼクトに所属させられたんだろう」
ゼクト? ああ、確か局長の名前だったっけな。それにしても局長を呼び捨てってもしかしてこの人結構偉い人なのか?
「な、なんでそれを」
「大体想像はつくさ。それに入界管理局も人員不足だからね。ゼクトが君のような人材を見逃すはずはないさ」
「あの逆に聞きたいんですけど俺、そこまで誇れるようなとこ何もないですよ」
「何を言ってるんだい、君は準知的生命体を倒したじゃないか」
「あー………あれはですね、俺の力じゃなくて……」
「ははっ、そんなに謙遜しなくてもいいんだよ」
「いや、ですから謙遜とかじゃなくてですね……」
「そうだ! こんな所で立ち話もなんだし、良かったら僕の研究室に来ないかい? 自慢じゃないけど僕の淹れるコーヒーはおいしいって評判なんだ」
「は、はあ……」
ぶっちゃけ、誰かと話をしたい気分じゃないし、コーヒーも特に好きというほど好きじゃないんだが、ここで断るのも何か悪い気がする。それにこの人は局長のように人格に問題があるようでもないし、何より悪い人じゃなさそうだ。ついて行っても問題はないだろう。
「あー……ならごちそうになります」
「じゃあ、僕の研究室はこっちだからついて来てくれ」
そう言って自称技術部の男は歩き出した。
二分ぐらい廊下を歩いて行くとちょうど進行方向左側の壁が透明なアクリル板みたいな物に変わり、斜め下を覗くと色んな機械が置いてあるのが分かった。よく見るとつい先日、成宮が乗っていた人機と同一の物と思われる物が数体並べてある。どうやらここは整備などをする所らしい。
「ここ、ここ。ほら入って」
「あ、お邪魔します」
歩いていた足を止め、廊下の右側に位置していた部屋に二人で入る。
見渡すと部屋の中にはホッチキスで留められた紙やファイルがあちらこちらに散乱していて、あまり綺麗な部屋とはお世辞にも言えないような光景だった。
「悪いね、散らかっていて。今、片付けるからちょっと待っててくれ」
そう言ってそこから辺に散乱していた紙を適当に近くにあった段ボールに投げ入れ、部屋の隅にあったパイプ椅子を俺の前に持ってきた。
「さあ座ってくれ」
「ありがとうございます」
そして机に置いてあったコーヒーメイカーからカップにコーヒーを注ぎ、俺の前に置く。
ほんのりとコーヒー独特のほろ苦いような香りが臭ってくる。
技術部の男はコーヒーを一口啜った後、
「わざわざ来てもらって悪いね。まずは自己紹介からしようか。僕はユキトって言うんだ。気軽にユキトって言ってくれて構わないよ」
「あ、これはどうも。えーと、もう知っているかもですが、俺は朝野蔵人っていいます。よろしくお願いします」
「ああ、こちらこそよろしく」
笑みを浮かべて俺を見るユキトさん。その姿はまさに好青年といった感じだ。
「いやー、君が自販機の前にいてラッキーだったよ。君には興味があって、一度話をしておきたいと思っていたんだよ」
「興味?」
「そう。興味さ」
一体、俺のどこに興味を持ったのだろう。俺には別段、人と比較して優れた所も何も無いつもりだけど。
「昨日、人事部の子が落とした資料をたまたま見てしまってね。そこでここ最近この支部で有名になっている君のことを少しばかり知ったんだ。あ、勝手に見てしまって悪いとは思っているよ。でも、不可抗力だからあまり悪く思わないでくれ」
「まあ、別には気にしませんけど……」
うわー、やっぱり有名になってるのかあ。あまり良い意味じゃなさそうだけど。
ユキトさんは「ありがとう、助かるよ」と言った後、再び話を続ける。
「ま、それがきっかけで君に興味を持ったってわけさ」
「そうですか………あの、一応言っときますけど俺ただの凡人ですよ。どこにも興味を引くような所なんてありませんけど」
「それを僕も君に聞きたいんだよ。資料を見て知ったんだが、君、種族的にはただの人間なんだって?」
「はい、普通に人間ですけど」
「ほんとかい? 君が準知的生命体と戦っている映像を見たんだけど、あの戦闘能力は人間のそれを遙かに超えていたよ。それもエルフやウィザードと比べても異常なほどにね。それに加え、君は顕現武装を手にしていたじゃないか。普通の人間にあれは出せないよ」
「顕現武装? なんですかそれ」
「えっ、知らないのかい?」
そんな驚いた顔されても困る。元々俺は一般人なんだ。そんなこと言われたって知るわけがない。
「知らないなら説明しよう。顕現武装というのはね、災厄の使徒が使う謎のエネルギーを物質レベルまで圧縮して実体化、顕現させたものさ。ゆえにそれは顕現武装と言われているんだ。その強度は失われた金属、オリハルコンに及ぶと言われるほど硬いんだ」
「なるほど」
グールとの戦いの時、クロノスがいつも黄金の光りとともに出現させていた金色の大剣がそうなんだろう。多分、あれが顕現武装ってやつだ。にしてもオリハルコンより硬いって………ゲームかよ。
「けど俺が使っていた刀はその顕現武装とかいうのじゃないですよ。あれはクロノスに借りた道具なんですよ」
「道具?」
「はい。それもただの道具じゃなくて使うと身体能力が格段に上がる不思議な道具なんです。だからただの人間の俺でもグール―――準知的生命体を倒すことができたんです」
「なっ、身体強化系の魔具かい! でもただの人間をあそこまで強化する魔具なんて見たいことないな。ちょっと見せてくれるかい」
興味津々といった面持ちで俺に迫ってくるユキトさん。その表情はまるで子供のようだ。
「魔具かは知りませんけど、今は持ってないです」
グールとの戦いの後、病院で目覚め、家に帰る時にボロボロになった服とかを渡されたけどそんな物は無かった。入界管理局のユキトさんが知らないってことは多分、クロノスが回収したんだろう。結構重要そうな物だったし。
「多分、クロノスが持ってるんでしょうね。元々クロノスのだし」
「えっ! 彼女のなのかい、それは」
「ええ、まあ」
「……なら災厄の使徒の持つ力と関係でもあるのか……」
ユキトさんはブツブツと何か独り言を言った後、
「一目見て見たかったけど仕方ないか。さすがに彼女に頼むのはちょっとねえ……」
残念そうにため息をつき、そして今度は関心したようにユキトさんは俺を見た。
「それにしても朝野君、君はすごいな。彼女と対等に接することができるなんて」
「別にそんなにすごいことじゃないですよ」
「いやいや、すごいよ。彼女と普通に話せる度胸を持った人間なんてそうはいない。ましてや彼女の正体を知った人間ならなおさらだ」
そう語るユキトさんは嘘を言っているようには聞こえなかった。
本当にクロノスを、どこか恐れている。そんな感じだ。まるで先日、クロノスと始めて会った志水と成宮のように。
やっぱりクロノスが災厄の使徒とかいうのだからだろうか?
その災厄の使徒とはそんなにも畏怖するべき存在なのだろうか?
そんな疑問が湧いてきた。
「あの……ユキトさん。もし良かったらなんですけど、災厄の使徒ってのについて少し教えてもらえませんか」
「あれ? 朝野君、災厄の使徒について知らなかったのかい?」
「知るも何もつい先日まで聞いたこともありませんでしたよ」
「そういえば君は一般人だったね。それに加え、こっちの世界の人間だ。なら知るわけがないか」
ユキトさんは「ちょっと待っててくれ」と言うと机の上に乗っていたデスクトップのパソコンをいじり始め、やがて画面上に複数の画像を出し、それを空中に映し出す。普通に使ってんだなあ、空中投影ディスプレイ。
「これを見てくれ」
写っていたのはまるで隕石が落ちたかのように大きく削れた大地だった。その周辺には元が何だったのか分からないビルの残骸などが転がっていて、その規模の大きさが見て取れた。
「これは………」
「ゲートターミナルとそれを中心とした半径二キロメートルに渡る周辺地域の写真だよ」
「……え?」
この削れたものが? マジで隕石でも落ちたのか?
「これは一年と少し前に起きた『災厄の使徒』にる被害の様子さ」
「!」
これが………全部、災厄の使徒によるもの?
そんなバカな!
これだけの被害がクロノスのような災厄の使徒と呼ばれる者たちの仕業だっていうのか?
………ありえない。
「もちろん入界管理局も迎撃態勢をとり、何とか災厄の使徒を殲滅しようとしたさ。でも、結果はご覧の有り様。災厄の使徒の前では力及ばず、イーフェルノ支部とその周辺の地域は壊滅。何万もの死者、負傷者が出たよ」
ユキトさんの口から出た単語を俺は知っている。
先日、志水と成宮と出会った時、成宮が言っていた。イーフェルノ支部がなんだのと。
そうか。成宮はこのことを言っていたのか。
「これ全部が災厄の使徒たちによる被害なんですか?」
ゴクリと息を呑み、緊張した声で聞くと驚くべき答えが返ってきた。
「いいや。これは災厄の使徒たちによるものじゃなくて、災厄の使徒単体によって引き起こされたものなんだよ」
「えっ――――?」
俺から出たのは気が抜けるようなとても間抜けな声だった。
これだけの被害を一人で?
ただの生き物が単体で?
おかしいだろ。普通に考えて。漫画やアニメに出てくる生物兵器じゃあるまし。
俺の表情から俺の言わんとしていることが分かったのかユキトさんが俺の疑問に思っていることを言った。
「ありえないだろ? 生物単体でこんなことができるなんて。……でも君の知っている彼女を始めとする災厄の使徒は普通の生物じゃない。もちろん人としてもね」
あいつは普通の人間じゃない。
分かってはいたけどまさかここまでとは。
―――――というか、もしかして――――――
そうでないと分かってはいるが訊かないわけにはいかなかった。
「あの、これって……この被害を出したのって……」
「ああ、心配しなくても大丈夫。彼女じゃないよ」
「そうですか……」
どこかほっとして思わず安堵の息が漏れる。
「そもそも災厄の使徒って何なんですか」
これほどの力を持つ災厄の使徒とは一体なんなのか? 本当に生物なのだろうか? あいつと生活することになった以上知っておくのも悪くない。
「災厄の使徒については未だに分かってないことが多いから多くは語れないけど、呼び名としては神により生み出された者だとか、神の力をその身に宿しし者なんて色々と呼ばれているね。災厄の使徒の存在は各世界の大昔の遺跡や文献からも確認できていてね、確か……一番古いので六千年前だったかな? まあ、それぐらい前から彼らは存在していて、数多くの伝説や言い伝えを残しているんだ。そして不気味なことにそれらの伝説や言い伝えには一つだけ共通する点がある」
「共通する点?」
「ああ、神という点さ」
「神ですか……」
神とは何とも大きく出たもんだ。ならあれか? クロノスは神様かその使いたる天使だとでも言うのか?
……うん。それはないな。
「僕の考えだと多分、大昔の人間は彼らの持つ強大な力を神の力と例えたんだろうね。というかそうとしか例えられなかったんだろうね。だからその点だけはどの世界、どの場所でも共通している」
なるほどね。要は大昔の人間はどの世界でもボキャブラリーが少なかったってわけだ。
―――――って、どの世界?
「災厄の使徒ってどこの世界でも確認されているんですか!」
「ああ、そうだよ。災厄の使徒は次元断層にも干渉できる力を持っているからね。違う世界へ移動する個体もいるんだ」
「………」
うーん。話を聞いてもあまりよく分からないな。まあ、災厄の使徒が規格外の存在ってのはわかったけど。
「そして災厄の使徒の特徴とも言えるべきものが二つある。一つ目がさっきも話した通り、謎のエネルギーを扱えることだよ」
「あれですか? 顕現武装とかいうのを作り出すっていう」
「そう、それだよ。彼らは黄金に光り輝く謎のエネルギーを使うことができる。それは災厄の使徒に大規模な攻撃能力を与えたり、顕現武装のように実体を持たせることもできる物なんだ。その力はマギアクルスの魔人種と同等、もしくはそれ以上とされ、第三の魔法とまで言われているほどなんだ」
「第三の魔法?」
ん? それはつまりそれは第一、第二があるということなのだろうか?
「第一が人の叡智の結晶にして、人の手単体で生み出された科学。第二がマギアクルスの魔術師と一部の生物だけが持ち得る魔力。そして第三が第一第二に属さない例外的な力。つまりクロノス達の使う力さ」
要するにっていうか聞いた限りだと第一の魔法が科学で、第二が志水たちウィザードが使う魔法ってことか。一瞬、なんで科学が魔法って思ったが、進みすぎた科学は魔法と区別がつかないとも言うし、案外その比喩は間違っていないのかもしれない。けれどそれにしてもだ。クロノスの使う力が科学ではないと分かってはいたが、魔法でもないものだったというのは少々驚いた。俺はてっきり魔法の仲間みたいなものだと考えていたのだが、どうやらそうじゃなかったらしい。
「そしてそのエネルギーの波動は驚くべきことに準知的生命体のシグナルとどこか似ているんだ。このことから研究機関では準知的生命体と災厄の使徒は何か似たような存在じゃないかと考えられているんだ。まあ、それも確かな確証はないけどね」
熱弁を振るうユキトさん。その話は後半からさっぱり分からないがクロノスとグールが似たような存在というのだけは驚いた。
クロノスとグールが似たような存在ねえ。全然似ても似つかないけど。
「二つ目の特徴こそが災厄の使徒を災厄の使徒たらしめる特徴。―――それぞれが持つ特殊能力だ」
特殊能力。
俺はそう言われて何となくピンとくるものがある。
「君も彼女と一緒にいたから知ってるだろう? 彼女の能力を」
クロノスの能力。
多分、俺の予想が当たっているなら―――――――
「確か、彼女の能力は空間に関する能力だったかな」
やはりあの異常な現実そっくりな空間もその災厄の使徒の使う特殊能力だったか。
「災厄の使徒はね、それぞれある一点に突出した能力を持っているんだ。それは例えば、炎を操る能力だとか、水を操る能力だとか、そんな感じの」
「でもそれくらいウィザードの人もできるんじゃないんですか?」
「今のはあくまで例だよ、例。中にはウィザードでも真似出来ないこともあるさ。それに災厄の使徒の力はウィザードの魔法の比じゃない。例えウィザードを何千人集めようと、フィロソフィアの科学力の粋を集めたとしても絶対的に達しない域までの力を持っているんだ。それも単体で」
「………」
「とまあ、今災厄の使徒について分かっていることはそれくらいかな。あとは何も分からないんだ。どうやって災厄の使徒が生まれるかも、その力がなんなのかも、未だにね」
「なんか……壮大ですね」
正直な感想だった。というか他に何も言えない。
そりゃあ、成宮や志水がビビるのも無理はない。
なんせ相手は大昔の伝説とかにも現れる超常的な存在なのだ。もし俺が成宮達の立場だったら絶対に逃げてることだろう。
だが、クロノスがその超常的な存在だとしても俺には言っておくことがある。
「災厄の使徒が恐れられている理由は分かりました。けどクロノスのやつはただのバカでそんなに悪いやつじゃないですよ」
「そうだね。僕も今回の一件で災厄の使徒についての見方が変わったよ」
「えっ―――?」
意外な答えだった。
もうちょっとクロノスのことを拒むような言葉が出てくると思っていたんだが。
「どうも彼女は僕の知っている災厄の使徒とは違うようだね」
「えっ、なんで………」
「娘が言ってたんだ。彼女が自分を助けてくれたって」
む………娘!
「あ、あの……ユキトさん、娘さんがいるんですか?」
「ああ、いるよ。朝野君も知ってるだろ? 成宮マキって言うんだ」
「なるほど。成宮はユキトさんの娘だったのかー………――――ってええええええええ!」
今まで災厄の使徒について聞いて多少は驚いてはいたが、その驚きをも凌駕する驚きだった。
えっ、何? ユキトさん、パパ? 成宮パパなんですか!
「ていうかユキトさん、今何歳ですか!」
「僕かい? こっちの暦では先月で百五歳になったよ」
「百五歳ぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!」
そ、そういえばテレビで言ってたな………エルフは寿命が人間の何倍もあるって。
でも、まさかユキトさんがそんなに年寄りだったとは。普通の人間ならもう死ぬ寸前のよぼよぼのじいさんだぞ。というか百歳超えた顔じゃねえだろ。その顔。
「俺、てっきり俺よりちょっと年上ぐらいかなって思ってたんですけど」
「エルフは寿命が長いからね。見た目じゃ年齢は分かりにくいから仕方ないさ。でもそんなに驚かれるとは思っていなかったよ」
「そりゃ驚きますよ」
実際、災厄の使徒のことよりこっちの方が驚いた。なんというか今日は驚きの連続だ。
まさか百歳ちょっとで容姿がここまで若いとは。エルフってのはすごい。すごすぎる。
ん? その理屈で言うともしかして―――――
「あのもしかして成宮――――マキさんもひょっとして」
「心配しないでいいよ。マキはれっきとした十五歳さ」
「あ、そうですか」
ああ、ビビった。もしかしたら成宮も百歳かそれくらいの年齢かと思ったぞ。もしそうだったら今後の接し方を改めなくてはいけないところだった。
話に一段落つき、先ほどユキトさんに淹れてもらったコーヒーを口に運ぶ。少し時間が経ったからコーヒーは若干ぬるくなっていた。だが、味は悪くはなかった。
「まさかそんなに驚かれるとは思ってなかったよ」
ユキトさんは微笑みながらコーヒーカップから口を離す。そして「それにしても」と言葉を続ける。
「この前は驚いたよ」
「何がですか?」
「この前彼女がこの支部に来たときのことさ」
「へえ、あいつここに来たんですか」
「ああ。先日君が準知的生命体を倒した後、彼女が支部の外壁をぶち破って侵入してきてね。その時、ゼクトを人質にとったんだ」
「………え?」
「で、自分の治療と君の治療。そしてこっちで暮らすための準備をしろって要求してきたんだ。それも君の遠縁に当たる人物として戸籍を作ってくれってね」
なるほど。そういうわけか。
クロノスが負っていた怪我が跡形もなく治っていたのも、クロノスがなぜか知らんが俺の遠縁って設定になっていたのもすべては入界管理局を使っていたからか。
「さすがにここのトップを人質にとられたんじゃ要求を呑むしかなくてね。僕たちは仕方なく要求を呑んだんだ。まあ、今となっては正しい判断だったと思うね。例え手傷を負っている彼女を相手にしたって絶対勝てなかっただろうからね」
「あいつそんなことしてたんですか」
「いやあ、あの時は僕もすごく驚いたよ。災厄の使徒がこの街に現れて戦っていると思ったらまさか外壁ぶち破って来るなんてね。ほんと、思ってもいなかったよ」
「なんかすみません。色々と………」
なぜか分からないが申し訳なくなり俺が謝ってしまった。それにしてもあいつ裏でそんなことしてたのかよ。それも局長を人質って。
「別に朝野君が謝ることじゃないさ。それに過ぎたことだし、少なくとも僕も気にしちゃいないよ」
ああ、なんていい人だ。俺、この人とならなんか仲良く出来る気がする。めちゃ年上で成宮の父親だけど。
局長と違いあまりにも人格のできが違うユキトさんによく分からない感動を覚えていると、室内にスピーカーの声が響く。
『非常勤職員朝野蔵人さん。至急指令室まで来てください。繰り返します――――』
「え、俺?」
いきなり部屋に響いたアナウンスに一瞬耳を疑う。
「朝野君、呼ばれてるよ」
「確かに呼ばれてますね」
なんだろうか。まったく呼ばれることに心当たりがない。もしかしたらまた非常勤職員とやらについてのことか?
まあ、とにかく呼ばれてるなら行かなきゃな。家まで押しかけられたら堪ったもんじゃないし。
「じゃあ、俺はもう行きますね。今日は―――――――」
カップに残っていたコーヒーを一気に飲み干し、立ち上がり、バックを手にしようとした時、
「あ、朝野君、ちょっと待った」
いきなりユキトさんに呼び止められた。
「?」
「災厄の使徒についてのことはここの支部と同じように他言しないでくれ。一応、一般には極秘扱いだからね」
「え、でも伝説なんかに残ってるって言ってましたよね。それってもう一般に知られてるってことじゃ……」
「ああ、知られているよ。でもそれはあくまで都市伝説として。それは各世界、今となっては共通の事柄さ」
「知られてるって言うなら別に話しても問題ないんじゃないんですか?」
「言っただろ? あくまで都市伝説だって。災厄の使徒について知られていてもあくまでそれは都市伝説であって、実在するものとして認識されていない。一般に知られると混乱を招く恐れがあるからね。だから一般にはイーフェルノ支部の件もあくまでテロリストの持ち込んだ謎の新型兵器ってことになってる」
「ああ、なるほど……」
確かにクロノスのような圧倒的な力を持った者がいると知れたら、いらぬ混乱招くかもしれない。ふむ、これは確かに黙っておいたほうが良さそうだな。多分、言っても誰も信じないと思うけど。
「今日は色々と教えて貰ってありがとうございました。あと、コーヒーおいしかったです」
お礼を言って近くのバックを肩に掛ける。
「お礼なんていいよ。君をここに呼んだのは僕なんだから。それに僕も色々と話せて楽しかったしね。暇な時やもし困ったことがあったらいつでも気軽に来るといいさ。コーヒーの一杯ぐらいごちそうするからさ」
「じゃあ、その時は頼らせてもらいますよ」
そう言って後ろで手を振るユキトさんに頭を下げて俺は部屋を後にした。
評価や感想、アドバイスなどをいただけたらとても嬉しいです。
P.S.辛口でも全然かまいませんのでお願いします。




