始まりのはじまり
目が覚めるとなぜか俺は病院にいた。
なんでも病院の人の話によると地盤沈下によって起きた事故の現場で倒れているところを救出されたらしい。
聞いた話だと運ばれてきた来た時、服は血まみれで服には切られたような跡があったり大きな穴が開いていたりと酷い有り様だったらしい。でも、不思議と外傷は少しの切り傷だけで俺の様子を見に来た医者や看護婦さんも妙に不思議がっていた。
もしかしたら俺は事故現場で殺人事件にで巻き込まれてしまったのでは。と考えもしたがいまいち何も思い出せない。というかここ一週間何してたっけ? なんか変なことしてたような気もするけどこれまたいまいち思い出せない。
そんな感じで色々と思い出せないこともあったが、俺は約一日半お世話になった病院に別れを告げ、家に帰った。
でも家に帰るとなぜかリビングの窓がベニヤ板で塞がれていたり、呼んだ覚えもないチャラ男っぽい業者が「いや~、おやっさんがぎっくり腰で少し、遅れちゃいました~」と言い訳じみたことを言って尋ねて来たりでまったく意味が分からん。ていうか俺の家で何が一体何があった!
まったく身に覚えが無いと感じつつも、俺は業者に無駄に高い金を払い、とりあえずリビングの窓を直してもらった。
そして今日は日曜日。つまり明日月曜日は高校の入学式だ。
明日から学校ということもあり、色々と準備する物があった俺は必要な物を買いに行き、今は家路に着いている真っ最中。
もう春休みも終わり、とうとう俺も明日から高校一年生。なんていうかしっくりこないがまあ、そのうち慣れるだろう。ま、当面の目標はあまり目立たないことだな。目立つのはあまり好きじゃないし。でもかといって地味過ぎるのも駄目だ。まあ要するにどこにでもいる普通のやつってのが俺のポジションってとこか。
新しい生活環境に一抹の期待や不安などを抱きながら家に向かって帰っていると目の前をリムジンが颯爽と走っていった。
へえー、この辺でリムジンか。珍しいな。てか、生で初めて見た。
この辺の住宅街には場違いだなあと思いつつ帰宅し、玄関のドアノブに手を掛けるとなぜか鍵が掛かってなかった。
あれ? 俺確かに出る時、鍵かけたよな。
不思議に思いながら、リビングに入ると、
「え―――――」
絶句してしまった。
いや、絶句するしかなかった。
何故か分からないけどリビングに入ると女の子が二人、ソファに座っていた。しかも二人とも結構可愛い。二人のうち一人は外国人で、もう一人は黒髪ロングの美人だった。
これはどういうことだ? なんで見覚えのない女の子が二人も俺の家にいるんだ?
まさか! アニメやラノベの見過ぎでとうとう幻想を見てしまうようになったのか、俺。
ヤバい。これはヤバいぞ! これじゃもう変な人の仲間入りじゃないか。俺はそんな頭の痛い人間じゃない。俺は至って普通だ!
「悪いけど勝手にお邪魔させてもらったわ。朝野蔵人君」
二人のうち、黒髪の少女がいきなり口を開いた。
「あの、えーと……だれ?」
とりあえず当然のことを訊いてみる。
「そういえば忘却魔法をかけたままだったわね」
「?」
忘却魔法? 何を言ってるんだ、一体。
出てきた謎の単語の意味に頭を悩ませていると黒髪の少女が俊敏な動きで俺の目の前に来て、右手に持っている何かを俺の顔に近づける。見るとそれはヤクルトのような小さな容器だった。
「ちょ、何を――――――――」
「いいから呑みなさい」
何か変な物を飲まされそうになり、必死に抵抗する。が、しかし少女の異様な腕力の強さに負けて俺はそのヤクルトの容器のような物の中に入っている液体を無理矢理口に押し込まれた。
そしてそれと同時に今まで霧がかかったようにもやもやしていた何かが消え、徐々にここ一週間の記憶が鮮明となってきた。
―――そうだ。俺は―――
咄嗟に身構え、後退する。
思い出した。
俺はグールを倒したあと、気を失って目を覚ましたら入界管理局の二人がいて、何かを飲まされたんだ。
今なら分かる。どうやら俺は記憶を消す薬を飲まされたようだ。
「あんた、入界管理局か…………?」
俺に薬、記憶を戻す薬を飲ませたってことは多分、この目の前にいる女の子は入界管理局だ。
見た目からしてウィザード辺りか。どちらにしてもヴァーリーのない今の俺じゃ勝てないな。
さて、どうするか?
「そんなに身構えないで安心して。何もしないから」
「信じられないな。人の記憶を勝手に消すような組織の人間の言うことなんて」
「それについては悪かったと思っているわ。でも、あなたが病院に入院している間、外部に情報を漏らさないために必要なことだったの。それに上からの命令だったから仕方なかったのよ」
「んなことしなくても誰にも言いわねえよ」
言っても信じてもらえないだろうからな。
「で、今日は記憶を戻すためだけに来たのか? だったらもう用は済んだよな。さっさ帰ってください」
「待って。今日は他にもあなたに言うことがあって来たのよ」
「他にも?」
何だ。まだ何かあるのか。
「手短に言うけどあなたにはこれから入界管理局で働いてもらうわ」
「はあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
まったく意味が分からない。
「一体どういうことですか!」
「心配しなくてもいいわよ。あれだけ動けたんだからちゃんとやれるわ。それは戦った私が一番分かるもの。それに準知的生命体だって………」
………戦った?
もう一度少女の顔をしっかりと見てみる。
どこかで見たことのあるような顔。しかもつい最近。ん、もしかして――――――
「あんたクロノスの空間にいた入界管理局のエルフの………」
「成宮。成宮マキよ」
やっぱりか。どこかで見たことがあると思ったら。でも、改めて見ると分かる。なんですぐに気づけなかったか。
「何だよ。その耳」
そう。耳が尖ってなかったのだ。通常エルフは普通の人間と違ってやや耳が尖っている。しかし、今成宮と名乗った少女の耳は俺たち常人のそれとまったく同じなのだ。
「ああ、目立つから魔法で幻術をかけているのよ」
「ああ、なるほど」
はいはい出ました魔法。なんとも便利なもんっすね。
――――っと話が逸れたな。
「で、なんで俺が入界管理局で働かなきゃならないんだ」
「それは明日話すわ。もうすぐ荷物が届くはずだからその荷物の中に入っている書類に目を通していくこと。わかった?」
「いや、わかんねえよ!」
「あ、もうこんな時間。じゃあ私はこれで」
まったく意味が分からずオーバーヒート目前の俺をよそに成宮は颯爽と風のように去って行った。
なんでこうなった。
何故にこうなった。
意味が分からん。
「!」
といきなり電話機の着信音が聞こえてきた。
見ると朝野悠人という表示。俺の兄さんからだ。
「もしもし」
『やあ蔵人。元気かい? 携帯にかけたけど繋がらなかったから家の電話にかけたけどどうかしたのかい?」
「あ、いや携帯調子が悪くて」
そういえばなぜか携帯壊れてたんだよな。多分、グールとの一件でぶっ壊れたんだろう。結構派手に動いてたし。おかげでまた携帯を買わなきゃいけない。今月は色々とピンチだよ。ほんと。
「それにしても兄さんが電話くれるなんて珍しいね。もしかして仕事終わったの?」
「あ、いやそうじゃないんだ」
「ん、じゃあ何?」
「いやあ、いきなりで悪いんだけど実は家族がもう一人増えそうなんだよ」
「は?」
「昨日連絡があってね。何でも遠い親戚の子らしいんだけど、両親が事故で亡くなって誰も引き取り手がないみたいなんだよ。ほら僕たちも父さんと母さん亡くして辛い思いしただろ。だから僕の家で預かれないかと思ってね」
………まさか!
「え、えと―――――――」
「多分今日ぐらいにはそっちに着くんじゃないかな?」
「えーと、兄さんその子の名前は……」
「ああ、名前かい? 名前は黒乃。朝野黒乃って言うんだ。あ、名前からは想像できないと思うけどハーフのようなんだよ。いやあまさか親戚にハーフがいたとはねえ――――――っといけないいけない。長電話しすぎたかな。次はお盆くらいには帰れると思うからその間病気にかからないように体調管理はしっかりとね。じゃ、また」
ツー、ツー、ツー。
切れた携帯電話の音を聞きながら、今まで黙ってソファに横に腰掛けていた少女へと視線を移す。
「どうもクロノスで~す。あ、またの名を朝野黒乃っていいます。よろしく~」
それを聞いた瞬間、今までにない痛みが頭を襲った。これはインフルエンザにかかった時に出した四十度の痛みを超越する痛みだった。主に精神的に。
これが俺と災厄少女の最悪な出会いだった。