災厄ノ目覚め1
辺りに響き渡る轟音を頼りにクロノスを捜しているとすごい光景が目に入った。
見渡すと半壊したビルの残骸が転がっていたり、街路樹などが倒されていたり、アスファルトが抉れていたりなどで、まるで世紀末のような光景だった。ただでさえ財政難な世の中だってのになんとも酷な話だ。今ならあの小太り市長にも少しは同情したくなる。
「はああああああああああ!」
突然聞こえてきた声の方に視線を向けると少し離れた所にクロノスを見つけた。
―――――いた。
迫り来る無数の触手を走りながら防ぐクロノス。だがその体はさっき見た時よりボロボロで腕を、脚を鮮やかな赤で染めている。
「こんのおおおおおおおおお!」
触手を大体防いだの見てか、クロノスは一気に跳躍。ビルの側面を足場にその手に握る大剣を前面に突き立てて突貫する。
「―――――なっ!」
グールにそのまま突き刺さるかと思われた大剣は刺さらず、そのかわりにクロノスが凄いスピードで弾き飛ばされ、バウンドしながら地面に転がる。
見るとグールの近くに触手が数本、うねうねと宙に漂っていた。
なんとグールのヤツはクロノスにガードされた触手を瞬時に戻し、カウンターに使ったんだ。抜け目なさ過ぎだろ! ていうか触手戻すの早すぎだろっ!
カウンターを喰らったクロノスに再び、グールが触手を向かわせる。
おい、今喰らった直撃だぞ!
咄嗟に走り出すが間に合わない。
くそ、なんで肝心な時に言うこと聞かなねえんだよ、俺の体!
「避けろ! クロノス!」
「ハッ」
俺の声を聞いてギリギリの所で触手を躱すクロノス。
「あ、あああああああああああ!」
だが、完全には躱しきれなかったようで太もも辺りをグールの漆黒の槍と化した触手が貫いていた。
ヤバい! 脚をやられた以上もうクロノスはさっきみたいに動けない。このままだとグールの格好の的だ。
「どっか行けゴキブリ野郎!」
クロノスに突き刺さったままの触手に斬りかかる。
キンッ。
まるで金属音のような音を立て、振り下ろした刀は跳ね返された。
堅すぎだろ! いくらなんでも!
だが、俺の攻撃にも意味はあったようでクロノスを刺したままだった触手が引き抜かれた。
―――――今だ!
俺は足下に転がっているクロノスを抱え、一気に走り出した。
おお、凄い! 女の子を抱えたまま走ってるっていうのに原付よりスピード出てるんじゃないか。これならグールから逃げることぐらいできるな。
「ク、クロード……どうして………逃げてって言ったのに………‥」
弱々しく俺を見上げクロノスが微かに苦渋の表情を浮かべる。
こうして手に持つとクロノスは驚くほど軽く、今にも壊れてしまうんじゃないかと思えるくらい華奢だった。
よくこんな体であんな化け物と戦えるもんだ。って災厄の使徒とかいうのだからそれもおかしくないのかもな。
「何となくだ。それにお前だけ残して逃げるってのも胸くそ悪いからな」
「私のことはいいから早く逃げて! 死ぬよ」
「生憎、ここで死ぬ気はないんでね。逃げ切ってやるよ」
「クロード………」
「それに、お前にリビングの窓を弁償してもらってないんでね。お前を死なせるわけには――――――」
いかない。そう言おうとしたが俺は次の言葉を言えなかった。
なぜか? 理由は簡単だった。
いきなり体が重りでも付けたかのように重くなり、それと同時に体中の筋肉が悲鳴を上げているような痛みが走る。
「これは………」
鞘から刀を出し、刀身を見ると完全に赤から白銀になっていた。
これが意味することはこの刀に蓄えられたエナジーというエネルギーが切れたというだった。俺はこの刀に蓄えられたエナジーという力を使って身体能力を上げてるわけだからエナジーのなくなった今、俺はただの人間。さっきみたいに動けはしない。むしろ全身筋肉痛の状態だから今の身体能力は一般人以下。
「……タイミング悪すぎだろ………」
そう呟いた瞬間、ミシミシと背骨が軋むぐらいの重い衝撃が背中に走り、俺は認識する間もなく何かにぶつかった。
何が起きたか分からない。
息が出来ない。頭がクラクラする。背中が痛い。体中が痛い。
「があっ………」
やっと呼吸ができるようになったと思ったら口から赤い何かが飛び出した。
トマトジュース?
いや、この口に広がる味は血?
朦朧とする意識の中で前を見るとそこには少し離れた所にクロノス。そしてクロノスからさら離れた場所にゴキブリ野郎ことグールが立っているのが分かった。
ああ、そうか………
俺はグールにはね飛ばされたんだな。
そりゃ、生身であんなの受けたらこうなる。むしろ死ななかっただけマシだ。
アニメとか漫画とかで「ふ、肋骨が何本かいっちまったぜ」とか言うキャラに「お前なんでそんなこと分かるんだよ!」って今まで突っ込んできた俺だけど今ならその気持ちが分かるね。絶対俺の背骨折れてる。それはさっきのミシミシという音からも明らかだ。
「く、くそっ………」
苦しい。
動かそうと思っても体が動かない。
逃げたい。今すぐこの場から逃げたい。
もうクロノスなんてどうでもいい。
早く逃げたい。
家に帰って録り溜めているアニメを見たい。
「クロード!」
かすかに届くクロノスの声。
どうやらあいつは無事なようだ。良かった。
必死に体を起こそうとするがやはり激しい痛みが走り、体を起こすことができない。むしろ起こそうとすれば背中もそうだが脇腹の辺りも妙に痛む。
ふと、不思議に思って脇腹辺りを見ると赤い液体が湧き水のように溢れ出ていて地面に赤い水たまりを作っていた。
「あっ―――――」
よく見るとコート越しに黒い何かが脇腹辺りに刺さっていた。
そんな……このコートは銃弾をも防いだんだぞ……そんな簡単に………
だが、驚くよりも早く俺は気づいてしまった。
ああ、そうか。俺、刺されたんだな。
触手が刺さっているのを認識すると同時に段々目の前がボヤけてきた。
ははっ、俺も末期だな。
悲観するべき事態だってのになぜか笑みが漏れてしまった。どうやら本当に末期のようだ。
俺はこれから一体どうなるのだろう。死ぬのか?
ここで弱気になってはいけないとはわかっているがそんなことを考えてしまう。
『そうだよ。死んだら楽になれるよ』
誰かが俺に呟いた。
振り向くと白い服を着た俺だった。
「誰だよお前……」
『僕は君だよ。君はよく頑張ったよ。だたの人間がここまでやるなんて普通はできないよ』
ニッコリと俺の顔で微笑むヤツは言った。俺の顔で微笑むな気持ち悪い。
だが、確かに言われればその通りだ。俺はただの地味などこにでもいる十五歳の少年なんだ。ここまでやれただけでも勲章もんだ。
どっかの犬と少年じゃないけど俺、疲れたよパトラ―――――
「ぶっ」
いきなり誰かが勢いよく俺の頬を蹴った。
誰だよと思って振り返ると黒い服を着た俺がいた。
頬を押さえながら黒い俺を睨んでいると黒い俺が口を開いた。
『俺はお前だ』
訊いてもないのになぜか名乗った。いや、お前が俺って見た瞬間わかったけどな。
「次はなんだ?」
俺が呆れ顔で訊くと黒い俺は怒った顔で怒鳴った。
『お前なにか? 死んでもいいとか思ってるんじゃねーだろーな!』
「死んでもいいだろ。もう俺は疲れたんだよ。色々と……」
ああ、早く天使迎えに来てくんないか―――――
「いだっ」
今度は脇腹を蹴られた。そこ怪我してるトコ!
「何すんだよ!」
『どうだ、痛いだろ? お前こんな怪我してんだぜ? こんな怪我負わされてんだぜ? なんでお前がこんな怪我しなくちゃならねえんだよ。おかしいだろ? 理不尽だろ? お前はこんな結末で納得なのかよっ』
黒い俺のパンチが腹にめり込む。
そうだ。なんで俺があいつの、あのゴキブリ野郎のせいで死ななきゃならねえんだよ。
「よくねーよ。俺は―――――」
『――――それは間違いだよ!』
さっきの白い俺が俺の言葉を遮った。お前まだいたのか!
『死んで楽になったほうがいいに決まってるよ』
『黙れ! 死んでも何も始まんねーんだよ! 俺はあいつをぶち殺すんだよ』
二人の俺が言い争いをしている姿はとてもシュールだった。
どうやら二人の意見をまとめるとこうなる。
白い俺は死んで楽になれと。
黒い俺は生きて鬱憤を晴らせと。
『『さあ、どっちにする?』』
二人の俺が俺の答えを今か今かと待ち望んでいる。
問われるまでもない。ここで白い俺の言うことを聞いたら俺は多分、確実に死ぬのだろう。
だが、それは嫌だ。
なぜに俺がこんなことで死ななくちゃならない?
ふざけるな。俺はこんなところで死ぬ気はない。俺はまだ十五歳の高校にも行ってないただの平凡な男だ。そんな平凡な男がこんな非凡なところで死ぬのはおかしい。
じわじわと溢れてくる怒りを抑え、まるで語るように自分に言い聞かせる。
そうだ。動き出せ俺。理由は十分じゃないか。
俺は自分を守るために生きる。
これはクロノスのためでも誰のためでもない。ただ自分自身のため。
死を受け入れない答えとしても十分。
さあ、立ち上がれ、朝野蔵人。
この理不尽な怒りをあのゴキブリ野郎にぶつけよう。
「答えは決まってんだよ!」
俺の放った右ストレートが白い俺を吹っ飛ばす。
「死ね死ねうるせーんだよ! 俺はあいつを殺さないと気が済まない。だから俺は黒い俺を選ぶ!」
たとえあのゴキブリ野郎を殺したとしてもこの傷が治るわけでもなく、医療費が貰えるわけでもない。けど、俺はあいつを殺さないと気が済まねえ。
「じゃあな。白い、俺」
そう言った瞬間、黒い俺と白い俺が消え、目の前が突然光り出し、視界を覆っていく。
『……それが君の願いか。……聞き届けたよ……君の願い……』
最後に誰かがそう言った気がした。
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P.S.辛口でも全然かまいませんのでお願いします。